19 / 19
オマケのキャロル視点『事の顛末』
しおりを挟む夜会の一件より3ヶ月後……婚約が正式に決まった私とエミールは、ローガスタ家のタウンハウスに住むこととなった。
タウンハウスの隣にはエミールの次兄夫妻、連なって建っている少し大きなタウンハウスには義父母と長兄夫妻が住んでいる。
エミールは色々あって、まだ王太子付き兼ハロルドの稽古指南役として王宮で働いており、ここから王宮へはほど近く、便利がいい。
一方の私も、王宮で働くこととなった。
「またこうしてちょくちょく会えるようになって嬉しいわ、キャロル」
「ええまったく……ノアのおかげよ」
私は今王宮内、ノアの部屋で彼女とお茶をしている。
実際に、私が今ここにこうしているのはノアのおかげ……というかノアのせいである。
彼女の『ド天然系天女風・鬼』っぷりが清らかな為であることは前にも述べたとおりだが、そんな彼女に不安を覚えた王家の皆様方が『特別王宮秘書官』なる職を私に授けてくださった……要は押し付けられたのだ。
ハッキリ言ってクソ面倒だが、戦争が起こっても困るので引き受けた。
というか私に選択の余地はない。
面倒だ、と思っていたが、いざなってみると特にやることもない。外交の際にノアの考え方を汲んだ上で私が言い換えれば済むだけのことなので……せいぜい自分の語学力だけ高めておけば済むのだ。
ノアも王子妃としての心得やマナーはしっかりと勉強しているので、国内でも形式的なものであればさして問題はない。
問題は形式張らない様なくだけた会合とかなので、茶を楽しみながら会話をしつつ、是正をはかっている。ただ、なにぶん天然なので結構難しい。
最悪やらかしても、既にノアの『ド天然系天女風・鬼』っぷりは有名なので、訂正を入れれば済む。……私のお役目はそんなもんだった。
おかげでエミールに『私にも収入があるから……(この続きは敢えて濁す)』と何かにつけて言える為、今では大変に感謝している。
『白い同棲』最後の夜…彼のプロポーズをお断りした私をよそに、エミールはその夜のうちに荷物をまとめて出て行った。
王太子には自分が経緯を伝えておくから、と言い残して。
彼を見送った私は脱力して、リビングのソファにだらしなく寝そべるように座りながら、拾い上げたコインを弄んだ。
『コイントスに任せてもいいくらいには……私のことを好きだって思ってくれてるんだろ?』
彼の言葉に私は不愉快極まりなかった。
……図星をさされたからだ。
色々と考え、自分の迂闊さとエミールの言動に腹が立って仕方ない。
「だいたいにして何? あの無駄な潔さ……もうちょっと言い訳ぐらいしてもさぁ……!」
思わず口に出していた私に、いつの間にか入っていたノワールが口を挟んできた。今日はサバトラにゃんこだ。
「まったく人間って面倒臭いよねぇ」
「……今日こそ『にゃ』を付けなさいよ。 つーかモフモフさせなさいよ、出歯亀毛玉」
私はソファの背もたれに腕をかけ、斜めに身体を投げ出すように足を組んだ。上半身の下の空いたスペースをボフボフと叩き、彼を誘う。
「今こそその毛玉を活かすときよ。 存分にモフられ、私を癒しなさい」
「毛玉とは失礼な……仕方ない、モフられてやるか」
私は傍らに来たクソ生意気なグレーの毛玉をモフる。
ああクソ、可愛いな。
毛玉可愛い。
「しっかし馬鹿だよなー、あの兄ちゃん。 コインは……」
「……馬鹿でもないわよ」
そう、コインは表だった。
しかし彼は馬鹿ではない。
私はノワールをモフる手を止めて、彼の顔の前あたりに放置したままのコインをピン、と指で弾いた。
『表が出たら結婚だ、いいね?』
彼はそう言い、裏が出たら……の続きを私の言葉に被せて『今回の件はすべて白紙』と言った。
エミールの『コイントスに…』という言葉通り、私はコイントスに任せたことで、好意を彼に示してしまっていたのだった。彼がどの程度に受け取ったのかまではわからないが。
結果がすぐ出ることにこだわらなかったのも、そういうことだ。
……表でも裏でも彼が勝ちのゲーム内容に意図的にされていたのだ。
くっそ……してやられた!完全に!!
