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第6話 『ナジィカは炎の精霊王を手に入れた』
しおりを挟む俺の声が聞こえないのか……と誰かが囁いた気がした。
いつになったら気づく?
いつになったら俺の声が主に届くのか。
俺を見ろ、と幼いナジィカに語りかけ続けた精霊がいた。
ここにいる、ここにいる。
主の側に俺はいる。
俺を見ろ主。
何年も何年も、幼い王子に語り続けた精霊がいた。
結局は、ヒトの器に宿るまで、彼がナジィカと言葉を交わすことは無かった。
もっと詳しく説明すると、ひとの器に入った瞬間、その人間の意識の奥に炎王の意識は隠れてしまったから、ナジィカと精霊の炎王が触れあったことは一度もなかった。
愛、すれ違い。
炎王が不器用&不憫で可哀想!と彼女もどきの幼馴染みと語り合ったことを思い出しました。
まぁ、ナジィカには精霊を見る力も、声を聞く力も無かったんだから仕方ないと言えば仕方ないが……うーむ……気のせいではなく、やっぱりチリチリするね、指先が。
「炎王」
俺は寝転んで天井を見上げたまま、傍らに居るであろう精霊に語りかけた。
『なぁ、我が主よ。
本当は見えているのだろう?
聞こえているのだろう?』
何年も何年も、ナジィカにそう語りかけ続けたのは炎の精霊王。
彼は、ちっぽけで取るに足らないと、見下していた主を救うために消滅した。
今はまだ俺の傍らにいるであろう彼に、今度は俺が語りかける。
声が聞こえなくても、姿が見えなくても、俺はお前に話しかけるよ。
「メアリーが僕を殺そうとしたことは凄く辛い」
ほうっと右手が温かくなった気がした。
まるで、誰かに手を握られているような、優しい熱だ。
そして体の近くで空気が揺らぐのを感じた。
天井を見続けたまま、俺は言葉を紡ぐ。
「"メアリーどうして"って、そればかりが頭の中でくるくると回ってる。どうして僕を裏切ったのって、毎晩泣きたくなるよ。でも、なんでかな。彼女をね、憎くは思えないんだ」
メアリー。
貴女を愛してたよ。
母親のように、慕っていたよ。
狭い鳥籠の世界で、貴女だけが心の拠り所だったから。
「ただ、悲しい。二度と彼女に会えないことが。そして、彼女の命を奪ったモノが許せない」
ふっと掌の温かさが離れた。
それを逃がさないように俺は闇雲に宙を掴む。
小説の中で、黒鷹王は、乳母の命を燃やした炎を恐れ憎んでいた。
炎の精霊王の主である黒鷹王が、炎を拒絶した。
自分を創った神様よりも人間の黒鷹王を炎の精霊王……炎王は選んだが、その主は決して彼を受け入れなかった。
はい。
重度の人間不信で、ツンツンツンツンツンツンデレな黒鷹王とは何を隠そう未来の俺だ。
ぐふぅ。未来のナジィカが本の通りに悲惨で孤独な運命を辿ったうえ、周囲と擦れ違いまくりで死ぬとかほんと無いデスヨ。坂谷くんちびっちゃう。
ナジィカも可哀想だが、王さまとか炎王とかも擦れ違いまくりで、仲違いに殺し合い、死亡に消滅とかマジであの話には救いがねぇのかよ!!
本音押し込め過ぎだろ!
もっと話し合えよっ!
努力しろよっ!
そう、叫ばずには居られないのです。
本当に叫んだら、気狂い王子の異名を獲得してしまうので、心の中でじたばたするにとどめています。
おっと、炎王を掴んだ掌が段々熱くなってきたぞ。
一応、ナジィカは炎王の主なので、炎に焼かれて死ぬことは無いけどね。
「誤解しないで、許せないのは貴方の事じゃない。僕の甘さだ。何も知ろうとしなかった僕の弱さを、僕は許せない。彼女に拒絶されたからって、死を受け入れた僕自身を恥じるよ。二度と、途中で諦めて、投げ出したりしない。ねぇ、炎王」
掴んだ指の先に視線を向ける。
不思議な光景だった。
ゆらゆらと空気が揺らめいて、それは人のカタチを成している。
ゆっくりと、輪郭をハッキリさせるそれに向かって俺は微笑んだ。
「僕に変わるきっかけをくれて、ありがとう。僕を助けてくれて、ありがとう」
炎を閉じ込めた二つの目を見た。
視線の先には赤い目と髪を持った、青年の姿があった。
炎の中から生まれた彼は、とても穏やかな顔をしていた。
『主』
声を聞く。
メアリーを焼いて、俺を救った精霊の声だ。
ナジィカが……俺が生きることを諦めなければ、メアリーが死ぬことは無かったのかもしれない。
いや、幽閉されているとはいえ王族に手を出したのだから、国の法に裁かれて死刑になった可能性は高いが、少なくとも炎王が手を下すことは無かっただろう。
くそっ。いくら混乱していたからって、大人しく死を受け入れるとか、坂谷くんらしくねーですよ。まぁ、あの時はナジィカの意思が強かったからどーしよーも無かったと言えばそれまでなんだが……。
「これからは二度と間違えない……なんて、そんな事言えないけどさ、投げ出したりしないと誓うよ」
俺は神様でも仏様でも無いので、間違えないなんて約束できませんよ。
でも、一葉の名に懸けて、根性だけは最期まで手放したくないですね。
「最期まで足掻くから、これからも僕の側にいてくれるかい、炎王?」
『……主』
炎王の手首を掴んだ指先にぎゅっと力を入れた。
困惑した表情の彼を見上げる。
炎のように赤い眼を、何も言わずに見つめ続ける。
どれくらい、そうしていたのか。
やがて炎王はふぅと息を吐き出し肩の力を抜いて『主の、望みのままに』とそう言った。
よしっ!
取りあえず擦れ違い運命は回避しよう!
平和的話し合いって素敵です。
にっこりと最上級の笑顔で、俺は彼に礼を言った。
「ありがとう炎王」
すると炎王は、眉間に凄い皺を寄せました。なんとも言えない表情でこっちを見ています。
えーと……俺の笑顔ってそんなに酷いんですかね?
ナジィカは絶世の美少年だったはずなのに、はて?
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