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待ち人達の昔話
傷だらけのドラゴン
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声が聞こえる方へ、セルの感覚を頼りにどんどん森の奥へ進んでいく。
森は少しずつ深く暗くなり、流水のような音が声の合間に聞こえるようになってきた。
しかし、その声は近づいているはずなのに、さっきまでは咆哮や地響きに近かったものが、段々と小さくなっていて、遠ざかっている気さえした。きっとその何かは弱ってきているのかもしれない。
「早く、会いにいかなきゃ」
シンは焦る思いを押し殺して、慎重に歩を進める。
しばらくすると、先頭を歩いていたセルが足を止めた。振り返って唇だけを動かす。
シン、いたよ。
口の動きだけでそう伝えて、セルが指したのは、木々の並びが一旦途切れ、川に繋がっていた場所だった。五人はそっと川の手前の木陰に移動し、死角から、川の方を伺おうと覗き込み、そして、固まった。
川のそばでじっと蹲っている声の主は、蹲ってなお、シン達の何倍もの大きさをもつ、巨大な赤い竜だった。そして、シンとセルが、咆哮を聞いて感じていた予感の通り、強大な竜の胸には大きな傷があり、赤黒い血がどくどくと流れ出している。
「あれって…ドラゴン?」
子供達やシンが持っている能力と同じように、ドラゴンも、伝説や御伽噺の登場人物だと思われていた。そんな、信じられない存在を目の当たりにして、レナードは放心した状態で小さくつぶやいた。
しかし、レナードの小さい声でも赤い竜には聞こえていたらしい。
「誰だ。そこにいるのは」
竜は蹲った体勢のまま顔だけあげてこちらを向いた。そして、先ほどまでの弱々しい咆哮とは比べ物にならない深い響きで言い放った。
「だめだ見つかった…」
目が合いそうになった瞬間、レナードとサンがすぐに逃げようとする。シンも同じように走り出そうとした。
しかし、声が聞こえた途端、シンは、いつか見た夢が、ふと頭をよぎってしまった。
『ねえ、トカゲさんどうしたの?』
『お母さんとはぐれたんだ』
『私たちと一緒だね』
「あっ…」
そうだ、あの、小さな赤いトカゲだ。君はあの夢にいんだた。
なぜか分からないけど、どうしてもそう思ってしまったシンは、思わずふらふらと木陰から出て、ドラゴンへと近づいた。
予想通り、赤いドラゴンは近づいてきた人間に牙を剥き出して威嚇する。
「離れろ。私の森に許可なく入ったからには、お前たちは覚悟ができてるんだろうな」
「ごめんなさい。でも、子供達は見逃してくれないかな」
シンは首を横にふりつつ、逃げるよう子供達に後ろ手で合図した。
「見逃して欲しければ、お前も木陰の子供も今すぐ森を出ろ」
ドラゴンの言葉に、シンは再び首を振る。
「それはだめ。僕はあなたの怪我を放って置けそうにない、手当てをさせてくれないかな。」
なぜだか分からないが、シンは夢で見たあのトカゲはこのドラゴンだと思ってしまったのだ。そう思ってしまったら、もう放って置くことはできない。せめて止血だけでもしてあげたい。
「そんなもの要らぬ。無駄だ」
拒否をするドラゴンだが、ここから立ち去る余力は残っていないようだ。威嚇だけをシンに繰り返す。
「でもこのままじゃ、あなたは死んじゃうよ」
「もういい加減待つのは疲れたのだ。余計な世話をするな!」
先ほどよりも勢いの強くなった怒号と合わせて口から炎が噴き出す。
「これ以上どうにもならないのに、一人残されても生きる意味などない。殺されたくなければ放っておけ!」
怒号と共に吐き出された炎が、ちりちりと音を立てて、シンの頬を撫でる。
その度に、夢の光景が細切れで、シンの頭に浮かんだ。
『やめて、熱いよトカゲさん』
夢の中で、隣の男の子が、抱き上げたトカゲの炎に当たって少し火傷していた。
『ただのトカゲって呼ぶな!僕は強いんだぞ!』
『じゃあなんて呼べばいいんだよ』
なおも威嚇するトカゲを宥めるため、記憶の中のシンは代わりの言葉を急いで考える。
『じゃあ、この名前は?』
トカゲの頭を撫でながら思い出の中のシンが提案すると、トカゲは嬉しそうな声を、小さい炎と一緒に上げた。
『いいね!それがいい!』
ああ、私は目の前のドラゴン、この子を知っている。
「サラ…」
シンは思い出の中でトカゲに名付けていた名前を口に出した。
すると、ドラゴンの動きが止まった。
「お前、なぜその名を。まさか…」
目を丸くしたドラゴンの問いかけを無視して、シンは彼の鱗にそっと触れた。
「お願い、治って…」
燃えた私の足を直した時のように。想いだけをこめて、腕に力を入れる。
シンが願った途端、痛みが強くなったのか、より大きな咆哮が轟く。
