勇者と姫と英雄譚

狐々きょん

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無形の聖剣

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 ――ドラゴンブレス
 閃光。一泊遅れて、大気を引き裂く破裂音。
 ああ、まともにあれを喰らうとすれば、一人の人間如き、たちまち消し炭となってしまうことは明白。
 絶体絶命の極地において、しかし勇者は笑った。
 姫の体が光を帯びる。
 魔力を吸い取られ、強制的に奇跡を使わされているのだ。
「姫。吾輩を信じてください」
 勇者は、眠る姫に笑いかける。
 この程度の試練、あの日姫を失ったときのことを思えば、大した困難ではない。
「吾輩とて、あの時から成長したのだ。次こそ、あなたを救えるように」
 光の奔流が、勇者を飲み込もうと迫る。
 対面する勇者は、逃げも隠れもせずに剣を構えた。

 理想を思い描く。
 古に存在していたというドラゴン。その心臓を穿ったとされる伝説の勇者。
 彼は、ドラゴンの光のブレスを、聖剣の力で断ち切ったという。
「吾輩は聖剣など持っていない。だが、それでも勇者になりたかった」
 常人であれば、反応すらできないほどの刹那であった。
 世界が白く染まる中、勇者は大上段に構えた剣を振り下ろす。
 もしかしたら、その灼熱は、鋼の剣であろうと瞬く間に蒸発させるほどのものだったのかもしれない。
 しかし、そのようなことにはならなかった。

 勇者の精錬された一振りは、光子を霧散させ、雷鳴を静寂に変え、自然へと還元した。

「ばかな! 聖剣さえ持たぬものが、竜王のブレスをふせぐなど!」
 竜の魔王が狼狽える。
 勇者を平然と言い放った。

「聖剣を持たぬ吾輩が勇者と成るには、自らの技量のみで奇跡を体現するしかなかった」

 姫を失ったとき、騎士は自分の弱さが大嫌いだった。
 すべてを救える『勇者』になりたかった。
 だから、騎士の座を返上して、修練に励んだのだ。
 一日も欠かさずに鍛錬に励み、致命傷を負っても関係なく続けた。
 あらゆる場所に旅に出て、襲撃してきたテロリスト――『エーテル信仰』の過激派――を壊滅させた。
 旅を続ける途中、自身の技量のみで聖剣と同じことができるようになっていた。
 この絶技を持って、『勇者』と呼ばれるほどになったのだ。

 魔王が光を放つ。
 今度は、剣を構えることすらしなかった。
 力強くも流麗な剣筋は、自然体から瞬きよりも早く最高速度に達し、光を打ち払う。
「無駄だ。もはや戦う意味はない。矛を収めよ。竜の魔王」
「こんな馬鹿なことがあるはずがない! 世界はどうしょうもなく理不尽なのだ!」
 魔王が更に膨れ上がる。
 頭が雲に差し掛かり、体ごと爆発しそうなほどエネルギーが漏れ出ている。
 城の天守に脚をかけ、翼をはためかせた。
 それだけで突風が起こる。
 世界最大にして最凶の威容を世界に知らしめたのだ。

「姫!」

 勇者は駆け上がる。竜王の長大な腕を足場として、飛ぶように駆ける。
 魔王が吠える。
 自身の腕ごと巻き込んで、殺意のブレスを放出する。
 足場が悪い。正面からかき消すことはできない。
 勇者は体を銃弾のように回転させ、剣で光線を弾いた。
 続けて、魔王が腕を振り上げる。
 頭上から、壁のように大きなカギ爪が振り下ろされる。
 巨大な腕と衝突する寸前、勇者は飛び上がった。
 剣が魔王の手を切り開き、その穴をくぐり抜ける。
 直後、魔王が振り下ろした腕が爆発。
 爆風を追い風にして、一息で魔王の胸の中央、核に剣を突き立てた。

 にぶい金属音。

 勇者は眉をしかめる。想像よりもかなり硬い。
 ――エーテルが凝固している。
「まだだ! 貴様だけでも!」
 魔王が叫ぶ。
 勇者は核の半ばで止まった剣に力を込め、ふたたび核を切り裂こうとする。
 そのとき、魔王の体が更に膨張した。
 竜脈のエネルギーで膨れ上がり、白い光の大爆発が一帯を焦土へと変えようとする。

「魔王よ。貴様もまた強きものであった」

 世界が震えている。魔王の起こそうとしているものは、あの日の奇跡と以上のものなのかもしれない。
 一瞬が数秒へと引き伸ばされたような感覚の中、勇者は笑みを浮かべる。

「貴様にも願いがあるのだろう。その執念が力となったのだろう」

 魔王から漏れ出る光は、すでに臨界状態となっている。
 けれど、間に合う。このときのために鍛えてきたのだから。
 魔王が爆発するよりも速く、剣が振り切られた。
 核に一条の線が走り、機能が停止する。

「今度こそ、お守りすると決めましたから」

 勇者は、過去の自分に勝利を告げた。
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