オシッコラム

くろねずみ

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トイレ史

ギリシャの貴婦人

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歴史の話である。
古代ギリシャ。ヨーロッパ文明の原点たるこの時代、水洗トイレが既にあった。

流れる下水の上に固定式のベンチシートを置き、適当な間隔で穴を開ける。
古代ギリシャ人達はその穴の上に腰掛け出す。
下水の水が排泄物を郊外に流し、肥料となる。

圧倒的に高度な技術が使われていて感心することひとしきり。とは言え、古代ギリシャトイレにはちょっとした問題があった。
勘の良い閲覧者諸兄姉は既に気付かれたと思われるが、このトイレ、ドアとか壁がない。
正確に言えば、古代ギリシャは高度な水洗便器を見事作ったが、現代人の想像するトイレとは微妙に違う。

都市を排泄物から守るのが当時のトイレの役割なのだから、設計コンセプト自体に問題がないと言えばない。
が、原始人の頃から隠れて排泄をするのが常だった人間に、古代ギリシャの誇る最新式トイレを使わせることは困難を招いた。

男達は新しい習慣を受け入れた。というか、軍事教育の一環として強制された。奴隷達も受け入れた。もちろん拒む権利はない。
が、女性市民は壁のない開放的な新型トイレに抵抗感があった。男女共用ということも更に女にとって使いにくさを感じさせるものだったようだ。

壁を作る的な発想は出ず、そもそも技術的、コスト的にも簡単とは言えないため、トイレの方をすぐに変えるのは難しい。
そこで発想の転換をした女性市民はなるべく公衆トイレを使わず家で済ませるという作戦に出る。

とはいえ、この作戦、上流階級の女性の前に大きな難問が立ちはだかる。
家にも使用人等がいる。

ここに至り、当時の上流階級の女性市民達は些か無謀とも思えるチャレンジを試みる。
即ち、誰にも見られない時を見計らって排泄を済ませる。
幸い、水は流れっぱなしだし、ドアの開け閉めもないため、音の心配はあまりしなくて良い。

問題は唯一。
誰にも見られない時間についてである。
つまり、夜中にトイレを済ませて、日中は我慢。
おしっこを一日一回。
尤もこのような苦行、いかにお嬢様としてのプライドと鍛え上げられた膀胱を持っていたとしても難しい。

殆ど無理ではあったが、何人かの女性はトイレ一日一回をクリアしたらしい。
「この女性はおしっこを夜中にしかしない生活をし、一度もトイレを使うところを見せなかった」
という碑が建てられ、偉大な貴婦人として讃えられ、記録されているので信じ難いが事実なのであろう。


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