うそつきな友情(改訂版)

あきる

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第77話

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 その傷は、疼いたりしないのだろうか。

 カラダだけじゃない。たぶん、心にも沢山の傷を抱えながら、それでも笑う久賀。
 雨の日の横顔を思い出しながら、コイツが、泣ける場所があればいいのに、と願わずにはいられなかった。

「疼くような傷じゃねぇって。ほら、暗いハナシは止めにしてさ、カリカリたこ焼き食いにいこーぜ。尾上の奢りで。あ、鞄サンキューな」

 パシッと背中を軽く叩かれる。
 あー。腹減ったと零す横顔を見上げた。
 内側に足を踏み入れようとしたら、見えないバリアに阻まれる。
 だけど以前みたいにただ突き放して終わりではなくて、こうやって寄り道の約束を守ってくれようとしたり、楽しいことを共有しようとしてくれる。

 久賀の中にある『友人』のカタチとは、そうゆーものなのだろうか。
 喜怒哀楽の最初と最後、特に楽を強く共有する相手という認識なのだろうか。

 それはね。うん。嬉しいよ?
 
 一緒に楽しいことをすれば、嬉しくなれる。
 共に過ごす時間は幸福をもたらしてくれる。

 だけどさ、久賀。
 俺は残りの二つも知りたいよ。

 お前が何かに打ちのめされて怒っていたり、誰かに傷つけられて哀しんでいるなら、俺だってお前を傷つけた誰かや何かに対して怒りたいし、悲しみたいよ。

 共有したい。

 楽しいことや嬉しいことだけじゃなくて、怒りも悲しみも、痛みも、傷も。
 分かち合いたいよ。

 俺に半分。
 お前に半分。

 重くて苦しい何かも、半分こにして支え合えたらいいのにな。

 久賀。

 お前の心に、触れてみたいよ。

「……ばぁか。奢らないって言ってるだろ。ワリカンだ、ワリカン!」

「えー、ケチ」

「知るかい!」

 触れたいと思うこと、知りたいと願うこと、支えになりと強く祈ること。
 それは友情がもたらすキモチではなくて、恋がつれてくる波だとわかっていたから。
 わかっていたから、トモダチの笑顔の下に押し寄せる波を押さえ込んだ。

 いつか。
 いつか、分かち合える日が訪れるだろうか?
 友情を演じる、弱虫な俺に、そんな日が訪れるだろうか。

 もし、もしその日が来たら……俺はちゃんとトモダチの顔で笑えるのだろうか。



「龍二くん!!!!」

 背後からかけられた声に、俺と久賀がそろって振り返った。
 視線の先には安田がいて、服の裾を握りしめ、鞄を片手に、レンズの向こうから俺たちを……いや、俺を射殺さんばかりに、睨んでいた。
 ふざけて肩を組んでいたのが気に食わなかったのかな。
 相変わらず、背筋に寒気が走る暗い眼光だ。

「やぁ。何か用?」

 異質な空気なんか気にもしないで、にっこり笑顔で久賀が訊ねた。
 作り笑顔だって、俺にはわかったけど、あいつはどうなんだろう。

「よ、用があああるから、声をかけたんだよ」

 どもりながらも、鋭い視線は変わらない。いつかの美術室では久賀の影に隠れてビクビクしていたくせに……。
 一緒に来てと請う相手に、久賀は微笑んだまま「ごめんね」と、ことりと首を傾ける。

「今日は先約ありなんだよね、カリカリたこ焼きを食いに行くんだ」

 だから、行けないよ。とひらひら手を振って「ほら、行こーぜ尾上」と再び肩を組んでくる。

「お、おう……!」

 性格が悪いと、誰かに非難されるかも知れないが、この時俺は、ガッツポーズをしたいくらい嬉しかった。
 勝ったっ。と、飛び上がって叫びたいくらい、嬉しかった。

 だって、久賀が俺との単純で何気ない約束を「バイト」より優先してくれたんだ。
 凄く凄く嬉しくて、笑い出したいくらい幸せだった。

 だけど、幸せなんて噛みしめた瞬間に、消えたしまったりもする。


黒曜くろあきさんが呼んでるんだよ!!」

 安田の叫ぶような声に、久賀はピタリと足を止めた。

 たこ焼きたこ焼きー。と、子どもっぽく笑っていた顔は、ほんの一瞬の無表情を経て、凶悪で自虐的な笑みに変わる。
 ぞわりと、寒気が走るくらい、怖かった。
 だけど、同じくらい……悲しくもあった。

「……悪ぃ。たこ焼きはまた今度な、尾上」

 わしゃっと、無造作に俺の髪の毛をかき混ぜるように撫でて、久賀の手が離れていった。
 後はもう、振り返る事無く歩いていく。

 見慣れた背中。

 見えない壁があって、ある一定の距離より、内側に足を踏み入れることが出来ない。
 さっきまではとても近い気がしたのに、今は、すごく遠いよ。

 行くなよとか、次っていつ、とか……駆け寄って手を握りたかったし、曖昧な約束よりも確かなモノが欲しかった。
 だけどそんなことをしたら、嫌われて、せっかく手に入れた友人関係だって壊れてしまう。

 いろんなキモチをぐっと飲み込んで、平気なフリをする。
 だけど、視線が追ってしまう。
 絶対に振り返らない冷たい背中を、目で追ってしまう。

「たこ焼きが食べたいなら、ぼくがオススメの場所を教えてあげる!」

 すりっと久賀の腕に絡みつきながら、安田が言った。
 そのあと一瞬、睨まれたように感じたのは、多分気のせいでは無いだろう。

 まるで俺に見せつけるように、久賀にべったりとひっつく。
 久賀はそれを振り払ったりしない。

 ズキズキ。心臓が痛い。
 見たくないのに、視線を外すことが出来ない。

「んー……強いて、タコヤキにこだわっているわけじゃなくてね」

 え?あんなにタコヤキたこ焼き言ってたのに?
 久賀の言葉に安田もきっと驚いたのだろう。横顔が困惑していた。

「“トモダチ”と“学校帰りの買い食い”ってヤツをしてみたかっただけ。だから、また今度あいつといくよ」

 嫌味ではなかった。
 さらりと言葉になった願望は、切望と言えるほどの熱は無く、でも、俺の心にストンと落ちてきて波を生んだ。

 目を見開いて安田が止まっている。

 久賀が欲しかったのは、友人と過ごす時間であって、タコヤキを食べにいく相手ではないって事だ。
 つまり、お客さんでしかない安田とは、タコヤキを食べに行かないってこと。

 振り返らない背中をじっと見つめ続ける。
 雨の日のアイツを連想させる、いつもと変わらず、冷たい背中。一度も振り返らない背中。
 だけど、やっぱり突き放すだけじゃなくて、ほんのカケラほどの何かを向けてくれている気がする。

 べこべこに潰れた、空っぽのペットボトルに詰められた信頼。
 気紛れなそれを、大事に大事に胸にしまい込んだ。

 いつか……楽しいことや嬉しいことばかりじゃくて、悲しいことや苦しいことも共有できるような、そんな関係になれるように、苦しくても走り続けようと、振り返らない背中を見ながら、俺は決意した。




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