悪妃の愛娘

りーさん

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5 噂の回りは早く

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 私は、失念していた。あの国王は、名付けして以降、私のことをまったく訪ねていなかった。でも、私にはお母さまがいたから、何も寂しくなかった。
 なら、そのお母さますらいない者たちは……?どんな扱いをされているのかなんて、想像に難しくはなかった。

◇◇◇

 アレクシスとのお茶会を終えた翌日。私は、一枚の布切れに刺繍をしていた。紋様は、もちろん王家の家紋。白百合をモチーフにしている。
 私は、どうやったらアレクシスをこちら側に引き入れられるか、必死に考えた。
 アレクシスは、ラキエル侯爵家の嫡男なのだが、公爵家にも引けを取らないほどの権力がある。だからこそ、私と婚約をさせたわけだ。王国に繋ぎ止めておくために。
 そんな侯爵家を引き込むのだ。必死になって当然だろう。
 いきなり味方になってと言っても、了承してくれるわけがない。まだ初なところがある少年だが、そこは次期当主として育てられているだけはあり、そういう政治が関わってくることになると、次期当主としての顔を見せる。うんわかったと子どもらしく返事をすることはない。
 それなら、外堀から埋めてしまおうと、私は王家の家紋を刺繍したハンカチを贈ろうとしているわけだ。そこに、アレクシス・ラキエルとイニシャルも一緒に縫う。そうすれば、私との仲は良好だとアピールできるきっかけになるだろう。
 もちろん、ハンカチごときで侯爵家の意向までコントロールできるとは思っていない。まずは、地道にハンカチから始めて、じわじわと攻めていくのだ。
 そうやって、ハンカチを作ること三日。もうできあがった。
 ハンカチの刺繍なら、すぐに終わってしまう。王女としての勉強の一つでもあったし。
 それで私は、以前のように、侍女たちの噂話に耳を傾けてみることにした。
 お母さまは、宣言通りに、一週間前に、私付きの侍女と、お母さま付きの侍女に、福利厚生を与えた。王妃であるお母さまは、使用人たちの管理をしているので、それくらいは簡単にできた。
 とはいっても、その対象の六人を呼び出して説明しただけなのだが。
 有給休暇や、お母さまや私へ作られているお菓子のお裾分けなどだ。さすがにボーナスは、いきなりどうぞはできない。
 ちなみに、ニアは早速使ったようで、今日は有給休暇によりお休みだ。
 有給休暇は、お母さまに申請しなければならないので、勝手に休むことはできない。ニアは、私を通じて頼んできた。
 私は、ちょっとでも噂を広めようと、休むのだから、城の人間に伝えておいたほうがいいという最もらしい理由で、ニアを広告塔にした。
 でも、そんなわずかなことでも、すぐ噂になるのがお城だ。お母さまが福利厚生を提供してから、わずか三日で、城中に広まった。
 平民も多くいる使用人たちは、私やお母さまの専属になれば、お菓子が食べられるとか、お給金が増えると、少なくとも私の前では、いつも以上に仕事に励んでいる。
 貴族の血筋の者たちも、内容は大したことないが、特別扱いされるというのに惹かれるらしい。そのお陰か、目に見えて陰口とかは減ってきた気がする。
 まぁ、それを他の誰かが、お母さまにでも告げ口されたら、福利厚生なんか受けられないだろうしね。自分は味方ですアピールのために、それをやる使用人なんて数えきれないほどいる。
 そういう不安要素はあるものの、福利厚生は、今のところ悪い働きをしていない。
 よかったとほっとして、私が部屋に戻ろうとした時、気になる話が聞こえてきた。

「王族が選ぶっていうんなら、マリエさまたちも入るのかしら?」
「いやいや、王妃殿下とリリー王女殿下だけでしょ?そもそも、あの二人は福利厚生すらも知らないわよ」
「なら、意味ないわね」

 そう言いながらクスクスと笑っている。
 マリエ。その名前は知っている。私の異母妹だ。側妃の娘だけど、側妃は、双子の弟であるラファエルも一緒に生んだときに亡くなっている。そのため、二人には後ろ楯がない。そして、あの国王も後ろ楯にはなり得ないだろう。
 もっと、早くに気づくべきだった。力のない王女や王子が、ここではどんな扱いをされるのかなんて。

「あなたたち、何の話をしているのかしら?」

 私が声をかけると、その場にいた侍女たちは、ぎょっとした目で私を見る。そして、慌てて頭を下げた。

「い、いえ。王女殿下のお耳に入れることでは……」
「それは、私が聞いて判断することよ。そもそも、私の耳に入れられないような話を、よく堂々と話せたわね?やましいことがないというのなら、言ってみなさい」
「「「……」」」

 全員、黙ったまま俯いている。王族の質問に答えないだけでも不敬罪になる可能性があるのを、気づいていないのかしら?
 私は、ニヤリと笑う。お母さまが悪妃なんて呼ばれているけど、こんなんじゃあ、私のほうが悪役だ。まぁ、止めるつもりはないけど。これを許していたら、後に、私やお母さまが舐められる原因になりかねないから。

「言わないのなら仕方ないわ。お母さまにお話しするしかないわね。やましいことがあるってことだもの。そんな侍女たちを雇い続けるわけにはいかないでしょう?」
「お、お待ちください!」
「それは困ります!」
「どうか……」

 チクってやると言ったら、途端にペラペラと話し出した。
 はぁ……こんな奴らを今まで野放しにしていたとは……自分が情けない。
 でも、こんな奴らでも、ちゃんと仕事はしている。いきなりクビなどにさせては、仕事が回らなくなる可能性がある。ここは、見逃しのチャンスくらいは与えるとしようか。

「なら、話してちょうだい。やましいことはないはずよ?」
「み、身勝手ながら、マリエ殿下と、ラファエル殿下の身を案じておりました……。あまり、境遇がいいとは言えないものですので……」

 ガクガクと震えながらも、そう答える。
 よし、今日のところは見逃してやるとしよう。でも、しっかりと釘は刺していく。

「そうだったの。あなたたちが笑っている声が聞こえた気がしたから、勘違いしちゃってたわ」
「そ、そうでしたか……」
「こんなにも優しい心を持ってるのに、人を笑うわけがないものね」

 そう言ってにこりと微笑むと、侍女たちは顔を青くしながらも、「もちろんでございます」と答えた。

「二人のことなら安心して。私からお母さまにお願いしておくわ。仕事中に邪魔して悪かったわね」

 私は、いまだに顔を青くしている侍女たちに、最上級の笑みを向けて、その場を去った。
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