うそつきな友情(改訂版)

あきる

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第56話

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 冷たい指先が、目尻に溜まった涙を拭ってくれた。
 ホント、信じらんねぇくらい、指は優しいんだ。
 だから、余計に悲しい。

「とまるな……寝る前に、終わらせたい」

 それはまるで、切なる願いのようだった。

 何を終わらせたいって?
 俺とお前の関係とか?それってどんなモノ。
 偽物の友人ごっこすら許してはくれねぇの?
 ぐずっと鼻を啜り、腕で目を覆って隠した。

「お前、マジで、サイテー……」
 
 俺がウゼェからこーゆーことすんの?
 傷つけて遠ざける事が目的なのか?
 分からねぇよ。
 どうして、こんな事になったんだっけ?

 俺は……俺は、ただ、お前が、辛そうで、倒れそうで、壊れそうで、見てられなくて、だからほんのちょっとでも、俺に出来ることはないかって、そう思って……。
 なのに、なんで、こんな事になってんだよ。

「泣くなよ……萎える」
 
 久賀の指が俺の髪をすいた。
 萎えるもナニも………お前全然興奮してねぇじゃん。
 萎えてんじゃん最初から。

 叫びたいけど、涙を堪えるので精一杯だ。
 快楽が去ると、心の痛みだけが残った。

 好きな人からもたらされるモノなら、カラダだけでも幸せになれるかもなんて……そんなはずねぇよな。
 豆粒ほどの、砂粒程度の好意もなくて、ただそのことが悲しかった。

 久賀に手首を捕まれて、目を覆っていた腕はベッドに押し付けられた。
 見上げる先に無機的な目がある。真っ黒なビー玉を嵌め込んだみたいな、なんの感情も浮かばない目。
 それが、すぐそこにあるだけで、バカみたいに、俺の心音は乱された。
 俺をちっとも見ていない、久賀の目。それなのに、悦びで息が詰まりそうになる。同時に、悲しみで、心が壊れそうになる。
 久賀は綺麗な目になんの感情も浮かべないまま、唇だけにうそつきの笑みを乗せた。
 

「寝てないからそろそろイロイロ限界……一回で勘弁してね、お客さん」

 うそつきな、綺麗な笑みで、久賀はそういった。
 全然ちっとも幸せそうじゃない。
 …………ってゆーか。
 お客、さん?

「は……い?」

「で、突っ込むのと突っ込まれんのとどっち希望、お客さん」

「はいぃぃぃぃい?」

 それは多分、いまから二人でお笑いコンビ結成してボケとツッコミの役割を決めるとか、そんな話ではないよね、確実に。
 とゆーか、お客さんって誰だよ……あ、俺か?

「希望なしの場合……オススメコースでのご奉仕となります」

 まるで事務的な台詞。
 固まっている俺そっちのけで胸にキスを落とす久賀に、うわわわっと腕をバタつかせた。
 止まっている場合でも、感傷に浸っている場合でもねぇ!

「ちょっ、待て待て!色々とツッコミたいところがありすぎだ!!」

「あ、そっち希望ですか、想定外だが……りょーかいご主人サマ、どーぞ天国へ」

 いってみましょうか?なんて、そんな怖い誘い文句には乗れません。
 ヒトの言葉なんて全く聞いちゃいねぇ(くせに、都合の良いとこだけ聞こえてんのかてめぇ)相手に、ついにプチンと頭の血管が切れた……気がした。

「いい加減にしやがれ節操なしがぁぁぁ!!!」

 握りしめた拳がガツンと相手の頭にヒットした。

 身体を押しのけて、膝下あたりで止まっていたパンツをジーンズごと引き上げる。
 シャツはちょっと遠いから断念。
 上半身裸でもこの際かまうものか。

 ベッドから降りてだだだっとドアに向かって走る。
 ドアノブを押さえたところで「……いたい」と呟く声を背中で聞いた。
 ちらりと、首を動かして、横目でベッドを見る。

「うー。眠い……痛い」と呟きながら、久賀はこめかみを押さえていた。
 拳がクリーンヒットした場所だ。
 今だけは心からざまぁみろと思う。
 ベッドの上から動かず、追い掛けてこない相手に、少しだけ脳みそが冷静さを取り戻す。
 ドアに額をコツンとつけて俺は、落ち着けと自分に言い聞かせる。 
 ここは俺の家で、俺の部屋だ。
 逃げても事態は何一つ解決しないだろう。
 部屋から飛び出してどうすんだよ。
 逃げた後は?
 家族が帰ってくるのを待って言いつけんのか?
 変態に襲われました、と?

 その後は警察に通報するとかして、二人は永遠に離れ離れになったのでした。で、物語はおしまい。

「……そんなん、望んでねぇし」

 落ち着け。
 混乱して逃げても、なんにもならない。
 ちょっと時間を置こうとか……そーゆーのもだめな気がする。
 直感だ。
 多分、今向き合うのを止めたら、久賀とはそれっきりになる気がする。
 物理的距離云々じゃなくて、心の、キモチの問題。

 一片の触れあいすらなく、心の交流ははじまりもしないで行き止まり。
 そして、エンディングだ。

 恥ずかしいとか、気まずいとか、ムカつくとか、ちょっと怖かったとか、ほかにもたくさんの理由がぐるぐるしてて、どこでも○アがあるなら、今すぐ開いて逃げたかった。
 でも目の前にあるのは夢の道具じゃなくて、これを開いても現実からは逃げ出せない。

 久賀との関係は、このドアを開いて俺が逃げたら、あいつの望み通り終わってしまうだろうけど……でも、俺は。

 ドアノブを掴んでいた手を、離してグッと握り拳をつくった。
 意を決して振り返り、足音荒くベッドに近づいて腕を組んで仁王立ち。

「一体どーゆーつもりか説明しやがれ!!」

 思いっきり、睨みつけながら怒鳴った。

 心の中は悲しいとか悔しいとかでいっぱいだけど、喘いだ声とか、音とかイロイロなモノが耳の奧に残っていて向き合うのは恥ずかしかったけど、それでも。

「説明?……あ、暴力行為は料金2割り増しです」

「そんな事を聞いてるんじゃねぇーよ!」

 それでも、こいつとのかかわりが今日で最後だなんて絶対に嫌だ。

 細くて頼りない糸でいい。
 繋がっていたかった。
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