黒い春 本編完結 (BL)

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黙っていなくなった佳奈多が待っていて欲しいなど、都合の良いことを言っていると思う。松本家の財力に頼れば、働かなくても朝から眠るまでずっと二人でいられるだろう。しかしそれでは大翔が松本家の呪縛から逃れられなくなる。このまま松本家に頼っていては、いずれあの家に取り込まれるだろう。
その行末が大翔の父であり、兄なのだと佳奈多は思う。
我が子に住居と金銭だけ与えてそれを愛情深いと思っている父と、甘やかされることをただ享受して増長していった兄と。
佳奈多の家族は歪んでいたが、大翔の家族も同じくらい歪んでいる。あの人達と同じ環境にいては、大翔はもっと歪んでしまう。
佳奈多が目をそらさずに大翔を見つめていると、大翔はぐっと唇を噛んだ。長い沈黙の後、大翔は口を開く。
「…かなちゃん。連絡先、教えて。あと、お見舞いにくることは、許して欲しい」
佳奈多は頷く。大翔は強く佳奈多の手を握り返した。
「もう、黙っていなくならないで。次にいなくなったら、どんな手を使っても離さないから。…俺も、かなちゃんを迎えに行く。待ってて」
大翔の腕が佳奈多の背中に周る。佳奈多も大翔にしがみつく。懐かしい匂いに、佳奈多は大翔の胸に顔を埋めた。



佳奈多は退院し、職場に戻った。歓迎されたものの、辞めたくて辛い日もあった。なんならそんな日のほうが多い。
鬼嶋や他の先輩など気の合う人もいるが、言い方がきつかったり声が大きかったり、苦手な人は利用者にも同僚にもいる。働くこと自体初めての佳奈多は気持ちの逃し方がわからず、落ち込むことが多かった。
それでも率直に愚痴を吐く鬼嶋に笑ったり、感謝の言葉をくれる利用者に涙を流したり、悪いことばかりではなかった。そうでも思わないと続けられなかった、というのが正直なところだ。
それでも三年勤めて、今は後輩を指導したりもしている。少し、成長できたと思う。


大翔とは時々、顔を合わせたり連絡を取り合ったりしていた。
夏は必ず大翔と大翔の母のお墓参りに行った。佳奈多がどんな仕事をしてどんな生活を送っているか、大翔の母に報告した。今大翔がどんな生活を送っているのかわからない。大学に復学したと聞いてはいるが、学費をどうしているのか、どこに住んでいるのか、そこまではあえて聞いていない。連絡も、お互い必要以上には取らないようにしている。
最初からこうできていたら良かった。時々顔を合わせて、まずお互いの生活を落ち着かせる。でもやはり、あの時は黙っていなくなる選択肢しか選べなかった。大翔の父に生かされていたのは佳奈多も同じで、大翔の父の言うことに逆らえなかった。大翔の前から黙っていなくなれと言われて従うしかなかった。
彼らを頼って生きるということはそういうことなんだろう。生かされているだけで、彼らの心一つで大翔と佳奈多は離れなければならなくなる。松本家に取り込まれて壊れていく大翔を見ていることしかできなかっただろう。
佳奈多が襲われたあの事件の後、大翔の兄は逮捕された。余罪が多々あり長く刑務所に入るそうだ。今のところは大翔の兄から危害をくわえられることはなさそうで安堵している。
ニュースを見る限り、特に銀行にダメージはなく、大翔の父は変わらず頭取として君臨しているようだ。
松本家がどうなっているのか、大翔が松本家とどのような付き合いをしているのかも聞いていない。
大翔ならきっと大丈夫だ。迎えに行くと言ってくれた大翔を、佳奈多は信じている。

あの事件から、4年の月日が流れた。大翔は大学を卒業し、佳奈多も知っている銀行へ就職した。銀行への就職。それが何を意味するのか。やはり大翔は松本を継ぐのだろう。
お盆になり、大翔の母の墓参りに向かう。墓参りに行くのは、今年で最後かもしれない。
佳奈多はある決意を抱えて、待ち合わせ場所に向かった。
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