うそつきな友情(改訂版)

あきる

文字の大きさ
上 下
7 / 135

第7話

しおりを挟む
 頬にまで広がった赤色が心をざわつかせた。

 髪と同じ色。久賀にはその色がよく似合うと、怒りも忘れて凝視した。

「殴られるのは、趣味じゃねぇーですよ。もっともコレ次第で考えなくもないけどね?」

 左手の指で円をつくり、金を示して彼は笑う。
 ブザケタ口調に、忘れていた怒りが再び湧き上がってきた。

「ふざけんなテメェ。強姦で訴えてやるからな!」

 この守銭奴がっ!
 罵りの言葉を吐き、まだ殴り足りねぇと再び拳を握りしめる。
 目の前に立つ男は、俺の怒りなんかどこ吹く風と、軽やかにスルー。
 マジでサイテーだなおい。
 やっぱりもう二、三発ブチ込んでもお釣りが来るだろう、これは。

 覚悟しやがれ変態ヤロー。

「んー……見つかっちゃった」

 視線だけを動かして、小さな呟きを形にする。
 その台詞に俺の気力が削がれた。
 構えていた拳をぴたりと空で静止させる。

 見つかったって……誰が誰に?

 疑問の答えの半分は、コンコンとドアをノックする音で明らかになった。 


『誰が』の答えは『俺たち二人』だ。




 息が止まる。
 男二人でトイレの個室。しかも不法侵入したビルの。

 この状況を他人ひとはどう理解するだろう。
 どう考えても…………そうだよな。
 俺だって男二人がトイレの個室から出てくるのを見ちゃったら、そう理解する。

 つまり俺たちは、たぎる性欲を押さえきれなかったホモのカップルで、入り口がたまたま開いていたビルに侵入し、トイレで情事に及ぶ、常識も恥も知らないホモのカップル(重要なので二度確認)になる、わけだ、端から見たら。



 死にたい。いっそ殺せ。



 何も考えられない。
 頭の中は真っ白で、目に見えるモノは何の意味も持たない。
 まるで世界からひとりだけ、切り離されてしまったみたいだ。

 ガチャッ。

 ドアの鍵を動かした音が、意識を現実に引っ張り、情けなくもひぃっと息を呑んだ。

 俺はとっさに隠れる場所を探して視界を巡らせたが、狭いトイレの個室にそんな場所があるはずもない。
 久賀を盾にして縮こまることくらいしか出来なかった。

「何をしている、君たち」

 耳によいテノールの声でそう問われ、あまりの恐怖にぎゅっと目を瞑った。


 頬を押し付ける背中の温もりだけが、自分に残された唯一の希望のように思えた。
 冷静に考えると、鍵を開けたのは久賀なんだけどな……。溺れるものは、ってこーゆー心境だろうか。

「ちゃお。永野さん。トイレお借りしました」

 明るい声音で挨拶を交わす久賀に、殺意を抱く。
 どーゆー神経してんだよ、お前は!

「何がチャオだ。ロビーにまで声が響いていたぞ」

 うっ、ウソだろ、なんてことだ、ああ……恥だ。死にたい。

「まったく若さとは恐ろしいな」

 溜め息をつくように男が言った。
 若さの一言で片付けられる事じゃないだろう。
 悪いのは全部、どっかの変態だ!

「エネルギーが有り余っている事は君たちの年頃なら仕方がないが、せめてヤる場所は弁えなさい」

「ちちちちちがいます!」

 どう考えても「違う」はウソなんだけど、思わずそう叫んでいた。

 久賀の肩をぐっと押して、男の前に歩み出た。
 この場を脱する為に、しどろもどろになりながら、トイレに二人でいた理由を説明する。

「えっと、体調がっ……そう、俺の具合が急に悪くなって、そしたらたまたまコイツと会って、俺らはただのダチだし……えっと。いかがわしいとか全然無くて、何せダチだし、ただの!普通の友だちで、えーと……だから久賀はただ俺を介抱してただけです。アヤシい事なんてしてないっす」

 苦しい言い訳だ。説得力が微塵もない。
 視線を右や左に動かしながら、口にしたそれは、五秒もたたない内に否定された。

「君が必死な事はわかったが……到底、信じられないな」

「ホントに体調が……」

 視界の端で久賀が顔を背け、肩を小刻みに震えさせていた。
 どうしたんだこいつ。まさか、ガチで具合が悪いとか……?

 状況を一瞬忘れて、サイテー男の心配をしてしまうあたりが、友人たちに甘っちょろいなんて言われる理由だろうか。

「体調ね……君は一体、どんな場所の体調が優れなかったのかな」

「え、場所?」

 おかしな訊ね方だと、それまで恥ずかしくてまともに見えなかった男の顔に、視線を移動した。

(この人、さっきの)

 久賀に金を渡していた男だ。
 さっきの「見つかった」に対する「誰が誰に」の答えの二番目。
 おっさん呼ばわりしたが、こうやって間近でみると思ったよりも若い。20代後半から30歳といったところだ。

 ずいぶんと、イケメンなお兄さんです。
 普通以上に女の子にモテそうなのに、ホモ?なんだよな、このひと。勿体ない……。
 失礼は承知でまじまじと相手を見て、ちょっぴり違和感を感じて……ああ、そうか視線が違う。
 向かい合う俺たち。
 俺はその男の顔を見ているが、男の視線は随分と下に向けられていた。

