馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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野良犬、迷い犬、あの手が恋しい

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 元々、ドラゴンが飛来したのはこの国ではなかった。もっと西方の、国境すら接していない国に突如現れたそうだ。そういう場合、人の住まない場所にドラゴンが移動するまで、近くの人間は避難して、いわば嵐が過ぎるのをじっと待つのが一般的だ。
 ただ、その国は魔術が発展していた。その力でドラゴンを倒せると信じて、国中の魔術師をドラゴンとの戦いに投入して、しかし敗北した。全く歯が立たなかったわけでもなく、ドラゴンにいくらか手傷を与えられたのも良くない方向に働いたらしい。痛みに猛り狂ったドラゴンが、周囲をめちゃくちゃに破壊しながら移動し始めたそうだ。初めにドラゴンが現われた国、運悪く通り道に当たった国、そのまた隣国。次々に焼き払われ、蹂躙され、人の住めない地になっていった。

 放っておけば良かったものを、人が悪化させた災害が、東方に当たるこの国にも迫ってくる。そのまま進めば、ドラゴンが進んできた経路の通り、滅ぼされかねない。

 かくして、人々が逃げる時間を稼ぐこと、もし可能ならドラゴンを倒すこと、その二つを目的に、騎士団から討伐隊が結成された。ほとんど死にに行くようなものだったけど、志願者は少なくなかったらしい。家の反対にあって参加出来なかったのがオーウェンさんで、ラクレイン団長と護衛騎士は、家族への補償もあったから参加した。カーティス公爵が反対して無理だろうと思われていたものの、騎士団の中でもすでに別格の強さだった師匠も、討伐隊に入っていた。

 そして騎士団お抱えの鍛冶師が、それぞれのために誂えた武器と防具を身に着けて、討伐隊はドラゴンの進路で迎え撃った。

「攻城兵器を使ったり、魔術師と共闘したり、死に物狂いだったな、あの時は」

 ドラゴンの吐く炎で辺りは火の海で、尻尾で薙ぎ払われるだけで人が宙を舞って動かなくなった。前脚の一振りで、赤い液体が飛び散って金臭さが鼻を突いた。並んだ牙が見える度に、誰かの体のどこかがなくなった。一瞬前まで隣にいたはずの仲間が、バラバラになって地に落ちていく。名前は知らなくても顔見知りの相手が、有り得ない方向に折れ曲がった手足を投げ出して横たわっている。誰かもわからない、骨を剥き出しにしている肉片。血のにおい。炎で炙られる熱さ。肉の焼けるにおい。途切れることのない呻き声。体中の痛み。

「俺も尻尾を喰らって、その後はよく知らない」

 ラクレイン団長は、ドラゴンの尻尾に吹き飛ばされて、地面か何か、叩き付けられて気を失ったそうだ。

「…………ラクレインが落ちたのを見て、カーティスの顔付きが変わった」

 護衛騎士が見ていた限り、ドラゴンに対して善戦出来ていたのは、師匠くらいのものだった。そもそも討伐隊の中には、魔力持ちが魔術師以外はほとんどいなかったし、その魔術師たちは、戦闘の初めの方ですでにドラゴンにやられていた。残りの騎士の中で魔力を使いこなして戦えていたのが、師匠だけだったらしい。いつもの通り、自分も怪我をしているのに周りを庇いながら、ドラゴンの攻撃に怯むことなく戦っていた。
 けれど、ラクレイン団長が跳ね飛ばされたのを見て、表情が抜け落ちた。

「周囲を庇わなくなった。その分、ドラゴンとも渡り合えるようになっていたが」

 出来るだけ時間を稼ぐ。あわよくば、ドラゴンを倒す。どう考えても時間を稼ぐことしか出来ないだろうと思われていたが、アドルフ・カーティスの奮戦によって、微かに希望が見えた。何とか一助になろうと他の騎士たちもドラゴンに挑み、或いは殺されたり、或いは怪我で戦線離脱したり、数を減らしていった。護衛騎士ももちろん加わっていた。

「だが、私はまたカーティスに庇われた」

 気付いた時には、ドラゴンの牙が間近に迫っていた。無傷ではないし、合間に回復薬を飲んでいたところで、疲れはなくならない。逃げられない、死ぬ、と思った次の瞬間に、目の前に金髪が閃いた。

 自分の代わりに、アドルフがドラゴンの口の中に吞み込まれた。

 思考が事実に追い付いて叫ぼうとしたけれど、ドラゴンが急に動きを止めた。ごぼりと、炎ではなく赤い血を吐いて、巨体がそのまま地面に崩れ落ちた。倒したのか、と一瞬気が抜けて、でもドラゴンの吐いた血の中に人が倒れているのにも気が付いて、形振り構わず走り寄った。

「酷い状態だったが……カーティスだった。詳細はわからんが、中からドラゴンを倒したんだろう」

 取り急ぎ残っていた回復薬を飲ませて、傷口にも掛けた。それから生き残りを確認したものの、比較的初期に気絶させられていたラクレイン団長と、護衛騎士、後は意識のない師匠だけ。他はドラゴンの攻撃で即死したり、炎に巻かれたり、傷が深すぎて回復出来ずに亡くなっていたそうだ。百人は超えていただろう討伐隊は、たった三人しか残らなかった。
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