なのに、頭には、咆哮ではない声が響き渡る。
『サラマンダーってね、昔本で読んだ火を吹く妖精のことなの』
『なにそれ!僕のことだ!』
『確かトカゲの妖精だったっけ?』男の子が水を差すように横から口を挟む。
『えぇー!』
『いいじゃない、サラって素敵な響きよ』
咆哮と共に出てくる、炎がシンの体を包む、痛みは感じないが、出てくる涙がすぐに蒸発して、頬がピリピリする。
そして、あの夢の場面もいくつか蘇る。
そうだ、このトカゲは、
いや、サラは、私たちと一緒に生きていた。
シンの肩に乗ったり、2人の頭の上に乗ったり、大きい姿で色んなところを飛び回ったり。
ああ、いつも私たちのそばにいたんだ。
なのに、
また頭の中の場面が切り替わる。
『サラ、ごめんね』思い出の中の私が言う。
馬に乗っているからか、いつもより目線も高い。
『行かないで、行くなら僕もいく』
『駄目。ここにいて?私たち、またここに戻ってくるから』自分で話しているのに、頭の中のシンの視点は、涙で目の前が見えない。
『ちょっと家を空けるからさ、それまでこの僕たちの城を守っといてよ』
二人乗りで馬に乗っている後ろから、少し低くなった男の子の声が聞こえてきた。男の子の「お土産はなにがいい?」と問いかける声が小さく遠く聞こえる。
そして、また場面が切り替わった。今度は、シンの記憶ではなかった。
一人で森を飛び回るサラの記憶だった。
感情と言葉だけがシンに雪崩れ込んでくる。
『二人とも、すぐに戻ってくるって言ってたのに』
『寂しい』
『あいつはずっと目覚めない』
『あの子はどこだ?』
『サラはまた一人だ』
そして記憶は黒く塗りつぶされて、現実へと引き戻された。
少し頭はクラクラして、よろけかけた足をなんとか踏ん張ろうと足に力を込める。と、後ろで何かが支えてくれていた。
よく見るとそれは、ドラゴンの腕で、たどった先の胸の穴は塞がり、血は無事に止まっているようだった。
そして目の前のドラゴンは目を細めてこちらを懐かしむような、訝しむような目で見つめていた。
「お前は、君は…あの子なのか」
シンは分からないと、正直に首を横に振る。
でも、
「サラのことを夢に見てたの、多分、ずっと昔から。」
サラと呼ばれたドラゴンは、戸惑いながらも、シンの言葉を数回反芻させた後、ゆっくりと口を開いた。
「そうか、お帰り。待ちくたびれたよ。」
そして、ドラゴンはそっと頬をシンに擦り寄せる。河原の石に、血ではない透明な雫が、ぽたりと落ちた。
森は少しずつ深く暗くなり、流水のような音が声の合間に聞こえるようになってきた。
しかし、その声は近づいているはずなのに、さっきまでは咆哮や地響きに近かったものが、段々と小さくなっていて、遠ざかっている気さえした。きっとその何かは弱ってきているのかもしれない。
「早く、会いにいかなきゃ」
シンは焦る思いを押し殺して、慎重に歩を進める。
しばらくすると、先頭を歩いていたセルが足を止めた。振り返って唇だけを動かす。
シン、いたよ。
口の動きだけでそう伝えて、セルが指したのは、木々の並びが一旦途切れ、川に繋がっていた場所だった。五人はそっと川の手前の木陰に移動し、死角から、川の方を伺おうと覗き込み、そして、固まった。
川のそばでじっと蹲っている声の主は、蹲ってなお、シン達の何倍もの大きさをもつ、巨大な赤い竜だった。そして、シンとセルが、咆哮を聞いて感じていた予感の通り、強大な竜の胸には大きな傷があり、赤黒い血がどくどくと流れ出している。
「あれって…ドラゴン?」
子供達やシンが持っている能力と同じように、ドラゴンも、伝説や御伽噺の登場人物だと思われていた。そんな、信じられない存在を目の当たりにして、レナードは放心した状態で小さくつぶやいた。
しかし、レナードの小さい声でも赤い竜には聞こえていたらしい。
「誰だ。そこにいるのは」
竜は蹲った体勢のまま顔だけあげてこちらを向いた。そして、先ほどまでの弱々しい咆哮とは比べ物にならない深い響きで言い放った。
「だめだ見つかった…」
目が合いそうになった瞬間、レナードとサンがすぐに逃げようとする。シンも同じように走り出そうとした。
しかし、声が聞こえた途端、シンは、いつか見た夢が、ふと頭をよぎってしまった。
『ねえ、トカゲさんどうしたの?』
『お母さんとはぐれたんだ』
『私たちと一緒だね』
「あっ…」
そうだ、あの、小さな赤いトカゲだ。君はあの夢にいんだた。
なぜか分からないけど、どうしてもそう思ってしまったシンは、思わずふらふらと木陰から出て、ドラゴンへと近づいた。
予想通り、赤いドラゴンは近づいてきた人間に牙を剥き出して威嚇する。
「離れろ。私の森に許可なく入ったからには、お前たちは覚悟ができてるんだろうな」
