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神さまの子

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 村ではもう5年も子供が産まれていなかった。こんなことは初めてのことだ。女たちは集まり、神に祈った。どうか子供を授けてくださいと。
 神は応えた。
「この子を育てることができるのなら」
 と。天からゆっくり降りてきたのは、お包みに包まれた赤子だった。
 女たちは、
「子供だわ!」
 と叫んで、我先にとその赤子に手を伸ばした。しかし。
「バケモノ!!」
 その赤子の顔を見たものは口々に叫んだ。
 その赤子にはでこに小さな角があり、目は一つしかなかったのだ。
 とたんに赤子から離れた女たちの中に、一人赤子に手を伸ばし、赤子の顔を覗き込んだ女がいた。沙耶と言う女だ。沙耶は赤子を見るなり、
「可愛い」
 と呟いた。
 その時だ。
「その赤子はそなたのものだ。愛情を持って育てるが良い」
 神の声が響いた。
 沙耶は嬉しそうにその赤子を連れて家に帰った。
 沙耶の夫の伊月は、始め赤子の容姿に驚いたが、沙耶が育てたいと思うのであれば、と言って赤子を抱き上げ、あやし出した。
 二人は赤子を一希《かずき》と名付けた。



 その後神は現れることなく、一希の他にその年子供は生まれなかった。沙耶以外の女たちは嘆き悲しんだ。だが、沙耶の育てる一希を自分で育てたいとは誰も思わなかった。
 一方、沙耶と伊月は一希にたっぷりの愛情を注いだ。
 一希が自分を見て笑うだけで沙耶の心は満たされた。
「なんて可愛い笑顔なんでしょう」
 二人は子育ての大変ささえ楽しく愛おしく、一希との毎日を過ごした。

 二人の間にはその翌翌年、女の子が産まれた。名を和呼とつけた。和呼ができても、二人の一希に対する愛情は変わらなかった。

 やがて他の女たちも子供を授るようになった。村人は沙耶に感謝はしたが、一希のことは受け入れることが出来なかった。
 沙耶が一希の手を引き、散歩していると、
「バケモノよ」
 と囁く声がしばしば聞こえて来た。




「お母さん、バケモノってどんな意味?」

 言葉を喋るようになった一希に尋ねられた沙耶は、一瞬身を強張らせた。
 一希を傷つけたくない。
 沙耶は、
「それはね。一希が一番神様から愛されてるってことなのよ」
 と答えた。あながち嘘ではないと思う。でも、バケモノという本来の意味ではなかった。
「そうなの? ふーん。ねえ、お母さんは僕のこと愛してる?」
 一希の言葉に、沙耶は一希をギュッと抱きしめて、
「もちろん愛してるわ」
 と答えた。
 和呼がそれを見て、自分もというように手を伸ばす。そんな和呼も一緒に抱きしめた。
 一希はバケモノという言葉の本当の意味をいずれ知るだろう。沙耶と伊月はどんな外見でも一希を愛している。それが一希の支えになるように願った。




 しかし、その日は突然訪れた。

「母ちゃ。どうして兄ちゃのおでこにはさんかくがあるの? おめめは一つだけなの?」

 和呼に悪気はない。純粋に訊いただけだ。
 一希は、自分の目を確認するように触り、角にも触れた。

「これは僕だけなの? それでみんなバケモノって言うんだね」

 沙耶は涙をこぼして一希を抱きしめた。
「お母さんは一希がどんな身体でもいいの。お母さんもお父さんも一希が大好きよ。愛してるわ。どんな時にもあなたの味方よ」
「兄ちゃ、あたしも兄ちゃ大好きよ」

 一希は泣きながら微笑んだ。

「ありがとう、お母さん。和呼。僕はバケモノだけど幸せだよ」

 一希はこれまで囁かれていたバケモノという言葉の本当の意味を知り、涙が止まらなかった。
 僕は人と違う。そしてそれは相手を怖がらせ、忌み嫌わせるものなのだ。だから、家族以外の人から冷たい視線を浴びるのだ。

 僕には愛するそして、愛してくれる家族がいる。それで十分なはずなのに、どうして僕だけこんな外見なのかと思ってしまう。

「泣いていいのよ。辛かったわね。私が変わってあげたい」

 沙耶はそう言って再び一希を抱きしめた。

「ダメだよ。お母さん。僕、お母さんにこんな悲しい思いさせたくないもん。僕が我慢すればいいんだよ」

 健気な一希に沙耶の目から再び涙がこぼれた。


 和呼より後に生まれた子供たちが、

「バケモノ~! 近寄るな~」

 とあどけない声で言う度、一希の心は傷ついた。それでも家族のために平気なふりを装った。

 子供たちの年が上がると、その声にあどけなさはなくなり、疎ましさと怖さ、そして意地悪な響きが宿るようになった。
 一希は唇を噛みしめ、なるべく相手にしないよう努めた。
 同時に和呼が自分のせいで意地悪をされないか恐れた。今のところそれはない。一希にとってそれがせめてもの救いだった。


 ところが、ある日、一希は自分のように外見が異なるわけでもないのにいじめられている女の子を目にした。

 一希の心は痛んだ。なぜあの子は僕と違って、外見が同じなのにいじめられるのかな? あの子はとても怯えてるし、悲しんでいるのに、どうしてそんな酷いことができるんだろう。

 一希は助けたいと思った。
 標的は僕に向くだろう。それは慣れている。だから大丈夫。

「この子をどうしていじめるの? 可哀想だと思わないの?」

 女の子を庇うように割って入ってきた一希に、いじめていた子供たちは奇声を上げた。

「バケモノだ! バケモノが来たぞ! バケモノのくせに偉そうなこと言うんじゃねえよ!」 
  
 その時だった。

「バ……バケモノ……!」

 いじめられていた女の子が、怯えるように言うのを聞いて、一希はどきりとした。
 この子も僕のことをバケモノと呼ぶのかな。
 一希が振り返ると、女の子はいじめていた子供たちを睨んでいた。その瞳から大粒の涙が溢れ出す。

「あ、あんたたちこそ、バケモノよ……。一希くんは心の優しい人間だわ。あんたたちみたいな酷いことする方が、本当のバケモノよ!」

 女の子が絞り出すように叫んだ言葉にしんと辺りが静まり返った。

「……ば、ばからしい。い、行こうぜ」

 女の子をいじめていた子供たちはばつが悪そうに去っていった。

 その後、一希をバケモノと呼ぶ者はほとんどいなくなった。

 いじめられていた女の子の発した言葉で、村人は自分たちのしてきた行いの醜さに気付き、それを恥じたのである。

     

                             おしまい
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