異世界恋愛短編集

砂臥 環

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悪役令嬢は『真実の愛』を垣間見た。

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「ブレンダ・ハサウェイ! 私は真実の愛に目覚めた…… 貴様との婚約は破棄させて貰う!!」

それは卒業パーティーでの出来事。
この国の第一王子、バージル・マッキンレイ殿下が婚約者であるブレンダ・ハサウェイ公爵令嬢に婚約破棄を宣言したのだ!

バージルの後ろにはいかにも『私か弱い女の子です♡』といった感じに震える男爵令嬢。
そして前には、扇で口元を隠しながらも威風堂々とした、一際きらびやかな令嬢がいた。
──彼女こそ、ブレンダ。
王子に名指しされ、婚約破棄を宣言された女性である。

しかしその立ち姿は気高く美しく……そしてなにより力強かった。

まさに『女神ゴッデス』。

王子はいかにも女子ウケしそうなスラリとした身体にそれはキラキラしい顔面をお持ちなのではあるが、醸す威厳はブレンダとは天と地程の差があった。
残念ながら『役者が違う』の一言に尽きる。

集まっていた生徒達のうちのひとりが小声で「ある意味勇者……」と、またあるひとりが「獅子の前の蟻……」と呟くと、聞こえた者はコクコクと黙って頷いた。

ぱしん。

扇の閉じられるだけの音が、まるで大きな音であるかのように鳴り響く。
全てを焼き尽くすかの如きゴッデスの落雷を誰もが予想したが──

予想に反して、ブレンダはニッコリと微笑んだ。

「婚約破棄。 結構でしてよ? 殿下」
「えっ」
「『真実の愛』……素晴らしいではありませんか、私も応援致します」

★★★

「ハサウェイ様、もう殿下を解放して差し上げてください……!」

私はブレンダ・ハサウェイ。
ハサウェイ公爵家の娘であり、この国の第一王子バージル・マッキンレイ殿下の婚約者ですの。

最近バージル殿下ときたら、目の前の男爵令嬢を寵愛しているともっぱらの噂。
そんな男爵令嬢、ミア・ウエストウッド嬢が土下座せんばかりの勢いで、私に詰め寄りました。

聞いてみれば、以前から私と話したかったが待てど暮らせどひとりにならないから仕方なく、取り巻きだけになったところに乗り込んで来たそうです。

アウェーにひとり、飛び込む勇気に私は感銘を受け、取り巻きは解散させました。

……まあ、護衛は近くにいるのですが、それは仕方ありません。



彼女が求めてきたのは『婚約の解消』でした。

そこまでは、隣国のちまたで流行りの恋愛小説をたまたま読んだ私の知っているストーリーに近かったのですが、どうやら大きく異なるようです。

「……解放、と申しますと?」
「殿下はいずれこの国を背負うという重責に、耐えられるお方ではありません」
「あらまあ……」

私の知っているストーリーでは、男爵令嬢はいずれ王妃の座に就こうとする、野心家……いえ、夢想家だったのですけれども。

幸い彼女は現実が見えているご様子。
円満な解決方法にて婚約を解消し、できれば立太子の資格を無くして欲しい、とのこと。

「私は王家との繋がりなど、どうでもいいのです。 男爵家ウチは爵位は低いですが経済状況は悪くありません。 むしろ折角頂いたメイン菓子店の『王家御用達』の看板としては、繋がりがない方が説得力があるくらいで」

彼女が殿下と仲良くなったのが全くの偶然であることは、私も存じております。
政略結婚だからこそ、憂いにはあらかじめ備えが必要なのは当然です。

周りは色々言いますが、私はおふたりが慎ましくお付き合いしているので放置しているだけのこと。
それをわざわざ言わないのは、殿下が叱責を受ける立場にあるからというだけ……ですがそれもスパイスになって楽しいのでは?……と思っておりました。


殿下の初々しく爽やかな思い出を汚す必要はありませんが、こうなったからには話が別です。彼女は思い出にする気など、さらさらないようなのですから。


「貴女には覚悟がお有りのようですが……誓えまして? 殿下の為ならどんな苦難にも堪える、と」
「はい! もし殿下が平民になって、額に汗して働くことに慣れずにヒモのようになっても、私がお支えします!!」

あまりの言葉に私は扇を開きました。
彼女は本当に現実を見てらっしゃるのですもの。(笑)
あの甘ったれな殿下が平民になり、額に汗して働くなんて、できっこありません。

もし殿下が小説のように『真実の愛』などと宣ったところで欠片も信じる気は起きませんが、彼女の言うことにはなかなか説得力があります。

「ふふ、予想以上にいいお返事でしたわ。 ならば、逆は如何?」
「逆……ですか?」
「貴女が国母に相応しい女性になるのです」
「えっ!? いやそれは……無理無理無理無理!! ブレンダ様のようにはとても!!」
「それが殿下の望みでも?」
「うっ……やれと言われれば努力はします……ですが年数はかかりそうなんで……もしも殿下が国王陛下になりたいと仰るなら、今までの非礼と私の話を忘れて頂くしか……」

彼女は努力する気があるようです。しかしあくまでも、現実は忘れていないところに好感が持てます。
私はミア様の手をそっと握りました。

「……ミア、とお呼びしても? 貴女の気持ちはよくわかりました。 今度は私の話を聞いていただけないかしら」
「ハサウェイ様……」

『ハサウェイ様』。
そう口にした彼女に、私は秘密裏にある呼び名で呼ぶことを許しました。

驚いた彼女ですが、私の夢を聞いて、納得なさったようです。


★★★


「『真実の愛』……素晴らしいではありませんか、私も応援致します。

そう、義理の母として!!」

「「「「「エ───!?!?!?」」」」」

ブレンダの堂々たる発言に、その場の殆どが驚きの声をあげた。

「お義母様ッ! 私頑張ります!」
「ふふ、貴女ならできるわ」

ブレンダに駆け寄る男爵令嬢ミア。

「「「「「エ───!?!?!?」」」」」

卒業パーティーはまさに大混乱。
そこに現れる、国王陛下。

「父上! これはどういう?!」


★★★


──ブレンダがミアと会った後の事。

ブレンダは国王陛下に謁見を求めた。
陛下も当然ながら愚息の行いを知っていたのですんなり通したが、彼女が苦情を言いに来るとは意外に思っていた。

将来の娘であり、ただでさえ難しい立場の、年頃の女性。しかも息子は残念。
謁見とは言ってもなるべく負担を軽減させてやろうと、陽当たりの良い客室でアフタヌーンティーを楽しみつつ話を聞くことにする。

陛下は嫋やかで見目の良い、亡きつま似の息子バージルとは違い、筋骨隆々で猛々しい自分が与える威圧感をよく理解していた。

「気軽に会話を楽しもう、ブレンダ」
「ありがとうございます、陛下」

まだ17だというのに敬意を示しながらも自分に気さくに話すブレンダ。話も多岐に渡り、考えもしっかりしている。陛下は『やはりこの娘が国母となるに相応しい』と確信する。

ひととおり会話を楽しんだ後、いよいよ本題になった。

「──私は王妃に相応しくないかもしれません」

今までの控えめながらも快活な声を落とし、儚げに言うブレンダに陛下は力強く否定した。

「そんなことはない!」
「……そう思われますか?」
「ああ」
「ですが、私には女としての魅力がないのかも」
「何故そんな風に……! そなたは充分魅力的だ」
「そう思われますか?」
「ああ!」
「陛下のお言葉を疑うわけではございません。 ただ、私には信じられませんの。 ……願わくば今一度、お聞かせ願えますでしょうか」
「そなたは美しくさかしい。 ブレンダ、そなた程王妃に相応しい女性はおらぬ!」
「それは……誠でございますか?」
「ああ、嘘は申さぬ!」


──お わ か り い た だ け た だ ろ う か ……(※ホラー調で)


国王陛下は釣られてしまったのだ!!
それは見事な一本釣り!

この直後「今のままでは殿下を是正出来ないが、陛下の言葉が嘘でなければひとつ方法がある」とブレンダは勝負に出た。

してやられたかたちの国王陛下だが……まあ、大人の事情から割愛するが、色々あって今に至る。


★★★


そう、私の『夢』──それは王妃になることですの。

別にバージル殿下でなくても構いません。
むしろ陛下の方が好条件と言えます。

陛下の支えとなる王妃様は、とうの昔に御逝去されましたから、殿下が結婚が決まり次第立太子、陛下は早々に玉座を譲るつもりのご様子でした。
ですが、王妃がいるとなると違います。

陛下は健康そのもの。むしろ人より逞しくあらせられます。
あと30年は現役で問題ありません。

ミアは逞しく裏のない、素直な娘です。
彼女は淑女としてはまだまだですが、30年は充分過ぎる期間でしょう。私もおりますしね。

そもそも私、ヒョロくて頼りのない男より、逞しく頼れる男性が好みですの。
陛下の方が殿下より、断然愛せますわ!

ミアのように気骨ある女性が現れてくれたことで、皆ハッピーな妙案が浮かんだのですから『真実の愛』は馬鹿にできませんわね……

それにしても、ミアは手筈通り見事に動いてくれました。
殿下を躾けるのは、私より向いているのかもしれません。

血筋が良いだけの駄犬と思っていた殿下も、義母という立場でなら可愛く思えます。
ミアはこれから私の元で王妃教育に励むので、躾は手伝ってあげねばなりませんね♡

「 陛下とお呼びなさい、バージル殿下」
「ブレンダ! 貴様ッ?!」

私に掴みかかろうとした駄犬殿下の前に、可愛い義理の娘(※予定)の、ミアが立ちはだかります。

「駄目です殿下! お義母様に貴様だなんて!」
「ミア……?! ミアまで何を言い出すんだ!?」
「余がここにいても、まだわからぬか……ふう、とんだ愚か者に育ってしまったものだ」
「父……いや陛下!!?」

陛下は壇上の中央にお立ちになり、皆様に卒業の祝辞を述べたあと、『一人の親として』息子の愚行でパーティーを台無しにしたことを謝罪されました。

建前はあれど国王陛下です。
謝罪なんて、二度と見れません。

ここに集まった皆様は幸運です。
伝説が生まれた瞬間に立ち合えたのですから。

勿論伝説の一部は、私が新たな王妃となる、非公式の発表ですわ♡

公式発表より先立って聞けることは、なによりの卒業のプレゼントと言えるでしょう。


まさしく皆幸せ、ハッピーエンド。

ですが、私達の物語はまだ始まったばかりなのです!(ドヤァ)


ですから項垂れた殿下に、私は義母としてまず声を掛けて差し上げるべきですわね。

「殿下……これからは仲良くしてくださいませね? ミアだけでなく、私も相談にのりましょう。 ……義母として♡」
「!!!!」

あらあら、殿下は倒れてしまわれました。
そんな殿下をミアが逞しく運ぶ姿……なかなか力持ちですのね?存じませんでした。

「あれが『真実の愛』の力なのかしら……」 

そう呟く私に陛下が寄り添います。

「ふむ、なかなか骨のある娘だ……」

陛下もミアを気に入ったご様子。
そうそう、ミアが現れてから『男爵令嬢のシンデレラストーリーの後押し』も、私の夢の一部に加えてありますのよ。


これも伝説になりそうですわね。
一先ず、めでたしめでたし……といったところでしょうか♡


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