 不思議に思いながら、その視線を追いかけるように、カクリと首を折った。
 そしてー。

「んな!」

 自分の状態にようやく気がついた。
 息子がコンニチハ状態だ。本日一番の屈辱的状態。
 慌てて両手っで前を隠し、自然と前屈みになる。かぁっと頬に熱が生まれた。

「ぶっ!わっははははは。ひっぃ!あはっ!ははははは!死ぬ!笑いシヌ!おがみんサイコー」

 バシバシとトイレのドアを叩きながら久賀が爆笑し始めた。

 コイツっ!さっきの震えは笑うのを必死に堪えていたからか!
 本日何度目かの殺意に唇を震わせながら、俺は力の限りに叫んだ。

「てめぇはいっぺん死んでこい!」

 心からの、叫びだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不器用彼氏のあいしかた

ずー子
BL
ほのぼの学生BLです。クラスメイトの無口クールな北川君と仲良くしたい主人公千秋君のお話。千秋君はきゅるきゅる子犬系男子です。両片思いからの両想いパターンなので、安心してお楽しみください。 受が攻のことが大好きな話を書いたことがないので今回挑戦してみましたが、結局いつものような感じになりました。私は執着する攻が好き。 どうでもいいですが、千秋君の過保護なお兄さんの名前は千夏さんです。北川君とお兄ちゃんがバトる話とかも書きたいな。 攻さん→北川君。でかい、かしこい、寡黙。愛想が悪いので誤解されがちだけど、根は真面目。ド真面目。 受くん→千秋君。親御さんとお兄ちゃんにめちゃめちゃ甘やかされた結果、真っ直ぐでいい子に育ちました。自分の可愛さを理解している。 お楽しみいただけると嬉しいです♡ ※9月20日 千夏兄さん登場編、更新しました

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

淫魔さんは今日も鳴く

ひやむつおぼろ
BL
脅されて書いたものなので一切の責任は負いません。  淫魔や魔界に住む悪魔に生殖機能はない。淫魔が男から性液を奪い女性に出して、低確率で悪魔の子が生まれる。悪魔の母数を確保するためにも、男性のものを何回絞ったか、何人の女性と性交したかを記録し提出するための機関が必要だった。その機関は時代を超え……現在ではインプナイトメア社という淫魔のための会社に形を変えた。  ノワールはインプナイトメア社の期待の新人。百戦錬磨の淫魔だ。たくさんの人間を性技で篭絡し、男から性を奪い、女に注いできた。たくさん生気を集めたエリート…… と書類を偽装していた。 ノワールは性交渉をしていなかった。男に抱かれることを嫌い、女のベットで睦言をささやいて過ごした。 入社三か月目、女と同衾80回という結社初の新記録をたたき出したノワールは、ほかのどの淫魔が襲っても性を絞ることができなかった男に営業をかけることになりーー 「あ?いや、嘘だろ…、出しすぎ……」 「そうなの…?ぼく、ノワールが初めてだから、よくわかんないかな。」 「や、出してんのに動かすなよ、てか、なんでまだ勃って…」 ーー

【BL】声にできない恋

のらねことすていぬ
BL
<年上アルファ×オメガ> オメガの浅葱(あさぎ)は、アルファである樋沼(ひぬま)の番で共に暮らしている。だけどそれは決して彼に愛されているからではなくて、彼の前の恋人を忘れるために番ったのだ。だけど浅葱は樋沼を好きになってしまっていて……。不器用な両片想いのお話。

凍てつく罪悪

一ノ清たつみ(元しばいぬ)
BL
チカゲは売られた。言葉もわからず記憶も声も消されて。 学生であったチカゲはある時、偶然隣を歩いていた高校生のユウキと共に、別の世界へと転移してしまった。 訳も分からず何故だか言葉も分からず、おまけのチカゲはユウキに依存していった。 そんなある日、チカゲはその世界での記憶も声も消され、どこかの国へと飛ばされてしまったのだ。 ムーン様でのランキング御礼としておまけを追加いたします。 (日間6位、週間17位、月間74位ありがとうございました) 2/5おまけのお話を追加しました。少しでも楽しんでいただければ最高です。NTR的な要素があります。靡きませんがちょっと可哀想です。お気をつけてお楽しみください。 5/5おまけを追加しました。知っていても伝えられないことがあります。 ※ざまぁ系、ガチのダークファンタジーとなります。メリバ風味。 ※2話目以降、読み進めにご注意ください。5話程度の予定。 ※カクヨムにも投稿しているもののR18版。ムーンライトノベルズにも掲載しております。 ※タイトルサンクス透徹さま

太陽と可哀想な男たち

いんげん
BL
自他共に認める外見の良い主人公に、周囲の人間がブンブン振り回されているお話です。 主に二人の男が主人公にアプローチ。 孤高の料理人 × 主人公 幼馴染の執着大学生 × 主人公 の二本立て!! 両方のエンド書いちゃいました。

外れギフト魔石抜き取りの奇跡!〜スライムからの黄金ルート!婚約破棄されましたのでもうお貴族様は嫌です〜

KeyBow
ファンタジー
 この世界では、数千年前に突如現れた魔物が人々の生活に脅威をもたらしている。中世を舞台にした典型的なファンタジー世界で、冒険者たちは剣と魔法を駆使してこれらの魔物と戦い、生計を立てている。  人々は15歳の誕生日に神々から加護を授かり、特別なギフトを受け取る。しかし、主人公ロイは【魔石操作】という、死んだ魔物から魔石を抜き取るという外れギフトを授かる。このギフトのために、彼は婚約者に見放され、父親に家を追放される。  運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。  ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。

処理中です...