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旅立ち

宰相の推薦状

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男は走らせていた羽ペンをピタリと止めて聞き返した。
「魔女を逃した?」

薄暗い執務室の中で、その男は白いベールで瞳以外の顔を隠しており、ベールと同じくらい白いまつ毛と灰色の瞳しか見えていなかった。
彼は伏せていた白いまつ毛持ち上げ、報告に来ていた文官に向けて、目で続きを促した。

「はい、南の辺境にあるイレーンにて、処刑の議をおこなっている最中に、激しい雷雨によりあちこちで火災が発生し、街がパニックに陥ってしまい、その隙に…一緒に処刑される予定だった子供もと…」

宰相である男は、サインしようとしていた手元の羊皮紙に目を落としながら、文官の報告に耳を傾ける。
羊皮紙に書かれているものは、街の再建と子供を追うための人手と資金の嘆願書だ。
「なるほど、では、こちらの羊皮紙の嘆願書はすこし書き直してあげる必要があるようだ。」
「は?」


「本来、元領主殿が拘っている逃げた子供などどうでも良い、どうせ田舎の成金が我が儘を申して、気に入らない者を処分しようとしただけだろう。」
ベールの男は、ペンを取りながら、淡々と話を続けた。
「だがね、どんな異端も逃すというのはいけない。国の威信に関わることなのだ。」

男は少し間を置いて、目だけで文官の方を見た。
「それに、もう一つ、いただけないことがある。」
文官は要領を得ない様子ながら、聴く体制を保っている。

「貴殿は先日の地震を覚えているか。」
「もちろん、この都市だけではございましたが、それはもうひどい揺れで、市井の者共などは、我らが神のお力が揺らいだと、脅威が迫っている証だと騒いでおりました。」
大きな地震だった、イレーンほどでは無いが、火事も何件か発生して、対応に追われていたことを文官は思い出す。

「先程の貴殿の報告の日時が合っているとすれば、雷雨が来たのは、その地震と同じ刻に起こっている」
「なんと、ではまさか…」
凍りついた顔の文官を、冷ややかな目で男は見た。

この男は、自分で報告しておきながら、説明しなければこの関連性に気づかないのか…
文官の察しの悪さに辟易しながら、それをベールで隠して悟られぬよう話を続ける。
「ああ、良く分かったな。逃げたうちのどれか一人は災厄の魔女で間違いない。」
「我らが救国の神を仇なす存在…本当に現れるとは。」
「これは、国にとっても憂慮すべき事態だ、子供と魔女を追うための人手は中央からも出すことにしよう。」
羊皮紙に少し追記して、男は止めていたサインを書き切った。
そして、再び羽ペンを机に置き、「しかし出すにあたって、非常に心配な懸念点が一つある」と文官に語りかけた。

「このような脅威を殺し損ね、取り逃してしまうとは、辺境の領主どのは異端審問をあまり重要に考えておられぬようだ。」
全く嘆かわしい…と、ため息をつきながら、男は、引き出しから新たな羊皮紙をとりだして、再びインクに浸した羽ペンを走らせる。
「そのような方に我が国の大事な兵力をお預けするのは大変不安だとは思わないか。」
そして自分のサインをした後、その羊皮紙を文官に渡す。

「時にジェレミー、貴殿は、イレーン出身だったかな」
「ええ、今も両親はあちらに住んでおります」
「ちょうどいい、貴殿が領主になれば、両親もお喜びになるだろう。」
「は…」
文官は、目の前の男の言葉を飲み込みながら、羊皮紙に目を通す。そこには、辺境の領主は領地取り上げのうえ、爵位の剥奪と言う厳しい処分と、後任として文官、ジェレミーを推薦すると言う一文が、この国で王に次ぐ影響力を持つ、宰相の名前で書かれていた。

「周辺の領主殿にも、あまり異端審問を私有化して軽々しく扱わないよう、良い教訓にしていただこう。」
羽ペンのペン先を拭きながら男は、強い目でジェレミーを見た。
「逃げたうちのどれか一人は災厄の魔女で間違いない。我が国を守るためにも必ず見つけ出して始末しろ」

「はっ。して、再建の方は…」
「魔女を始末しないことには、中央も、かの都市にも平穏は訪れない。再建はひとまずは都市の住民たちの力を信じて、貴殿は魔女の捜索に全力を注げ。」

「私もそのための協力は惜しまないように致そう」
ベールの奥の、男の表情を窺い知ることはできない。しかし、ジェレミーはなぜか、男が笑っているように見えた。

その笑みを見た時、ジェレミーは、なぜか心臓を凍った手で握り締められたような、強い不快感が体を駆け巡った。


文官が執務室を出た後、一人になった男はつぶやいた。
「早く、奴を見つけなければ。完全に目が覚めるその前に。」
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