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犬牙、犬吠、その身に喰らえ
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ウィルマさんの家で、課題をもらって考えたり、森に入って魔物を倒して鍛えたりして、しばらく経った。森に来た頃に産まれた狼が、大きくなって自分の群れを新しく作るのを見届けたくらいだ。
たまにモンドール商会の店に行っても、師匠の手掛かりは何もない。会って話す機会すら作らせてもらえないのは、辛い。
「うわ、まだやってんのかよ」
「……うるさい」
クソ野郎も、相変わらずここにいる。何かちゃんとした名前があるとか騒いでたけど、クソ野郎としか呼んでない。向こうも別に、俺の名前呼ばないし。そもそも教えてもいないけど。
ここのところは、空気中から氷を作る魔術をずっと練習してる。目には見えないけど、生き物がいるところには空気というものがあって、その中にはいろんな気体が含まれていて、本当は水もあるんだそうだ。その水が気体になった状態を指す水蒸気を集めて、温度を下げて凍らせれば、何もないところから氷が出来たように見える。
そういう課題をもらったのはいいけど、目に見えないものを集めるところが難しくて、あんまり上手くいってない。氷の塊というよりは雪みたいなものを作ることは出来たけど、大きくならない。
「へっ、勇士サマなんて称号も、大したことねぇな」
「……間諜なんかやってたわりに、大した魔術使えないくせに」
「んだとコラ」
「うるさい、どっか行け」
よく知らないけど、クソ野郎は誰かに幻覚を見せたり操ったりする魔術が得意で、その他は苦手らしい。だから戦うのは得意じゃなくて、潜入して情報を手に入れたり相手を混乱させたりという仕事が多かったそうだ。小器用で口が回る駄犬だ、ってウィルマさんが言ってた。出来の悪い相手を駄犬って呼ぶの、たぶんウィルマさんから師匠に移ったんだと思う。
とにかく、用もないのにいちいち絡んでくるから鬱陶しい。自分の修行に専念しろ。こいつも確か、ウィルマさんに課題を出されていたはずだ。ぎゃんぎゃんうるさくて耳を塞いで、殺さない程度に黙らせる方法を考える。
「騒がしいぞ、駄犬」
ふぎゃっと変な声を出してクソ野郎が潰れたと思ったら、ウィルマさんが歩いてきていた。また何かの魔術で黙らせたらしい。俺も使えるようになりたいけど、もう少し手加減というものを覚えたらなって言われた。
確かに、炎を出そうと思ったら火柱を上げたり、水を出そうと思ったら辺り一帯を押し流したり、俺が魔術を初めて使う時は大概事故になる。ウィルマさんがいるから収拾を付けてくれるけど、クソ野郎を潰そうとしたら本当に圧殺しかねないからだめなんだろう。あんなやつどうなったって知らないけど、ウィルマさんが困るのはだめだ。
「仔犬、ジャン・モンドールから連絡だ。王都の店に来てほしいそうだぞ」
「王都に?」
ウィルマさんが、手に持っていた手紙を渡してくれた。
この前店に行った時は、特に師匠の情報はなかった。王都からここの最寄りの店まで、伝達する時間は確かに掛かるけど、俺を王都まで呼ぶ方が早いわけでもない。受け取って中を読んでみても、王都に来てくれくらいの意味しか書かれていない。他に読み取れる情報は何もなし。
わざわざ手紙で連絡してくるくらいだから、ちょっとした用事、ではないはずだ。何か困ったことが起きたにしても、俺を呼ぶより王都の近くにいる誰かを頼った方が、確実に速い。
だから、もしかしたら、師匠のことが何かわかったのかもしれない。ずっと何もわからなかったのに。でも、もし本当に師匠のことなら、すぐに行きたい。時間が経っても、一緒にいなくても、俺にとって一番大事な人が師匠なのは変わらない。
