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ミイラ取り
しおりを挟むその夜、珍しく酔わずに寝室に入った真夜は、家の明かりが全て消えてるのを待ってから、音を立てずにコハクの寝室へ忍び込んだ。
コハクのベッドに、そっと静かに腰掛けて、頬に手をそわせる。
「魔素は魔法使いと人の心が近いほど影響される…」
親指をコハクの唇に当てて、目を閉じ、ある日の風景を思い浮かべる。
そして、少し深呼吸をしたあと、唇に触れた親指を目印に、目を閉じたままそっと顔を寄せた。
親指まで多分あと1センチ。
息を詰めてさらに距離を縮めようとする真夜の顔は、大きくなった手に遮られた。
「大胆ですね。師匠。」
起き上がったコハクに、真夜は何か言おうとするが大きな手に口が塞がれたままだったので、モゴモゴという声しか出ない。真夜は、息が苦しくなったので、コハクの左手を両手で離してそのままベッドに押さえつけた。
コハクは真夜の口を押さえている方とは反対の右手で立てた膝に肘をつき、こちらを呆れたように見ていた。
「確実にやるなら、眠らせる魔法でもかければよかったのに」
「私が渡すものは、飲み物も食べ物も断ってたじゃない」
真夜は少し涙目でコハクを睨んだ。
「あんな形でお願いしたから、過保護な師匠は、もしかしたら何かしてくるだろうなと思ってましたから」
コハクは珍しく人の悪い笑みを浮かべた。
この綺麗な弟子はどこまでもお見通しらしい。
「薬のことしか教えてないのに。」
『約束』の話と言い、教えたくなかったことまで自主勉強までしているようだ。
「勉強熱心なので、つい。」
コハクが笑みを抑えて、冷ややかな目で真夜に問う。
「で、何をかけようとしてたんですか?」
「コハクが嫌になったら約束が解ける魔法」
魔女はとっさに嘘をついた。
「なんですか、それ…。万が一、本当に夜這いのつもりだったら、続きをしましょうって言おうと思ってたのに…」
コハクは軽く舌打ちをして吐き捨てたあと、残念そうに茶化した。
舌打ちと、いつもより低い声の言葉に、一瞬怯みかけた真夜だが、後半の言葉に頭を切り替えて頬を膨らます。
「うっさいわね、色気付いてんじゃないわよ」
目論見も外れてしまったが、また、隙をみれば良いのだ。
百年はなくても、もう少しくらいなら時間はある。
真夜は、今日はおとなしく帰ろうと、諦めた。
「モミジみたいな手だったのに、ずいぶん大きくなったわね」と押さえつけていたコハクの手を解放し、腰をベッドから上げようとする。
だが、彼女が立ち上がるより早く、自由になったコハクの左手は真夜の後頭部に周り、彼女を引き寄せた。
「え」
「まあでも」と話す声と一緒に、コハクの顔がさらに近づいた。
そっと、押し付けられた額は少し震えていた気がした。そして、顔にかかる髪を除けた、右手の指はとても冷たかった。
「そんな魔法かけられたって、絶対魔法使いになります。」
真夜が答える間もなく、コハクの右手は頬に添えられ、そっと唇が押しつけられた。
痛いくらいに鳴り響く鈴の音に呼応するかのように、鼓動が早鐘を打った。
しばらく唇を押し付けた後、コハクは顔を少し離して、息を整えた。
「真夜さん?」
何も言わない真夜の顔を見て、コハクは少し目見開いた。そのまま、もう一度顔を近づけようとすると、真夜は後少しのところで、大きく顔を後ろに引き、コハクに渾身の頭突きをお見舞いした。
「いっ…!」
そのまま、顔に置かれた手を剥がして、真夜はベットから飛び降り、寝室を飛び出した。
「コハクのばか…散歩してくるから探さないで」
後ろで真夜を呼ぶ声がしたが、無視をして階段を駆け降りる。
どうしよう、
耳元で囁かれた声も、鈴の音も、かつてと違う響きをしていることにようやく気づいた。
私はまだ、自分の気持ちに名前を付けられていないのに。
どうしよう、
とにかく、元に戻さないと。
魔女はそれだけを考えて、扉を開けて家を飛び出した。
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