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「アタシね、メイクのお仕事をしているの。マイちゃん、少しメイクを手直ししてもいいかしら?」
マイはマリアの笑顔に、赤くなって頷いた。マイは別室で、鏡の前の椅子に案内される。マリアは大きな箱をそばにあった可動式のテーブルに置いて開いた。階段状に開いたボックスの中に、色とりどりのメイク道具が入っている。キラキラ輝くそれらはまるで魔法のアイテムのようだった。
「さて、まずは下地から。あんまり白すぎると顔だけ浮いちゃうのよ?もう少し濃いファンデーションを使いましょ」
マリアはスポンジを使って丁寧に色を乗せていく。マリアの優しい手付きに、マイはくすぐったく感じてしまった。
「メイクって、難しいっすよね。レイみたいに…相方みたいに可愛くなりたいのに、できなくて…やればやるほど、誰かを騙そうとしている気がして」
マイはレイの顔を思い出す。同い年なのに、色が白くて華奢なレイは女の子だと言っても十分通用する。女装アイドルの衣装も女装も、ほんとんどメイクしなくてもウィッグだけで十分美しく映えてしまう。かたや自分はメイクをすればするほど、フリルをつければつけるほど女装感というのか、男らしさがより強調されてしまっていた。それもお姉さん達のような美しさのある女装ではなく、野暮ったいというのか、見た目が悪すぎる女装になってしまう。メイクも女装も、マイには難しい行為だった。
「いいのよぉ。メイクは短所を隠したり長所を伸ばしたり、短所を長所に変えてしまったりできる。メイクなんて、うまく騙すための手段だってアタシは思ってるわ。あなたのいる業界と一緒よ」
マリアはアイブロウを片手に鏡越しにマイに語りかけた。マイは引っかかっていたことをたずねた。
「あの、俺がマイだって、いつから…」
「あ、ちょっと眉毛もいじるわね。実はね、最初からマイちゃんに似てるなって思ってたのよ。ナンパされてついていったらまさか本人なんですもの、びっくりしちゃったわ~♡例のスキャンダルで見かけてから、マイちゃんはアタシの今一番の推しなの♡まさか、推しを知ったタイミングが謹慎なんて、思いもしなかったけど」
マリアは困り顔で笑った。まさかレイとタクヤの記事で、ファンが増えるなんて思いもしなかった。減ることはあっても、増えるはずがないと思っていた。認知度が増えるということはこういうことなのだろう。話題性がないと認知されず、認知されないとファンは増えない。あんなことでも、自分達にとっては糧となる。しかし実際は、レイとタクヤはお互いなんの関係もない他人だった。外部が勝手に妄想して騒ぎ立てただけのスキャンダルだ。それを糧にするのはファンに失礼な気がしてしまう。嘘をついて、ファンに不快な思いをさせてしまっている。
「レイとタクヤは、なんにもなかったんです。女装も…俺達は、色んな人を騙してます」
落ち込むマイに、マリアは優しく微笑んだ。
「いいのよ、マイちゃん。あなたのいる世界はメイクと一緒。騙してナンボなの。ファンもね、わかってて騙されてるの。上手く騙されてくれないファンなんて、ファンじゃないのよ。アタシね、マイちゃんが『少しでも女装が違和感ないようにしたい』って言ってくれて、嬉しかったわ。この子はファンの前に帰ってこようとしてくれている、って…少しだけ、目を閉じてくれる?」
アイシャドウを手に取ったマリアを見て、マイは目を閉じた。まったくの偶然だったが、待ってくれているファンがここにいた。マイは温かな気持ちに包まれた。真っ暗な闇の中、マリアの低くて優しい声がマイの耳に流れてくる。
「アタシね、高校生の頃に付き合っていた人が俳優さんだったの。もう10年以上も前ねぇ。あ、年齢、計算しちゃダメよ?…アタシの住んでた地方に撮影で来て、たまたま知り合って付き合うことになって…年上でね、よく会いに来てくれて、アタシもバイト代を貯めて会いに行って。彼の出ていたドラマや映画を二人で見たりして…幸せだった。職業柄かしら。幸せを見せてくれるのが、上手な人だったの」
相手が俳優ということは、男性同士の恋愛だったのだろう。自分とは違う世界の話にマイは少し緊張した。突然メイクや芸能界とは違う話が始まり驚いたが、マイは静かにマリアの話に聞き入った。ハスキーな声は女性とは違う。それなのに柔らかい話し方が耳に心地良かった。
「しばらくしてネットで彼がお子さんの運動会を応援している写真が出回ってね。アタシ、馬鹿なんだけど、彼が既婚者だなんて知らなかったのよ。アタシだけって言ってくれて、すっかり信じ込んでいたの。問い詰めたら『知ってると思ってたよ』、ですって」
マイは思わず目を開けて振り返った。マリアは驚いたが、マイを前に向かせてメイクを続ける。
「そんな…ひどいっす…」
「でしょお?ひっどい子猫ちゃんよねぇ。アタシ、すぐに連絡を断って、すっごく落ち込んで…その人、今どうしてる思う?」
マイは首を振る。
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