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試練と「はじめまして」
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魔王軍が襲ってくる。
耳をつんざく銃声の嵐。
迫る弾丸の前に、勇者は袋を投げた。
高温の弾丸が袋を貫き、閃光を発する。
野営に使ったマッチとランタンが発火し、予め調整しておいた最大光量を発したのだ。
のけぞった第一陣の兵士の銃撃がそれる。
勇者はわずかに空いた弾幕をかいくぐり、兵士に肉薄した。
この距離まで迫れば、同士討ちを起こすため、銃は使えない。
敵を踏みつけ、足場にする。
風のように駆けた勇者は、敵の背中を蹴飛ばし、中央の祭壇の上へと乗った。
「怯むな! 剣を使え!」
魔王軍が指揮能力を取り戻すのは早かった。
しかし、もう遅い。
大聖堂に鎮座する光のエンブレム。その根本に蹴りを入れる。
全長5メートルはある光のエンブレムが倒れ、勇者と兵士のあいだを隔てる。
破片が飛び散る。
シンボルを飾りたてる燭台が巻き込まれ、火の手が上がった。
炎の中、勇者が飛び出す。
「姫を取り戻しに来ただけだ! 無用に血を流したくなければ、道を開けてくれ!」
勇者が剣を振るうと、獅子奮迅の立ち回りを見せた。
パニックに陥った魔王軍は脆く、立ち直りの早い猛者が数名勇者に立ち向かうが、一秒と持たずに切り伏せられた。
「姫、もうじき、あなたのもとに向かいます!」
勇者は駆ける。
隊長格の魔族は叫ぶ。
「逃げたぞ、追え!」
勇者は大聖堂の正面扉から飛び出す。
背後から怒声が響く。その声に振り向くと、すでに魔王軍が立ち直ってきていた。
周囲を見渡す。全方向に魔王軍の壁がある。
中庭のみならず、見える範囲だけでも階段、廊下に何十にも陣を張って立ちふさがっている。
「対応が早いな」
よく訓練された兵士だ。勇者は笑みを浮かべる。
「それでこそ、試練として相応しい」
剣を握り直し、目的の場所を思い浮かべる。
どこを重視して守っているのか、悟られないようにしている動きだ。
勇者は見逃さなかった。
王の間に続く経路が、わずかに敵の守りが堅くなっている。
自分の行くべき場所は間違っていないようだ。
「吾輩は勇者である! 勇猛果敢なる魔王軍の兵士たちよ! 姫を返してもらうぞ!」
高らかに宣言すると、気合を入れる。
勇者は嵐のように駆け出した。
剥き出しの機械が、モーターの鈍い音を響かせている。
床も、壁も、天井も、不気味なパイプが幾本も走り、狭く暗い部屋。
液晶のかすかな光を反射し、銀色に鈍く光る金属でできた冷たい空間。
孤独の姫は、床に腰を下ろして膝に顔を埋めていた。
「もう一週間。城のものは、民は、無事でしょうか……」
食料こそ与えられるが、体を洗うことも、服を着替えることもできない。
ドレスは埃だらけになり、陶磁のように白かった肌は荒れ、腰まで伸びる美しい銀髪はくすんでいた。
紅色の目から涙が零れる。
昨晩、大きな爆発音がした。
王国兵が助けに来てくれたのかと思ったが、あれから動きがない。
救出作戦であったのならば、失敗したのだろう。
いや、それでいいのかもしれない。
あの魔王は、どうやら姫自体に価値を見出しているらしい。姫が逃げ出したら、姫を連れ去るために戦争を起こすことだろう。
重い扉が開く音。
時間からして、配食だ。
異形の人間が来て、分厚いガラスの向こうから配膳口を通して食事を与えられるのだ。
姫は生きるために顔を上げ、扉の方を向いた。
「……あなたは?」
姫の予想は裏切られた。
異形の人間はおらず、いつのまにか傷だらけの人間の男がいる。
姫を幽閉するガラスの前に跪いているのだ。
「すごい傷ではありませんか! 血もこんなに……はやく手当てをしないと!」
「見た目ほど深くありません。重症になりえるものは回避しました」
それより、と傷にまみれた少年は語る。
「吾輩は、勇者志望のものです。拐かされた祖国の姫を救いに参りました」
彼の目は動かなかった。姫は、この少年は話が終わるまで治療をしないだろうと悟る。
黒い軍服からして、兵士であろうか?
