異世界恋愛短編集

砂臥 環

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第四王子レックスと聖女アデライド

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王立学園の卒業パーティー。
めでたく卒業を迎えるこの国の貴族子女子息が着飾った姿で揃い、別れを惜しみ、また新たな交流に向けて歓談する場。
軽い儀礼的な開始の挨拶が終わり、場がその場に相応しく賑わってきた、その時だった。

「アデライド! 前へ出よ!!」

この国の第四王子レックスは、美しく聡明かつ嫋やかな侯爵令嬢を傍らに侍らせそう宣言した。

アデライドは聖女であり、レックスの婚約者である。みなしごだった彼女に家名はない。

どこの馬の骨ともわからぬ出自と、その令嬢らしからぬ振る舞いをレックスは気に食わないでいる、というのは有名な話で。
自らに相応しく優秀な侯爵令嬢を伴侶にすげ替える気と専らの噂であった。

「そういえばアデライド嬢は……?」

どこぞの物語のように『すわ、婚約破棄劇か』と思われたものの、どこにも名指しされた当人は見当たらず。

皆がキョロキョロとあたりを見渡し始めたその時。

「──あっ?! アレは!!」

ひとりの男子生徒が空を指差す。

「ヒイッ!?」
「わわわワイバーン!」

なんと大型の竜、ワイバーンが出現したのだ。
しかしワイバーンは攻撃不可能な遙か上空を旋回するのみで、特に襲ってくる気配もない。
代わりになにかが凄い速さで落ちてきて、その途中『ぼんっ』と小さな破裂音のような音を立て、速度を落とした。

「ほほほ♪ 皆様ごきげんよう」

ふわりふわりと落下したのは大きな日傘をさした令嬢──否。聖女アデライドである。

すとん、と軽やかに着地したアデライドは優雅に淑女の礼をとる。

「遅れて戦場から馳せ参じました、聖女アデライドにございます。 卒業生の皆様に寿ぎを」
「あああアデライド!」
「あら殿下、此度はご卒業おめでとうございます」
「そんなことはどうでもいいッ!!」
「まあ、まさか留年を……!?」
「ちゃんと卒業したわァッ!!」

ごほん、とひとつわざとらしく咳をすると、レックスは仕切り直した。

「ここにいる侯爵令嬢に生徒会の仕事を押し付け放蕩三昧と! 事実を確認したが、貴様は王宮で王子妃教育を受ける筈の時間にも不在ばかり……」
「あら、彼女は自ら生徒会の仕事を肩代わりすると仰ったのですわ」
「なんだと……!?」

侯爵令嬢を見ると、すっかり蒼白になり怯えている。
実のところ、これはアデライドが不在がちなのをいいことに、侯爵令嬢が仕組んだ茶番だ。
まさかワイバーンを従える程彼女が強いとは思わずに、婚約者としてすげ替わるべく、レックスに訴えたのだ。
しかも、卒業パーティー直前で。

『レックスに訴えた』とあるように、皆の予想に反し、そもそもは侯爵令嬢単独の茶番であり、レックスは騙されただけ。

だが誤解されても仕方ない。
なにしろレックスはアデライドに冷たくあたり、普段から『婚約者には私に相応しく優秀な者を望む!』と公言して憚らないのだ。
しかも直前の訴えで調べられなかったとは言え、公開での言い掛かりなのは事実。

「くっ……ならば王子妃教育は?!」

そんなレックスは侯爵令嬢の嘘について言及するより先に、悔しそうに顔を歪めながら尚もアデライドに詰め寄った。

「ほほほ、御覧の通り。 この以前とは違う優雅さでお判りでしょう? とっくの昔に終えておりましてよ♪」
「──クソッ!」

だがアッサリと論破されてしまい、レックスは悪態を吐きながらもガクリと膝をついた。

「確かに以前の貴様ならば、頭から直滑降且つ高速で降りてきて直前で前宙というアクロバティックさで、カッコイイ姿をこれでもかと見せ付けてきた筈だ……しかし今回は予想に反し日傘でフワフワストンからの完璧な淑女の礼……これはさしもの俺も優雅さを認めぬワケにはいかん!!」

そして、なんか宣い出した。

アデライドはそれを「うふふ♡」と笑いながら楽しそうに眺めている。

(一体、なにを見せられているんだろう……)

生徒の大半がそう思った。

「前のカッコイイ方がお好みでした?」
「ワイバーンを従える女がカッコよくないワケがないだろう!」
「まあ♡」

ワイバーンを従える女は確かにちょっとカッコイイような気もしないでもない。

それは兎も角、ワイバーン。
竜である。
怖いけどカッコイイのは言わずもがな。

『触ってみたいか』とか『乗ってみたいか』とか尋ねられれば、『安全であるならしてみたいな~』と思う人はそれなりにいた。

そんなわけで、卒業パーティーはなんだかんだ盛り上がり、大成功に終わった。




実はこのふたり、相思相愛。

しかしアデライドがあまりに規格外であったため、それなりに優秀だった筈のレックスがちょっと拗らせる感じになってしまった。

そこまでならテンプレ的には冤罪ふっかけ断罪からのざまぁが基本だが、幸いなことにレックスは浮気NGなタイプ。
そして悔し紛れの言葉に本音がチラチラしてしまう男。

そのうちにアデライドは普段ツンツンしている彼の本音が聞けることで、レックスを出し抜こうとするという、変な方向への性癖を開花させていた。

──というのがちかしい人間の見解。



だが、実際は少し違う。



王宮でも第四王子の卒業を祝う催しが開かれた。
レックスの為というより、彼の今までの養育や生活に関わった使用人達を労う為に開かれた、規模の小さなもの。
場所も王宮内とはいえ、片隅の小ホールだ。

政治要素のない内輪の慰労会だけに、皆それなりに盛り上がってきた頃。
レックスはアデライドを誘い、そこから抜け出した。

場所は、幼い頃からよく遊んだ塔の一番上。
ちゃっかり持ち出していた酒瓶とグラスで、ふたりは乾杯した。

「──ふう」
「お疲れ様でした、殿下」
「そこは『おめでとう』じゃないのか」

それに対してアデライドはうふふ、と笑う。

「卒業生が主役の卒業パーティーで『私の婚約者として卒業を祝う気ならば、派手に戦果を見せ付けにこい』と仰ったと思ったら、あんなサプライズ。 あれではまるで私が主役ですわ、全く殿下はお優しい・・・のですから」

──そう、レックスの妙な断罪劇は『王子妃教育云々』でもわかる通り、元々予定していたモノ。
内容やそんな茶番を仕組んでいることをアデライドには伝えていないが、彼女が戦闘に赴く予定だったのをレックスは知っていたわけで、不在がちな理由も当然知っている。
『戦果を披露しろ』と来させた癖に、わざわざすぐバレる冤罪をふっかけた意味などひとつしかない。

アデライドの為である。

「ですが、殿下がご自身の評判を下げてまで、なさることではありませんのよ?」
「はっ。 私は第四王子だぞ? 王家の評判など兄達が担えばいいこと。 『戦聖女』はもっと畏敬の念を以てたっとばれる存在だというのに、あのような馬鹿が多い方が余程困る。 周知は大事だ」

聖女は聖女でも『戦聖女』であるアデライドの実力と活躍を実際に目にすることは、戦場にいなければ難しい。
しかも既に戦場に出ていることすらあまり周知されておらず、なにかあれば『どこの馬の骨ともわからぬ出自』で『令嬢らしからぬ振る舞い』と蔑まれる。

普段からレックスが『婚約者には私に相応しく優秀な者を望む!』と公言して憚らないのは事実だが、アデライドが優秀なので全く問題はない。
『私に相応しい』というのは彼なりの配慮と照れ隠しと強がり……当然ながら、レックスが噂になっているようなことを言った事実はない。

「ただでさえ王家に連なるという余計な責務まで押し付けられているんだ、これくらいすべきだろう」

戦場で命がけで戦って、戦場を離れたら離れたで悪意に晒される──というのは、レックスには許しがたかった。

侯爵令嬢の話を断罪劇に盛り込んだのは、公で恥を晒させ、恐怖を与える為。
丁寧に諭したり説明する気など、皆無。

侯爵令嬢への『美しく聡明かつ嫋やか』という賞賛は勿論レックスからの評価ではない。
壇上にあげて晒しておけばそんなことを吐かし彼女を持ち上げた馬鹿や、次に似たようなことをやらかしそうな馬鹿への牽制にもなる。

黙らすだけの力があるから、と軽々に使っていいわけでなし。

実際、アデライドが自ら強権をふるうそれを使うことはないからこそ、侯爵令嬢のように勘違いする者が出るのだ。



彼が拗らせているのもまあ事実は事実だが、普段の冷たい態度にしても一応意味はあった。

武力を必要としない安全な学園生活の中。
血筋が幅をきかせるのも事実である。 
アデライドが他のことで努力し結果を出していても、ふたりの仲が睦まじければ『アデライドの実力』とみなさない者や、勝手な憶測でものを言う輩は出てくる。

それにアデライドには、彼女自身や婚約者であるレックスの権力や地位とは関係なく、気の置けない友人を作って欲しかった。



「大体にして、お前は庇護が必要ではない。 全て自分でやってしまうのだからな」

レックスも努力だけは負けじとしているが、アデライドは敵う相手ではない。
彼女の力が国を守る、とかそういう意味だけでなく、もっと直接的な意味でも守られる側は当然レックスだ。

「ならば必要なのはその周知だけ──フン、全く迷惑な婚約者だ」

剣は勿論、盾としても不足していても、跳ねる泥を被るくらいのことはできる。

「うふふ。 お陰様でのんびり学園生活を送れそうですわ。 ありがとうございます」

憎まれ口は叩くが、その実献身的なレックス。
彼を理解しているアデライドは、その行動に大した文句はつけず、ありがたく受け取ることにしている。

だが本当はレックスの評価が下がるのは、嬉しくない。

だから──

「しかしまさかワイバーンで登場とはな」
「うふふふふ♪ 殿下のハレの日ですもの、派手に決めなくては」

アデライドはこういう機会には『畏怖を与える存在』として頑張ろうと、張り切ることにしている。

『アデライドを制御できるのは、第四王子・レックス殿下のみ』──と言われるようになる為に。
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