「ごめんなさい。でも、子供達は見逃してくれないかな」
シンは首を横にふりつつ、逃げるよう子供達に後ろ手で合図した。
「見逃して欲しければ、お前も木陰の子供も今すぐ森を出ろ」
ドラゴンの言葉に、シンは再び首を振る。
「それはだめ。僕はあなたの怪我を放って置けそうにない、手当てをさせてくれないかな。」
なぜだか分からないが、シンは夢で見たあのトカゲはこのドラゴンだと思ってしまったのだ。そう思ってしまったら、もう放って置くことはできない。せめて止血だけでもしてあげたい。
「そんなもの要らぬ。無駄だ」
拒否をするドラゴンだが、ここから立ち去る余力は残っていないようだ。威嚇だけをシンに繰り返す。
「でもこのままじゃ、あなたは死んじゃうよ」
「もういい加減待つのは疲れたのだ。余計な世話をするな!」
先ほどよりも勢いの強くなった怒号と合わせて口から炎が噴き出す。
「これ以上どうにもならないのに、一人残されても生きる意味などない。殺されたくなければ放っておけ!」
怒号と共に吐き出された炎が、ちりちりと音を立てて、シンの頬を撫でる。
その度に、夢の光景が細切れで、シンの頭に浮かんだ。
『やめて、熱いよトカゲさん』
夢の中で、隣の男の子が、抱き上げたトカゲの炎に当たって少し火傷していた。
『ただのトカゲって呼ぶな!僕は強いんだぞ!』
『じゃあなんて呼べばいいんだよ』
なおも威嚇するトカゲを宥めるため、記憶の中のシンは代わりの言葉を急いで考える。
『じゃあ、この名前は?』
トカゲの頭を撫でながら思い出の中のシンが提案すると、トカゲは嬉しそうな声を、小さい炎と一緒に上げた。
『いいね!それがいい!』
ああ、私は目の前のドラゴン、この子を知っている。
「サラ…」
シンは思い出の中でトカゲに名付けていた名前を口に出した。
すると、ドラゴンの動きが止まった。
「お前、なぜその名を。まさか…」
目を丸くしたドラゴンの問いかけを無視して、シンは彼の鱗にそっと触れた。
「お願い、治って…」
燃えた私の足を直した時のように。想いだけをこめて、腕に力を入れる。
シンが願った途端、痛みが強くなったのか、より大きな咆哮が轟く。
なのに、頭には、咆哮ではない声が響き渡る。
『サラマンダーってね、昔本で読んだ火を吹く妖精のことなの』
『なにそれ!僕のことだ!』
『確かトカゲの妖精だったっけ?』男の子が水を差すように横から口を挟む。
『えぇー!』
『いいじゃない、サラって素敵な響きよ』
咆哮と共に出てくる、炎がシンの体を包む、痛みは感じないが、出てくる涙がすぐに蒸発して、頬がピリピリする。
そして、あの夢の場面もいくつか蘇る。
そうだ、このトカゲは、
いや、サラは、私たちと一緒に生きていた。
シンの肩に乗ったり、2人の頭の上に乗ったり、大きい姿で色んなところを飛び回ったり。
ああ、いつも私たちのそばにいたんだ。
なのに、
また頭の中の場面が切り替わる。
『サラ、ごめんね』思い出の中の私が言う。
馬に乗っているからか、いつもより目線も高い。
『行かないで、行くなら僕もいく』
『駄目。ここにいて?私たち、またここに戻ってくるから』自分で話しているのに、頭の中のシンの視点は、涙で目の前が見えない。
『ちょっと家を空けるからさ、それまでこの僕たちの城を守っといてよ』
二人乗りで馬に乗っている後ろから、少し低くなった男の子の声が聞こえてきた。男の子の「お土産はなにがいい?」と問いかける声が小さく遠く聞こえる。
そして、また場面が切り替わった。今度は、シンの記憶ではなかった。
一人で森を飛び回るサラの記憶だった。
感情と言葉だけがシンに雪崩れ込んでくる。
『二人とも、すぐに戻ってくるって言ってたのに』
『寂しい』
『あいつはずっと目覚めない』
『あの子はどこだ?』
『サラはまた一人だ』
そして記憶は黒く塗りつぶされて、現実へと引き戻された。
少し頭はクラクラして、よろけかけた足をなんとか踏ん張ろうと足に力を込める。と、後ろで何かが支えてくれていた。
よく見るとそれは、ドラゴンの腕で、たどった先の胸の穴は塞がり、血は無事に止まっているようだった。
そして目の前のドラゴンは目を細めてこちらを懐かしむような、訝しむような目で見つめていた。
「お前は、君は…あの子なのか」
シンは分からないと、正直に首を横に振る。
でも、
「サラのことを夢に見てたの、多分、ずっと昔から。」
サラと呼ばれたドラゴンは、戸惑いながらも、シンの言葉を数回反芻させた後、ゆっくりと口を開いた。
「そうか、お帰り。待ちくたびれたよ。」
そして、ドラゴンはそっと頬をシンに擦り寄せる。河原の石に、血ではない透明な雫が、ぽたりと落ちた。
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