しかも……あんな……あんな!!
私はその後の彼とのキスを思い出し、怒りと羞恥と今まで味わったことのない胸の締めつけと、その甘さに、ソファに身体を勢いよく倒し、クッションに顔を埋め、足をバタバタさせる。
ひらりと私を躱したノワールはとってつけた様に『にゃ』をつけて、呆れたようにこう言った。
「……やっぱり人間って面倒臭いにゃ」
向かいのソファへ移動したノワールは例の如く美ショタ姿になって、置いてあった焼き菓子をおもむろに食べ始めた。
毛玉でいなさいよ、という私に彼はだってこの方が食べやすいもん、と答える。
「ちょっと……もう少し私を癒してあげようとか思わないわけ?」
「やだよぉ……モフられてる最中にうっかり叩かれかねないじゃん」
それに……と続けてノワールは意地悪く笑った。
「癒す必要ないでしょ」
そう言ってノワールは菓子を食べ終えると猫の姿に戻り、夜の闇に消えていった。
可愛くない毛玉め……。
実のところ毛玉氏の言う通り、私は傷ついてなどいないのだった。
『絶対に君を諦めない』だの『長期戦の覚悟』だのとエミールはのたまっていた。
……どうせ彼はまた来る。
プロポーズを断って手を抓ったくらいじゃ生温い。次はどうしてくれよう。
そんな事を考えながらも……ふとした瞬間にキスのことを思い出してしまい、私がみっともなくジタバタしたのは秘密だ。
そして彼は来た。翌々日、私の家に。
ってオイ、早すぎだろ。
一昨日の晩さっさと帰ったエミールは諸々準備を整え、実家に乗り込んでいたのだった。
私の部屋が花まみれにされている、ということはおそらく家の者は既に懐柔されている……恐ろしい奴だ。
でも悔しいことに嫌ではなかった。
馬鹿だな、とは思ったけれど。
馬鹿だけど私の言わんとしていることはよくわかるのだ、このストーカー野郎は。
「貴方の経済観念が心配よ」
彼との未来を暗喩したその言葉に、嬉しそうな顔をした。
確かに私もこの間と違って笑ってしまったが、告白ならば結構残念な言葉だと思うぞ。
私は流れに乗っかって彼を受け入れてしまうことにした。
報復は今後でもかまわないだろう。
なんせ彼曰く、チューリップの花言葉は『不滅の愛』らしいし。
なんて粘着質な男だろう。
その分私も、一生をかけてチクチク報復してやろうと思う。
覚悟しろ。
そこからは用意のいいエミールに任せ、トントン拍子に事は進んで、今に至る。
ノアに誘われた私は、エミールがハロルドに稽古をつけているところをコッソリ見ることにした。
エミールは私の見たことのない、騎士の顔をしていた。
『白い同棲』が終わったこの二か月ちょっとで、私以外へのエミールの顔を少しずつ私は知っていった。
彼があんななのは、私に対してだけだ。
『大馬鹿のストーカー』と評したにも関わらず、それを嫌だと感じるどころか嬉しくすらある私も、大概アレなのかもしれない。
そう思うと若干悔しい私は、ハロルドに気づかれないようにエミールに満面の笑みを向けて手を振った。
……エミールは予想通り、ハロルドに思い切り不意打ちを食らっていた。
13
お気に入りに追加
55
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】呪われた悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される
伽羅
恋愛
交通事故に遭って死んだはずなのに、気が付けば猫になっていた。
前世の記憶と共に、昨夜の夜会でセドリック王太子に婚約解消を告げられた事を思い出す。
そしてセドリック王太子の傍らには妹のキャロリンの姿が…。
猫になった私は家を追い出され、彷徨っている所を偶然通りかかった人物に拾われて…。
各話のタイトルで少し遊んじゃってます。
笑って流していただけると幸せます。
幼なじみは皇太子ですが束縛が激しいです〜甘い快楽に堕とされました〜
翔王(とわ)
恋愛
幼なじみの皇太子ライルからは溺愛されて毎日愛を囁かれてます。
今日もライル様に言い寄る人がいるのね……また逃げ出します……。
学園時代の章からはR18な話が多いと思いますので苦手な方や不快な方は読まないようにお願いしますm(_ _)m
都合主義の創作作品です。
ど素人が書く作品ですが読んで頂きありがとうございます!(´▽`)
お気に入り登録やしおりをして頂きありがとうございます( *´꒳`*)
感想欄は閉じさせて頂きますのでご了承ください。
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
全裸で異世界に呼び出しておいて、国外追放って、そりゃあんまりじゃないの!?