「いい加減、クライヴの話だろう。違ったら、張り倒して帰ってこい」
手紙を握ったまま躊躇ってたらそう言われて、無意識に強張っていた体が緩んだ。
たまにモンドール商会の店に行っても、師匠の手掛かりは何もない。会って話す機会すら作らせてもらえないのは、辛い。
「うわ、まだやってんのかよ」
「……うるさい」
クソ野郎も、相変わらずここにいる。何かちゃんとした名前があるとか騒いでたけど、クソ野郎としか呼んでない。向こうも別に、俺の名前呼ばないし。そもそも教えてもいないけど。
ここのところは、空気中から氷を作る魔術をずっと練習してる。目には見えないけど、生き物がいるところには空気というものがあって、その中にはいろんな気体が含まれていて、本当は水もあるんだそうだ。その水が気体になった状態を指す水蒸気を集めて、温度を下げて凍らせれば、何もないところから氷が出来たように見える。
そういう課題をもらったのはいいけど、目に見えないものを集めるところが難しくて、あんまり上手くいってない。氷の塊というよりは雪みたいなものを作ることは出来たけど、大きくならない。
「へっ、勇士サマなんて称号も、大したことねぇな」
「……間諜なんかやってたわりに、大した魔術使えないくせに」
「んだとコラ」
「うるさい、どっか行け」
よく知らないけど、クソ野郎は誰かに幻覚を見せたり操ったりする魔術が得意で、その他は苦手らしい。だから戦うのは得意じゃなくて、潜入して情報を手に入れたり相手を混乱させたりという仕事が多かったそうだ。小器用で口が回る駄犬だ、ってウィルマさんが言ってた。出来の悪い相手を駄犬って呼ぶの、たぶんウィルマさんから師匠に移ったんだと思う。
とにかく、用もないのにいちいち絡んでくるから鬱陶しい。自分の修行に専念しろ。こいつも確か、ウィルマさんに課題を出されていたはずだ。ぎゃんぎゃんうるさくて耳を塞いで、殺さない程度に黙らせる方法を考える。
「騒がしいぞ、駄犬」
ふぎゃっと変な声を出してクソ野郎が潰れたと思ったら、ウィルマさんが歩いてきていた。また何かの魔術で黙らせたらしい。俺も使えるようになりたいけど、もう少し手加減というものを覚えたらなって言われた。
確かに、炎を出そうと思ったら火柱を上げたり、水を出そうと思ったら辺り一帯を押し流したり、俺が魔術を初めて使う時は大概事故になる。ウィルマさんがいるから収拾を付けてくれるけど、クソ野郎を潰そうとしたら本当に圧殺しかねないからだめなんだろう。あんなやつどうなったって知らないけど、ウィルマさんが困るのはだめだ。
「仔犬、ジャン・モンドールから連絡だ。王都の店に来てほしいそうだぞ」
「王都に?」
ウィルマさんが、手に持っていた手紙を渡してくれた。
この前店に行った時は、特に師匠の情報はなかった。王都からここの最寄りの店まで、伝達する時間は確かに掛かるけど、俺を王都まで呼ぶ方が早いわけでもない。受け取って中を読んでみても、王都に来てくれくらいの意味しか書かれていない。他に読み取れる情報は何もなし。
わざわざ手紙で連絡してくるくらいだから、ちょっとした用事、ではないはずだ。何か困ったことが起きたにしても、俺を呼ぶより王都の近くにいる誰かを頼った方が、確実に速い。
だから、もしかしたら、師匠のことが何かわかったのかもしれない。ずっと何もわからなかったのに。でも、もし本当に師匠のことなら、すぐに行きたい。時間が経っても、一緒にいなくても、俺にとって一番大事な人が師匠なのは変わらない。
「いい加減、クライヴの話だろう。違ったら、張り倒して帰ってこい」
手紙を握ったまま躊躇ってたらそう言われて、無意識に強張っていた体が緩んだ。
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