お父様が遣わせたのであれば、姫が顔を知っている人物を選びそうなものではあるが……。
黒い髪に黒い軍服、それに赤いマフラーを巻いていて、王国で昔から人気の英雄譚の勇者をイメージしているのが分かった。
「本当に、私を救ってくださるのですか?」
「はい。必ずあなたを救い、元の場所へと返すことを、この剣と、国王陛下、姫君である貴方様に誓います」
知らない人物で疑ってしまったが、悪い人ではないように思う。
勇者志望を名乗る男は、あまり表情が動かない。
しかし、実は内面では感情の動いている人物ではなかろうか?
でなければ、時代がかった口調で、「吾輩」などという言葉を使う酔狂な人物ではないだろうから。
「あなたの所属は? その軍服は士官学生のものでしょう? 正式な軍人に所属しているのですか?」
「いえ。士官学生で、まだ騎士や軍人ではありません」
姫は迷うように眉をひそめる。
男は姫の心中を慮ったか、跪きながら続ける。
「ですが、王から正式な任務を受けています。関係者ですので、一般人を巻き込むといった心配はありません」
彼はそう言うが、それでも姫は迷っていた。
彼はまだ学生。それも、姫と同じくらいの年齢だろう。
姫は聞く。
「どのように脱出するのでしょうか?」
「姫は魔王城の裏口からまっすぐに逃げ出してください。あとは吾輩がなんとかします」
「ちゃんと話してください。なんとかするとは、具体的にどうするのですか?」
男は逡巡した後、観念したかのように口を紡いだ。
「……吾輩は、勇者になるために研鑽を積んできました。囮として、十分な活躍ができるでしょう」
姫は立ち上がる。
姫を救うといった男の元へと行き、ガラス越しに言葉を投げかけた。
「お心づかいは嬉しいのです。私のために、このような危険をおかしてまで来てくださって」
でも、と言葉を続ける
「魔王は強い。歴代の勇者が立ち向かっても勝てないほどに。死人を生き返らせて、壊れたものはまたたく間に修復され、無限の魔力を振りかざす。あなたがどれだけ強くとも、今代の魔王は、星の生き物が勝てる領域にありません」
姫は勇者志望の少年を気遣いながらも、魔王の恐ろしさを語る。
彼をこれ以上魔王に関わらせないために。
少年は跪きながら肩を落とした。
「姫よ、わかりました。あなたのような優しい人は、きっと自分以外の人が傷つくことに耐えられないのでしょう」
少年は頭を上げる。
強い意志を持った眼で姫を見つめる。
「しかし、これだけは覚えていてほしい。吾輩は勇者になる者です。この勇者が必ずあなたを、あなたを取り巻く全てを、ハッピーエンドに導くということを」
姫は、まるで彼が自身に言い聞かせているように感じた。
どこか懐かしい感じがする。
以前、こんな人物と会ったことがある気がするのだ。
「分かりました。ですが、決して無理をなさらないで」
勇者は立ち上がる。
絶対に、姫が納得する手段を見つけて救い出すのだ。
これからどうしようか考えながら出ていった、
玉座の後ろに出た。
妨害する魔王軍は軒並み倒したが、回復の早いものなら意識を取り戻している頃だ。
勇者は魔王城から脱出して、出直さなければならない。
どうしたものか……。
そんな事を考えていたものだから、普段よりも反応が鈍くなった。
「貴様が勇者か」
「!?」
すかさず、勇者は戦闘態勢になる。
腰の剣に手を掛け、抜刀して構える。
底冷えする声だ。
落ち着いた声なのに、いやに響く。
「私こそが魔王。世界の支配者になる者だ」
王の間の入り口に、それは立っていた。
耳をつんざく銃声の嵐。
迫る弾丸の前に、勇者は袋を投げた。
高温の弾丸が袋を貫き、閃光を発する。
野営に使ったマッチとランタンが発火し、予め調整しておいた最大光量を発したのだ。
のけぞった第一陣の兵士の銃撃がそれる。
勇者はわずかに空いた弾幕をかいくぐり、兵士に肉薄した。
この距離まで迫れば、同士討ちを起こすため、銃は使えない。
敵を踏みつけ、足場にする。
風のように駆けた勇者は、敵の背中を蹴飛ばし、中央の祭壇の上へと乗った。
「怯むな! 剣を使え!」
魔王軍が指揮能力を取り戻すのは早かった。
しかし、もう遅い。
大聖堂に鎮座する光のエンブレム。その根本に蹴りを入れる。
全長5メートルはある光のエンブレムが倒れ、勇者と兵士のあいだを隔てる。
破片が飛び散る。
シンボルを飾りたてる燭台が巻き込まれ、火の手が上がった。
炎の中、勇者が飛び出す。
「姫を取り戻しに来ただけだ! 無用に血を流したくなければ、道を開けてくれ!」
勇者が剣を振るうと、獅子奮迅の立ち回りを見せた。
パニックに陥った魔王軍は脆く、立ち直りの早い猛者が数名勇者に立ち向かうが、一秒と持たずに切り伏せられた。
「姫、もうじき、あなたのもとに向かいます!」
勇者は駆ける。
隊長格の魔族は叫ぶ。
「逃げたぞ、追え!」
勇者は大聖堂の正面扉から飛び出す。
背後から怒声が響く。その声に振り向くと、すでに魔王軍が立ち直ってきていた。
周囲を見渡す。全方向に魔王軍の壁がある。
中庭のみならず、見える範囲だけでも階段、廊下に何十にも陣を張って立ちふさがっている。
「対応が早いな」
よく訓練された兵士だ。勇者は笑みを浮かべる。
「それでこそ、試練として相応しい」
剣を握り直し、目的の場所を思い浮かべる。
どこを重視して守っているのか、悟られないようにしている動きだ。
勇者は見逃さなかった。
王の間に続く経路が、わずかに敵の守りが堅くなっている。
自分の行くべき場所は間違っていないようだ。
「吾輩は勇者である! 勇猛果敢なる魔王軍の兵士たちよ! 姫を返してもらうぞ!」
高らかに宣言すると、気合を入れる。
勇者は嵐のように駆け出した。
剥き出しの機械が、モーターの鈍い音を響かせている。
床も、壁も、天井も、不気味なパイプが幾本も走り、狭く暗い部屋。
液晶のかすかな光を反射し、銀色に鈍く光る金属でできた冷たい空間。
孤独の姫は、床に腰を下ろして膝に顔を埋めていた。
「もう一週間。城のものは、民は、無事でしょうか……」
食料こそ与えられるが、体を洗うことも、服を着替えることもできない。
ドレスは埃だらけになり、陶磁のように白かった肌は荒れ、腰まで伸びる美しい銀髪はくすんでいた。
紅色の目から涙が零れる。
昨晩、大きな爆発音がした。
王国兵が助けに来てくれたのかと思ったが、あれから動きがない。
救出作戦であったのならば、失敗したのだろう。
いや、それでいいのかもしれない。
あの魔王は、どうやら姫自体に価値を見出しているらしい。姫が逃げ出したら、姫を連れ去るために戦争を起こすことだろう。
重い扉が開く音。
時間からして、配食だ。
異形の人間が来て、分厚いガラスの向こうから配膳口を通して食事を与えられるのだ。
姫は生きるために顔を上げ、扉の方を向いた。
「……あなたは?」
姫の予想は裏切られた。
異形の人間はおらず、いつのまにか傷だらけの人間の男がいる。
姫を幽閉するガラスの前に跪いているのだ。
「すごい傷ではありませんか! 血もこんなに……はやく手当てをしないと!」
「見た目ほど深くありません。重症になりえるものは回避しました」
それより、と傷にまみれた少年は語る。
「吾輩は、勇者志望のものです。拐かされた祖国の姫を救いに参りました」
彼の目は動かなかった。姫は、この少年は話が終わるまで治療をしないだろうと悟る。
黒い軍服からして、兵士であろうか?