猿喰 森繁
恋愛
私の名前は、琴葉 桜(ことのは さくら)30歳。会社員。
風呂に入ろうと、全裸になったら異世界から聖女として召喚(という名の無理やり誘拐された被害者)された自分で言うのもなんだけど、可哀そうな女である。
日本に帰すことは出来ないと言われ、渋々大人しく、言うことを聞いていたら、ある日、国外追放を宣告された可哀そうな女である。
「―――サクラ・コトノハ。今日をもって、お前を国外追放とする」
その言葉には一切の迷いもなく、情けも見えなかった。
自分たちが正義なんだと、これが正しいことなのだと疑わないその顔を見て、私はムクムクと怒りがわいてきた。
ずっと抑えてきたのに。我慢してきたのに。こんな理不尽なことはない。
日本から無理やり聖女だなんだと、無理やり呼んだくせに、今度は国外追放?
ふざけるのもいい加減にしろ。
温厚で優柔不断と言われ、ノーと言えない日本人だから何をしてもいいと思っているのか。日本人をなめるな。
「私だって好き好んでこんなところに来たわけじゃないんですよ!分かりますか?無理やり私をこの世界に呼んだのは、あなたたちのほうです。それなのにおかしくないですか?どうして、その女の子の言うことだけを信じて、守って、私は無視ですか?私の言葉もまともに聞くおつもりがないのも知ってますが、あなたがたのような人間が国の未来を背負っていくなんて寒気がしますね!そんな国を守る義務もないですし、私を国外追放するなら、どうぞ勝手になさるといいです。
ええ。
被害者はこっちだっつーの!
私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました
山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。
※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。
コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。
ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。
トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。
クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。
シモン・ノアイユ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。
ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。
シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。
〈あらすじ〉
コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。
ジレジレ、すれ違いラブストーリー
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
ごめんなさい。わたくし、お義父様のほうが……
黄札
恋愛
実家が借金まみれのことを暴かれ、婚約破棄される地味眼鏡ルイーザ。しかし、ルイーザが関心を持っているのは婚約者ではなく、その父。
だって、わたくしオジ専なんです。禁断の愛?? いいえ、これは真っ当な純愛です。
大好きなチェスが運命を変えてしまう物語。
……からの、チェスドラマです。
舞台はその十年後。
元婚約者の私生児、ローランを引き取ることになったルイーザは困惑していた。問題児ローランは息子との折り合いも悪く、トラブル続き……
心を閉ざす彼が興味を保ったのはチェス!
金髪碧眼の美ショタ、ローランの継母となったルイーザの奮闘が始まる。
※この小説は「小説家になろう」「エブリスタ」でも公開しています。
【完結】断罪されなかった悪役令嬢ですが、その後が大変です
紅月
恋愛
お祖母様が最強だったから我が家の感覚、ちょっとおかしいですが、私はごく普通の悪役令嬢です。
でも、婚約破棄を叫ぼうとしている元婚約者や攻略対象者がおかしい?と思っていたら……。
一体どうしたんでしょう?
18禁乙女ゲームのモブに転生したらの世界観で始めてみます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる