金魚のいるお手洗い

くろねずみ

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由里香

金魚のいるお手洗い

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トイレに来るのはもう2回目。
前に来たのは30分前くらい。

あと3人待てば個室が空く。空いても仕方ない水音の聞こえない静かなトイレ。

さっき来たときはそれが何を意味しているか良くわからなかった。
今度は水音がないだけでなく、うめくような声が聞こえてくる。ああ、やっぱり。
トイレに来たのは2回目だけど、今度もまたおしっこはできないみたいだ。

少しだけおしっこができることを期待していた自分に嫌悪。
それはトイレの中で元気に泳いでいる金魚の死を意味するから。使ってしまえば金魚を流してしまうことになるから。

前に並んでた子が両手で押さえつけ身体を揺らす。
「おしっこしたい、おしっこしたい」
啜り泣きしながら呪文のように繰り返す彼女。
そのくらい我慢が辛いのに金魚の命と引き換えにしてしまおうとはしない優しい彼女。
ここに並んでいる女の子達はほとんどがそういう優しくて自己犠牲心の強い女の子。
けど、それでもここに並んでしまうのは、どこかで誰かが金魚を流してしまうことを期待している証左。

自己嫌悪とそれでも我慢することを選ぶことで保たれるプライド。
順番が回ってきた。
水音が聞こえない。
おしっこはできない。
おしっこが出せないことがわかっている以上、個室に入らない方が精神衛生上良い気もする。
パブロフの犬の条件反射に従いトイレに入れば身体は排尿を始めかける。それを理性で止めるのは衆人環視のパーティー会場で我慢するより大変。

けど、個室に入らなければ、誰かが金魚を流してくれることを期待していた自分の卑劣さを認めることになってしまう。
それで私、それでも個室に入る意味を見つけていた。
他の誰かに見られたくない体勢をとって、尿道にじわじわと進出してしまったおしっこを膀胱に押し戻す。

そんなことが実際にできているかどうかもわからないし、そもそも膀胱に余裕があるかどうかもわからないけど。
とにかく。

私は我慢していたおしっこをどうにかしてスッキリしたと強く思い込むことにしていた。
そして何事もなかったかのような笑顔でパーティーに戻る。

子供の頃先生に聞いた膀胱破裂で亡くなった姫君の話が頭に浮かんでいた。
姫君のように膀胱が破裂するまで耐え抜く悲壮な覚悟はあった。パーティー会場で1人だけお漏らしをするよりマシと思った。
それまでどれほど理不尽な我慢を続けていたとしても漏らしてしまえば忍耐が認められることはない。
我慢し抜いたとしても評価される事もない。

とはいえ、理不尽な状況への苛立ちとお漏らしの恐怖、我慢の苦しみを笑顔で隠して何事もなかったかのように振る舞う今の自分は割と好きだった。
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