お父様が遣わせたのであれば、姫が顔を知っている人物を選びそうなものではあるが……。
黒い髪に黒い軍服、それに赤いマフラーを巻いていて、王国で昔から人気の英雄譚の勇者をイメージしているのが分かった。
「本当に、私を救ってくださるのですか?」
「はい。必ずあなたを救い、元の場所へと返すことを、この剣と、国王陛下、姫君である貴方様に誓います」
知らない人物で疑ってしまったが、悪い人ではないように思う。
勇者志望を名乗る男は、あまり表情が動かない。
しかし、実は内面では感情の動いている人物ではなかろうか?
でなければ、時代がかった口調で、「吾輩」などという言葉を使う酔狂な人物ではないだろうから。
「あなたの所属は? その軍服は士官学生のものでしょう? 正式な軍人に所属しているのですか?」
「いえ。士官学生で、まだ騎士や軍人ではありません」
姫は迷うように眉をひそめる。
男は姫の心中を慮ったか、跪きながら続ける。
「ですが、王から正式な任務を受けています。関係者ですので、一般人を巻き込むといった心配はありません」
彼はそう言うが、それでも姫は迷っていた。
彼はまだ学生。それも、姫と同じくらいの年齢だろう。
姫は聞く。
「どのように脱出するのでしょうか?」
「姫は魔王城の裏口からまっすぐに逃げ出してください。あとは吾輩がなんとかします」
「ちゃんと話してください。なんとかするとは、具体的にどうするのですか?」
男は逡巡した後、観念したかのように口を紡いだ。
「……吾輩は、勇者になるために研鑽を積んできました。囮として、十分な活躍ができるでしょう」
姫は立ち上がる。
姫を救うといった男の元へと行き、ガラス越しに言葉を投げかけた。
「お心づかいは嬉しいのです。私のために、このような危険をおかしてまで来てくださって」
でも、と言葉を続ける
「魔王は強い。歴代の勇者が立ち向かっても勝てないほどに。死人を生き返らせて、壊れたものはまたたく間に修復され、無限の魔力を振りかざす。あなたがどれだけ強くとも、今代の魔王は、星の生き物が勝てる領域にありません」
姫は勇者志望の少年を気遣いながらも、魔王の恐ろしさを語る。
彼をこれ以上魔王に関わらせないために。
少年は跪きながら肩を落とした。
「姫よ、わかりました。あなたのような優しい人は、きっと自分以外の人が傷つくことに耐えられないのでしょう」
少年は頭を上げる。
強い意志を持った眼で姫を見つめる。
「しかし、これだけは覚えていてほしい。吾輩は勇者になる者です。この勇者が必ずあなたを、あなたを取り巻く全てを、ハッピーエンドに導くということを」
姫は、まるで彼が自身に言い聞かせているように感じた。
どこか懐かしい感じがする。
以前、こんな人物と会ったことがある気がするのだ。
「分かりました。ですが、決して無理をなさらないで」
勇者は立ち上がる。
絶対に、姫が納得する手段を見つけて救い出すのだ。
これからどうしようか考えながら出ていった、
玉座の後ろに出た。
妨害する魔王軍は軒並み倒したが、回復の早いものなら意識を取り戻している頃だ。
勇者は魔王城から脱出して、出直さなければならない。
どうしたものか……。
そんな事を考えていたものだから、普段よりも反応が鈍くなった。
「貴様が勇者か」
「!?」
すかさず、勇者は戦闘態勢になる。
腰の剣に手を掛け、抜刀して構える。
底冷えする声だ。
落ち着いた声なのに、いやに響く。
「私こそが魔王。世界の支配者になる者だ」
王の間の入り口に、それは立っていた。
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