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第二章 学園生活一年目

101.

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 馬車の中で、私はエルクトお兄さまとヴィオレーヌお姉さまと向き合っていた。後方の馬車からはなぜか寒気を感じる。
 気のせいだと思っておこう。後ろの馬車の御者は縮こまってるだろうけど。

「今日はペンダントを持ってこなかったのか」
「あっ、はい。必要以上に注目を集めないようにしようかと……」

 本当のところは、ライがついてこないと言ったから置いてきたってのが正しいけど。
 学園には私の守りのためと戦力のお兄さまたちが城を離れるからって理由で持っていっていたけど、それでも指輪には襲われたし、ライがその場にいなかったから対処が遅れて、カイエンまで危険な目にあわせてしまった。

 またそうなるくらいなら、ライの側にいさせたほうがいい。たとえお城にやってきたとしても、ライがその場にいれば下手に手出しはできないだろうし。
 私にも、ペンダントの気配を感じなければ手出ししてきたりはしないだろう。
 向こうが欲しがっているのはペンダントの身柄であって、私自身ではないはずだし。

「まぁ、懸命な判断ではあるな」
「ええ。あの場で目立っても何も良いことはありませんもの」

 エルクトお兄さまの言葉にヴィオレーヌお姉さまが同意する。
 似た者同士だからか、考えがよく一致してて、二人の意見が食い違うことって滅多にないんだよね。というか、見たことないし。

「やっぱり、パーティーでは一人にならないほうがいいんですか?」

 フウレイのマナー講座でも、ヒマリからも、私はなるべく一人にならないようにと言われてきた。
 私は一人のほうが気楽ではあるんだけど……

「格好の獲物だろうからな」
「ええ。少なくとも側近の彼は連れていなさい」

 やっぱりかぁ……

 二人から予想通りの返答が返ってきてげんなりとする。いや、別にいいんだけど、カイエンの前でお姫さまモードになるのは恥ずかしいんだよね。
 カイエンに笑われたら多分立ち直れない。まぁ、あのカイエンでもさすがにそんなことはしないと思うけど、してきたらお姉さまたちにチクってやろう。

「何かあればハーステッドに頼るといい。俺たちに比べればあまり人が寄ってこないだろうからな」
「はい、わかりました」

 魔法に突出した才を持ち、容姿端麗のヴィオレーヌお姉さま。
 兄姉の中で最強と揶揄される眉目秀麗のエルクトお兄さま。
 治癒姫の異名を持ち、女神の化身と称えられるルルエンウィーラさまと生き写しのルナティーラお姉さま。
 王位継承権一位の次期国王でアルウェルト王家の象徴である金の瞳を持つシルヴェルスお兄さま。
 男でありながら女性と見紛う中性的な顔立ちで多くの信奉者を生み出すルーカディルお兄さま。

 この五人と比べたら、ハーステッドお兄さまは少し霞むかもしれないね。それでも、闇魔法はアルウェルト王家トップクラスの実力だし、容姿もダークヒーロー感があって私は好きなんだけど。
 でも、ハーステッドお兄さまとは一緒に過ごす相手としては兄弟の中で一番だし、頼りやすくはあるかも。

「わたくしたちもなるべくあなたのほうを気にかけますが、決して油断しないように」
「は、はい」

 ヴィオレーヌお姉さまからの叱責に私は体を強ばらせる。
 危ない危ない。お兄さまたちがいるということに安心感を抱くところだった。いつでも頼れるわけではないんだし、自分でもどうにかできなくちゃいけないよね。

 今から、お姫さまモードに切り換えなくちゃ。

◇◇◇

 パーティー会場に着いた。学園の新入生歓迎パーティーは、人数が多いため、学園所有のホールで行われる。
 その建物は学園の敷地内にはないものの、そこまで距離が離れているわけではなく、学園からなら徒歩で十五分ほどで着くくらいの距離である。
 学園でイベントを催す際に使われるそうだ。全校生徒とその保護者が集まれるほどとなると、さすがにあの広い学園にも該当する建物とかはないんだろうね。

 まぁ、学園所有の建物があるだけですごいんだけど。

「行くぞ」

 エルクトお兄さまが手を貸してくれる。私とお兄さまは少し身長差があるけど、私が手を取りやすい位置に出してくれている。
 さらっと気遣いできるところがお兄さまの良いところだ。

「ありがとうございます」

 私がエルクトお兄さまの手を取って馬車を降りると、兄姉たちが待ってくれていた。

「どうして兄上がエスコートするんでしょう?」

 ルナティーラお姉さまが不満げにそう言う。エルクトお兄さまは呆れた視線を向けて答えた。

「馬車から降ろしただけだろうが」
「その役目は姉上でも……なんだったらいいわけでしょう?」

 私でもという部分だけ語気が強かった気がするのは気のせいかな。うん、そう思うことにしよう。

「それなら、会場までは僕が連れていきます」
「あっ、兄上ずるい!僕がやりたい!」
「俺も……」

 お兄さまたちは誰が私をエスコートするかで争い始めてしまった。

「一人で入ったらダメですか?」
「「「「ダメ!!」」」」

 こういうときだけ息ピッタリで私の言葉を否定する。

 ああ、もう!この兄姉たちは本当に……!

「では、わたくしがアナスタシアを連れていきますわ。あなたたちは各自でよいでしょう」

 断る余地は与えないとばかりに、ヴィオレーヌお姉さまは私の手を引く。
 本当に突然のことだったので、私は少しバランスを崩し、ヴィオレーヌお姉さまにもたれかかった。
 怒られるかと思ったけど、ヴィオレーヌお姉さまは優しい手つきで私を支えてくれる。それどころか、私の頭を押さえつけるようにして抱き寄せてきた。

 えっ?はっ?なにごと!?

「構いませんわね?」

 何やらヴィオレーヌお姉さまが会話をしているみたいだけど、お姉さまらしからぬ行動に困惑していて、会話の内容はほとんど頭に入ってこない。
 しばらくして私の頭が解放される。どういうつもりだったのかと私が見上げるようにしてヴィオレーヌお姉さまと目を合わせた。

「あのーー」

 私が真意を尋ねようとすると、お姉さまは口元に人差し指を当てた。
 何も聞くなと言っているのは、それだけで読み取れた。

「では、行きましょうか」
「は、はい……」

 結局、お姉さまの謎行動の真意はわからないまま、私は会場入りした。
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