116 / 152
115
しおりを挟む
黙っていなくなった佳奈多が待っていて欲しいなど、都合の良いことを言っていると思う。松本家の財力に頼れば、働かなくても朝から眠るまでずっと二人でいられるだろう。しかしそれでは大翔が松本家の呪縛から逃れられなくなる。このまま松本家に頼っていては、いずれあの家に取り込まれるだろう。
その行末が大翔の父であり、兄なのだと佳奈多は思う。
我が子に住居と金銭だけ与えてそれを愛情深いと思っている父と、甘やかされることをただ享受して増長していった兄と。
佳奈多の家族は歪んでいたが、大翔の家族も同じくらい歪んでいる。あの人達と同じ環境にいては、大翔はもっと歪んでしまう。
佳奈多が目をそらさずに大翔を見つめていると、大翔はぐっと唇を噛んだ。長い沈黙の後、大翔は口を開く。
「…かなちゃん。連絡先、教えて。あと、お見舞いにくることは、許して欲しい」
佳奈多は頷く。大翔は強く佳奈多の手を握り返した。
「もう、黙っていなくならないで。次にいなくなったら、どんな手を使っても離さないから。…俺も、かなちゃんを迎えに行く。待ってて」
大翔の腕が佳奈多の背中に周る。佳奈多も大翔にしがみつく。懐かしい匂いに、佳奈多は大翔の胸に顔を埋めた。
佳奈多は退院し、職場に戻った。歓迎されたものの、辞めたくて辛い日もあった。なんならそんな日のほうが多い。
鬼嶋や他の先輩など気の合う人もいるが、言い方がきつかったり声が大きかったり、苦手な人は利用者にも同僚にもいる。働くこと自体初めての佳奈多は気持ちの逃し方がわからず、落ち込むことが多かった。
それでも率直に愚痴を吐く鬼嶋に笑ったり、感謝の言葉をくれる利用者に涙を流したり、悪いことばかりではなかった。そうでも思わないと続けられなかった、というのが正直なところだ。
それでも三年勤めて、今は後輩を指導したりもしている。少し、成長できたと思う。
大翔とは時々、顔を合わせたり連絡を取り合ったりしていた。
夏は必ず大翔と大翔の母のお墓参りに行った。佳奈多がどんな仕事をしてどんな生活を送っているか、大翔の母に報告した。今大翔がどんな生活を送っているのかわからない。大学に復学したと聞いてはいるが、学費をどうしているのか、どこに住んでいるのか、そこまではあえて聞いていない。連絡も、お互い必要以上には取らないようにしている。
最初からこうできていたら良かった。時々顔を合わせて、まずお互いの生活を落ち着かせる。でもやはり、あの時は黙っていなくなる選択肢しか選べなかった。大翔の父に生かされていたのは佳奈多も同じで、大翔の父の言うことに逆らえなかった。大翔の前から黙っていなくなれと言われて従うしかなかった。
彼らを頼って生きるということはそういうことなんだろう。生かされているだけで、彼らの心一つで大翔と佳奈多は離れなければならなくなる。松本家に取り込まれて壊れていく大翔を見ていることしかできなかっただろう。
佳奈多が襲われたあの事件の後、大翔の兄は逮捕された。余罪が多々あり長く刑務所に入るそうだ。今のところは大翔の兄から危害をくわえられることはなさそうで安堵している。
ニュースを見る限り、特に銀行にダメージはなく、大翔の父は変わらず頭取として君臨しているようだ。
松本家がどうなっているのか、大翔が松本家とどのような付き合いをしているのかも聞いていない。
大翔ならきっと大丈夫だ。迎えに行くと言ってくれた大翔を、佳奈多は信じている。
あの事件から、4年の月日が流れた。大翔は大学を卒業し、佳奈多も知っている銀行へ就職した。銀行への就職。それが何を意味するのか。やはり大翔は松本を継ぐのだろう。
お盆になり、大翔の母の墓参りに向かう。墓参りに行くのは、今年で最後かもしれない。
佳奈多はある決意を抱えて、待ち合わせ場所に向かった。
その行末が大翔の父であり、兄なのだと佳奈多は思う。
我が子に住居と金銭だけ与えてそれを愛情深いと思っている父と、甘やかされることをただ享受して増長していった兄と。
佳奈多の家族は歪んでいたが、大翔の家族も同じくらい歪んでいる。あの人達と同じ環境にいては、大翔はもっと歪んでしまう。
佳奈多が目をそらさずに大翔を見つめていると、大翔はぐっと唇を噛んだ。長い沈黙の後、大翔は口を開く。
「…かなちゃん。連絡先、教えて。あと、お見舞いにくることは、許して欲しい」
佳奈多は頷く。大翔は強く佳奈多の手を握り返した。
「もう、黙っていなくならないで。次にいなくなったら、どんな手を使っても離さないから。…俺も、かなちゃんを迎えに行く。待ってて」
大翔の腕が佳奈多の背中に周る。佳奈多も大翔にしがみつく。懐かしい匂いに、佳奈多は大翔の胸に顔を埋めた。
佳奈多は退院し、職場に戻った。歓迎されたものの、辞めたくて辛い日もあった。なんならそんな日のほうが多い。
鬼嶋や他の先輩など気の合う人もいるが、言い方がきつかったり声が大きかったり、苦手な人は利用者にも同僚にもいる。働くこと自体初めての佳奈多は気持ちの逃し方がわからず、落ち込むことが多かった。
それでも率直に愚痴を吐く鬼嶋に笑ったり、感謝の言葉をくれる利用者に涙を流したり、悪いことばかりではなかった。そうでも思わないと続けられなかった、というのが正直なところだ。
それでも三年勤めて、今は後輩を指導したりもしている。少し、成長できたと思う。
大翔とは時々、顔を合わせたり連絡を取り合ったりしていた。
夏は必ず大翔と大翔の母のお墓参りに行った。佳奈多がどんな仕事をしてどんな生活を送っているか、大翔の母に報告した。今大翔がどんな生活を送っているのかわからない。大学に復学したと聞いてはいるが、学費をどうしているのか、どこに住んでいるのか、そこまではあえて聞いていない。連絡も、お互い必要以上には取らないようにしている。
最初からこうできていたら良かった。時々顔を合わせて、まずお互いの生活を落ち着かせる。でもやはり、あの時は黙っていなくなる選択肢しか選べなかった。大翔の父に生かされていたのは佳奈多も同じで、大翔の父の言うことに逆らえなかった。大翔の前から黙っていなくなれと言われて従うしかなかった。
彼らを頼って生きるということはそういうことなんだろう。生かされているだけで、彼らの心一つで大翔と佳奈多は離れなければならなくなる。松本家に取り込まれて壊れていく大翔を見ていることしかできなかっただろう。
佳奈多が襲われたあの事件の後、大翔の兄は逮捕された。余罪が多々あり長く刑務所に入るそうだ。今のところは大翔の兄から危害をくわえられることはなさそうで安堵している。
ニュースを見る限り、特に銀行にダメージはなく、大翔の父は変わらず頭取として君臨しているようだ。
松本家がどうなっているのか、大翔が松本家とどのような付き合いをしているのかも聞いていない。
大翔ならきっと大丈夫だ。迎えに行くと言ってくれた大翔を、佳奈多は信じている。
あの事件から、4年の月日が流れた。大翔は大学を卒業し、佳奈多も知っている銀行へ就職した。銀行への就職。それが何を意味するのか。やはり大翔は松本を継ぐのだろう。
お盆になり、大翔の母の墓参りに向かう。墓参りに行くのは、今年で最後かもしれない。
佳奈多はある決意を抱えて、待ち合わせ場所に向かった。
57
お気に入りに追加
89
あなたにおすすめの小説
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
漢方薬局「泡影堂」調剤録
珈琲屋
BL
母子家庭苦労人真面目長男(17)× 生活力0放浪癖漢方医(32)の体格差&年の差恋愛(予定)。じりじり片恋。
キヨフミには最近悩みがあった。3歳児と5歳児を抱えての家事と諸々、加えて勉強。父はとうになく、母はいっさい頼りにならず、妹は受験真っ最中だ。この先俺が生き残るには…そうだ、「泡影堂」にいこう。
高校生×漢方医の先生の話をメインに、二人に関わる人々の話を閑話で書いていく予定です。
メイン2章、閑話1章の順で進めていきます。恋愛は非常にゆっくりです。
ヤクザと捨て子
幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子
ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。
ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。
完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる