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騎士とは 後編
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銃声が響き、爆音が轟き、剣戟が耳に響く。
ここにいるのは姫と国王、護衛の新人騎士だけだ。
新人騎士は部屋の中と外の境界に立ち、気を張り巡らせている。
「お父様。騎士の皆さんは無事でしょうか」
「分からない。王国の騎士は勇猛で勤勉。普段から訓練によく励んでくれているが、数が圧倒的に不利だ」
今日護衛についているのは、二十名ほどだという。
普段王族には百人以上の警備がついている。
しかし、今日は秘匿のパーティーのため、いつもより護衛が少ないのだ。
「今日は騎士の叙勲式だ。確実にいる新しい騎士たちを襲撃しに来たか、どこからか王族がここにいる情報が漏れたか……」
「お父様。いまは被害を抑える方法を考えましょう!」
「うむ。そうだな。いま必要なこと以外にも考えを巡らせてしまうのは、余の悪い癖だ」
国王は立ち上がり、姫の騎士に聞く。
「状況に変化はあるか?」
「いえ、ですが騎士たちの消耗が激しいです。バリケードも突破され、防御に徹して持ちこたえられるのは、あと二十分といったところでしょう」
「充分。間違いなく援軍が来るのが先だ」
もう援軍が来てもいい頃合いだという。
余裕の出てきた国王は、再び思考を巡らせる。
「しかし、なぜこのような無謀な賭けをしたのだ? ここの守りが手薄でも、すぐに援軍が来ることなど想定できるだろうに」
国王の言うとおりだ。
テロリスト達からしてみれば、計画はしていても、負ける可能性のほうがずっと高いのだから。
負ける戦いを喜んでする人などいない。
「余がこの戦いでどうしても勝たなければならないとしたら……」
姫はいくら言っても思考を始める父を見て思う――お父様の悪い癖は、きっと不治の病に違いありません。
国王が続ける。
「援軍が集まったあと、まとめて爆撃するな」
彼方より響く爆音。
屋敷が震え、塵が舞う。
「ッ!」
姫は、いきなりのショックに思考が停止する。
「何があった!」
叫ぶ姫の騎士。
直後、体中に裂傷を追った騎士が飛び込んできた。
「伝令! 交戦中の敵が自決爆撃を敢行。到着した援軍ごと前線が壊滅しました!」
「えっ!?」
「王、前線に行って参ります」
「待て」
呆然とする私と、部屋から出ようとする姫の騎士。
それを止める国王は、わずかに逡巡したあと、伝令の騎士に訪ねる。
「騎士隊長は存命か」
「……かろうじて命を留めていますが、時間の問題かと」
「王、行かせてください!」
懇願する騎士隊長の息子に対し、国王は冷静に告げた。
「よろしい。ただし、余も連れていきなさい」
「前線は危険です! 王は安全な場所に避難してください!」
「敵はすぐには動けない。ここまで巻き込む大爆発だ。敵の被害も相当なものに決まっている」
屋敷は半壊していて、壁は煤で塗りつぶされているかのようだ。
止める伝令を振り切って進む国王は、原型を保っていないバリケード跡地に着いた。
「ああ、しくじっちまった」
弱々しい声が聞こえる。
横になった騎士隊長が、焦点の合わない瞳で国王を見つめている。
目から、口から、耳から、頭から、腕から、足から、胴体から。血を流し、皮膚の下の赤いものが見えてしまっている。
致命傷。それも、もう手の尽くしようがないほど。
姫の前で、その凄惨な姿を見ている『私の騎士』。
姫から彼の表情は伺いしれず、どのようなことを言うべきかわからない少女は、その背中を見ていた。
「そう泣きそうな顔をするな。これぐらいどうってことはない。いままでも、これぐらいの傷を負ったことがある。今度だって、生還してやるさ」
その声に、誰も答えない。否、答えられなかった。
騎士隊長という人は、昔からここぞというときに強がりを言う人であった。
国王は、この今にも死にそうな男の親友は、そんなこと、お見通しだった。
「騎士隊長。王として、最後の命令を出す」
「最後って、大袈裟だ」
「……大義を果たせ」
国王は、あらゆる戦場から生還し、不死身とまで呼ばれたその人に伝える。
「このままだと、余は殺される。娘もそうだ。王族の血を絶やしてはならない。増援が来るまでその身を盾にして守りなさい」
「仰せのとおりに」
騎士隊長は立つ。傷口から血が吹き出し、筋も抉れている。姫には彼がどうして立てるのか不思議だった。
敵が来る。
銃を構え、様子をうかがうように迫ってくる。
「倅。俺が飛び道具を抑える。そのうちに倒せ。重火器さえどうにかなれば、お前ならやれる」
「父上は、満足なのですか?」
「当然だ! なんたってお前が、俺にはもったいないほどの自慢の息子がいるんだ! これ以上に何を望むという!」
騎士団長は笑う。
土気色の体で立ち上がり、自身を奮い立たせる。
「王。最後までお守りできないことをお許しください」
「……すまない」
「親友よ。必ず生きろ! 最愛の息子よ。あとは任せた」
私の騎士は押し黙り、最後まで、答えることはなかった。
「俺こそが最高の騎士。王を守り、民を救い、愛を尊ぶもの!」
狭い通路を横一列に並び、機関銃の戦列歩兵がこちらを蹂躙しようと備えている。
「いざ、征くぞ!」
飛び出す騎士隊長。響く銃声の嵐。
掲げた王家の盾はよく耐えている。
されど、多勢に無勢。集中砲火を受けた盾は砕け、削れ、亀裂が走り、ついには散った。
敵まであとわずかなところで守りを失った騎士隊長。彼の肉が飛び散り、血が霧となる。
敵まであと一歩のところで倒れた。
一人の少年が飛び出す。
「次が来る、構えろ!」
テロリストたちは油断せずに銃を構える。
少年は走るが、機関銃相手に、その距離はひどく絶望的に映った。
敵に突っ込む少年に、機関銃が向けられる。
「まだまだ、死ねないんだよ!」
敵陣で、死体と見間違うほどの致命傷を負った騎士隊長が近くのテロリストに組み付いた。
「おりゃあああああああああ!」
決死の力で機関銃を奪うと、敵陣の中でフルオートで弾をばら撒いた。
テロリストたちの予期せぬ、内側からの攻撃。
しかし、敵の反応も素早く、一人も倒せず組み伏せられる。
稼げた時間はわずかに三秒。
少年には、それで十分だった。
「小さな騎士はどこにいった!」
テロリストが狼狽の声を上げる。
一瞬止んだ弾幕を掻い潜り、剣を構える少年。
少年は吼えた。
「はっ!」
敵陣の前衛が吹き飛ぶ。
敵の反応も早かった。即座に機関銃を放したのだ。
味方の多い密集地において、機関銃を乱射しようものなら同士討ちが多発することは目に見えている。
あるものはナイフを取り出し、あるものはスタンガンを、あるものは武術を。
縦横に取り囲むのは、屈強なテロリストたち。
それよりも、少年は強かった。
密集地において、余裕を持って相手の剣撃をかわし、返す剣で大人を吹き飛ばす。
その戦いっぷりに、姫は彼の評判を思い出す。
まだ十歳だというのに、大人相手に一度も負けたことがない。
剣の腕と立ち回り、臨機応変な戦い方。
騎士隊長の息子ということで、強いのは間違いなくとも多少は話が盛られているのだと思っていた。
けれど、目の前に広がる一騎当千の活躍。噂以上の無双劇。
まさしく、奇跡の子というほかない。
最初の衝突と自爆特攻で過半数が倒れていたとしても、五十人は残っていたテロリスト。
彼らがたった一人の幼い少年に、傷一つ負わせられずに散っていく。
敵も残るは二十人。十人。五人。二人。……あと一人!
敵の頭領だろう。
指示を飛ばしていた男は、周りに倒れる己の部下たちを置いて、逃走を図る。
「逃すか!」
少年は、背を見せる敵に剣を振りかぶる。
「……っ!」
その最中、姫の瞳に映った。
『私の騎士』の死角となるすぐ後ろ、倒れた敵が執念で機関銃を掴んだことを。
「後ろです!」
姫はとっさに叫んだ。彼の身に危険が迫っているのだ!
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
少年の背中に向けて、雄叫びを上げながら引き金を引く男。
その引き金が稼働するより早く、少年の一閃が機関銃を両断した。
すかさず敵の腹を蹴り飛ばし、壁にぶつけて意識を絶つことも忘れない。
わずか一瞬の出来事だが、少年が顔を上げたときには、敵の頭領はすでにバイクに乗っていた。
「必ず、我らはエーテルによる世界支配を実現する! いつか、この雪辱を果たさせてもらうぞ!」
少年は発車したバイクに剣を投擲するが、バイクを掠って横を通り過ぎた。
外はすでに暗くなり始めている。バックライトの赤い光の軌跡を残しながら、敵の頭領は逃げていった。
遠くから響いてくる警笛と立ち昇った軍旗。もうじき援軍の第二陣が到着する。
「父上」
「……」
『私の騎士』は、動かなくなった騎士隊長様を見つめていました。
ここにいるのは姫と国王、護衛の新人騎士だけだ。
新人騎士は部屋の中と外の境界に立ち、気を張り巡らせている。
「お父様。騎士の皆さんは無事でしょうか」
「分からない。王国の騎士は勇猛で勤勉。普段から訓練によく励んでくれているが、数が圧倒的に不利だ」
今日護衛についているのは、二十名ほどだという。
普段王族には百人以上の警備がついている。
しかし、今日は秘匿のパーティーのため、いつもより護衛が少ないのだ。
「今日は騎士の叙勲式だ。確実にいる新しい騎士たちを襲撃しに来たか、どこからか王族がここにいる情報が漏れたか……」
「お父様。いまは被害を抑える方法を考えましょう!」
「うむ。そうだな。いま必要なこと以外にも考えを巡らせてしまうのは、余の悪い癖だ」
国王は立ち上がり、姫の騎士に聞く。
「状況に変化はあるか?」
「いえ、ですが騎士たちの消耗が激しいです。バリケードも突破され、防御に徹して持ちこたえられるのは、あと二十分といったところでしょう」
「充分。間違いなく援軍が来るのが先だ」
もう援軍が来てもいい頃合いだという。
余裕の出てきた国王は、再び思考を巡らせる。
「しかし、なぜこのような無謀な賭けをしたのだ? ここの守りが手薄でも、すぐに援軍が来ることなど想定できるだろうに」
国王の言うとおりだ。
テロリスト達からしてみれば、計画はしていても、負ける可能性のほうがずっと高いのだから。
負ける戦いを喜んでする人などいない。
「余がこの戦いでどうしても勝たなければならないとしたら……」
姫はいくら言っても思考を始める父を見て思う――お父様の悪い癖は、きっと不治の病に違いありません。
国王が続ける。
「援軍が集まったあと、まとめて爆撃するな」
彼方より響く爆音。
屋敷が震え、塵が舞う。
「ッ!」
姫は、いきなりのショックに思考が停止する。
「何があった!」
叫ぶ姫の騎士。
直後、体中に裂傷を追った騎士が飛び込んできた。
「伝令! 交戦中の敵が自決爆撃を敢行。到着した援軍ごと前線が壊滅しました!」
「えっ!?」
「王、前線に行って参ります」
「待て」
呆然とする私と、部屋から出ようとする姫の騎士。
それを止める国王は、わずかに逡巡したあと、伝令の騎士に訪ねる。
「騎士隊長は存命か」
「……かろうじて命を留めていますが、時間の問題かと」
「王、行かせてください!」
懇願する騎士隊長の息子に対し、国王は冷静に告げた。
「よろしい。ただし、余も連れていきなさい」
「前線は危険です! 王は安全な場所に避難してください!」
「敵はすぐには動けない。ここまで巻き込む大爆発だ。敵の被害も相当なものに決まっている」
屋敷は半壊していて、壁は煤で塗りつぶされているかのようだ。
止める伝令を振り切って進む国王は、原型を保っていないバリケード跡地に着いた。
「ああ、しくじっちまった」
弱々しい声が聞こえる。
横になった騎士隊長が、焦点の合わない瞳で国王を見つめている。
目から、口から、耳から、頭から、腕から、足から、胴体から。血を流し、皮膚の下の赤いものが見えてしまっている。
致命傷。それも、もう手の尽くしようがないほど。
姫の前で、その凄惨な姿を見ている『私の騎士』。
姫から彼の表情は伺いしれず、どのようなことを言うべきかわからない少女は、その背中を見ていた。
「そう泣きそうな顔をするな。これぐらいどうってことはない。いままでも、これぐらいの傷を負ったことがある。今度だって、生還してやるさ」
その声に、誰も答えない。否、答えられなかった。
騎士隊長という人は、昔からここぞというときに強がりを言う人であった。
国王は、この今にも死にそうな男の親友は、そんなこと、お見通しだった。
「騎士隊長。王として、最後の命令を出す」
「最後って、大袈裟だ」
「……大義を果たせ」
国王は、あらゆる戦場から生還し、不死身とまで呼ばれたその人に伝える。
