馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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野良犬、迷い犬、あの手が恋しい

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 何でウィルマさんのところにいるのかと思ったら、王様から頼まれたらしい。魔力を持っている人間は貴重だから、この国の魔術師として働くよう、やり直しの機会が与えられている、だそうだ。ウィルマさんが厳しく躾け、じゃなかった、教育して、この国を裏切らないように手綱を持つことになっている。教育の名目でお金も出ているから、このクソ野郎が死ぬと困るらしい。

 言い訳をしているクソ野郎はどうでもいいから、蹴り飛ばしてどけて、ウィルマさんにお願いする。

「ウィルマさん、また魔術を教えてください」

 吹っ飛んでいったクソ野郎を気にした様子もなく、ウィルマさんが口角を上げる。

「ほう? 何のために?」
「……師匠を、超えたいから」

 剣だけじゃまだ勝てない。それに、魔術を鍛えてもきっとまだ勝てない。
 それでも、強くなってなかったら師匠の傍にいさせてもらえない。きっとまた置いていかれるから、足踏みだけは出来ない。もっと、もっと早く、師匠を追いかけていかないといけない。

 にんまり笑ったウィルマさんが家の裏手に歩いていくから、慌ててついていく。あの笑い方は、面白がって乗っかってくれる時の顔のはずだ。
 庭のような、森の続きのような、明確な境のない場所で、ウィルマさんが立ち止まって振り返る。

「いいか仔犬、魔術とは知識の応用だ。単なる不思議な現象ではない」

 葉っぱや枝が勝手に集まってきた。ウィルマさんの魔術だ。何も知らなかったら不思議な現象だけど、今は魔術のことを知っているから、魔術で小さな風を起こせば、手を使わずにそれくらい集められるのがわかる。そのまま魔術で火が点けられて、俺とウィルマさんの間に焚き火が出来上がる。

「これは何故燃えている?」

 何故、は、ウィルマさんに魔術を教えてもらう時、よく聞かれることだ。クソ野郎が戻ってくるのを横目に見ながら、考える。

「……燃えるものが、あるから……?」
「正解の一部ではあるな」

 ウィルマさんが手をかざすと、焚き火から小さな火の玉が分かれて、ウィルマさんの指の上に移動した。

「では、これは何故燃えている?」

 指の上といっても、少しだけ浮いた状態だ。そこには純粋に炎があるだけで、枝も葉っぱもない。つまり、燃えるものはそこにはない。

「……熱い、から?」
「それも一部だな」

 ふっと火が消える。周りから枝が飛んできて、足元の焚き火が大きくなった。
 ウィルマさんは、例えるどころではなく本当に、息をするように魔術を使う。長々と呪文を唱えたり、魔法陣と呼ばれる紋様を描いたりする人もいるらしいけど、ウィルマさんが使うのは自分の魔力だけだ。

「この焚き火を消す時、仔犬はどうする?」
「水を、かける……」
「何故水を掛けると火が消える?」

 考えたこともない。言葉に詰まった俺の前で、ウィルマさんが魔術で水を出して焚き火を消す。じゅっと音がして、地面がどろどろになった。その地面から水滴が上がってきて、ふわっと煙のようになって消える。地面は元通りさらさらだ。さっきの焚き火で黒くなった枝や葉っぱが残っているだけで、他は焚き火を点ける前と何の変化もない。

「それを考えるのが魔術という学問だ、仔犬。何故そうなるのか、深く考えろ。理を追究し、理に従って魔力で何らかの現象を起こすのが魔術だ」

 それだけ言い残して、ウィルマさんは家の中に戻っていった。
 たぶん、これが最初の課題だ。ウィルマさんの真似をして葉っぱや枝を集めて、焚き火を作る。

「……何で、燃えてるか」

 焚き火の傍に座って、考える。俺の考え。俺の答え。間違っているかもしれないけど、その時はウィルマさんが教えてくれるから大丈夫。今やれって言われたのは、きちんと自分で考えることだ。

 ただ、つい師匠のことを考えないようにする方が難しかった。
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