「このままだと、余は殺される。娘もそうだ。王族の血を絶やしてはならない。増援が来るまでその身を盾にして守りなさい」
「仰せのとおりに」
騎士隊長は立つ。傷口から血が吹き出し、筋も抉れている。姫には彼がどうして立てるのか不思議だった。
敵が来る。
銃を構え、様子をうかがうように迫ってくる。
「倅。俺が飛び道具を抑える。そのうちに倒せ。重火器さえどうにかなれば、お前ならやれる」
「父上は、満足なのですか?」
「当然だ! なんたってお前が、俺にはもったいないほどの自慢の息子がいるんだ! これ以上に何を望むという!」
騎士団長は笑う。
土気色の体で立ち上がり、自身を奮い立たせる。
「王。最後までお守りできないことをお許しください」
「……すまない」
「親友よ。必ず生きろ! 最愛の息子よ。あとは任せた」
私の騎士は押し黙り、最後まで、答えることはなかった。
「俺こそが最高の騎士。王を守り、民を救い、愛を尊ぶもの!」
狭い通路を横一列に並び、機関銃の戦列歩兵がこちらを蹂躙しようと備えている。
「いざ、征くぞ!」
飛び出す騎士隊長。響く銃声の嵐。
掲げた王家の盾はよく耐えている。
されど、多勢に無勢。集中砲火を受けた盾は砕け、削れ、亀裂が走り、ついには散った。
敵まであとわずかなところで守りを失った騎士隊長。彼の肉が飛び散り、血が霧となる。
敵まであと一歩のところで倒れた。
一人の少年が飛び出す。
「次が来る、構えろ!」
テロリストたちは油断せずに銃を構える。
少年は走るが、機関銃相手に、その距離はひどく絶望的に映った。
敵に突っ込む少年に、機関銃が向けられる。
「まだまだ、死ねないんだよ!」
敵陣で、死体と見間違うほどの致命傷を負った騎士隊長が近くのテロリストに組み付いた。
「おりゃあああああああああ!」
決死の力で機関銃を奪うと、敵陣の中でフルオートで弾をばら撒いた。
テロリストたちの予期せぬ、内側からの攻撃。
しかし、敵の反応も素早く、一人も倒せず組み伏せられる。
稼げた時間はわずかに三秒。
少年には、それで十分だった。
「小さな騎士はどこにいった!」
テロリストが狼狽の声を上げる。
一瞬止んだ弾幕を掻い潜り、剣を構える少年。
少年は吼えた。
「はっ!」
敵陣の前衛が吹き飛ぶ。
敵の反応も早かった。即座に機関銃を放したのだ。
味方の多い密集地において、機関銃を乱射しようものなら同士討ちが多発することは目に見えている。
あるものはナイフを取り出し、あるものはスタンガンを、あるものは武術を。
縦横に取り囲むのは、屈強なテロリストたち。
それよりも、少年は強かった。
密集地において、余裕を持って相手の剣撃をかわし、返す剣で大人を吹き飛ばす。
その戦いっぷりに、姫は彼の評判を思い出す。
まだ十歳だというのに、大人相手に一度も負けたことがない。
剣の腕と立ち回り、臨機応変な戦い方。
騎士隊長の息子ということで、強いのは間違いなくとも多少は話が盛られているのだと思っていた。
けれど、目の前に広がる一騎当千の活躍。噂以上の無双劇。
まさしく、奇跡の子というほかない。
最初の衝突と自爆特攻で過半数が倒れていたとしても、五十人は残っていたテロリスト。
彼らがたった一人の幼い少年に、傷一つ負わせられずに散っていく。
敵も残るは二十人。十人。五人。二人。……あと一人!
敵の頭領だろう。
指示を飛ばしていた男は、周りに倒れる己の部下たちを置いて、逃走を図る。
「逃すか!」
少年は、背を見せる敵に剣を振りかぶる。
「……っ!」
その最中、姫の瞳に映った。
『私の騎士』の死角となるすぐ後ろ、倒れた敵が執念で機関銃を掴んだことを。
「後ろです!」
姫はとっさに叫んだ。彼の身に危険が迫っているのだ!
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
少年の背中に向けて、雄叫びを上げながら引き金を引く男。
その引き金が稼働するより早く、少年の一閃が機関銃を両断した。
すかさず敵の腹を蹴り飛ばし、壁にぶつけて意識を絶つことも忘れない。
わずか一瞬の出来事だが、少年が顔を上げたときには、敵の頭領はすでにバイクに乗っていた。
「必ず、我らはエーテルによる世界支配を実現する! いつか、この雪辱を果たさせてもらうぞ!」
少年は発車したバイクに剣を投擲するが、バイクを掠って横を通り過ぎた。
外はすでに暗くなり始めている。バックライトの赤い光の軌跡を残しながら、敵の頭領は逃げていった。
遠くから響いてくる警笛と立ち昇った軍旗。もうじき援軍の第二陣が到着する。
「父上」
「……」
『私の騎士』は、動かなくなった騎士隊長様を見つめていました。
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