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第二章 学園生活一年目

62.

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 翌日。学園が終わった後、私はヒマリを連れて厨房に顔を出していた。
 騎士団に顔を出す前に、いろいろとやっておきたいことがあったためだ。

「ルック。少し相談があるんだけど」
「なんでしょう、アナスタシアさま」 

 夕食の準備をしていたであろう料理長のルックさんは、鍋の前から離れて入り口にいる私の元まで来る。

「明日、学園が終わったら騎士団のところに顔を出す予定なんだけど、何か差し入れを持っていきたいの」

 今後自分の身の安全を任せることになるなら、印象よくしておいたほうがいい。できることはやってみるべきだ。

「差し入れ……ですか」

 ルックさんは頭を悩ませている。おそらくは、食材の在庫と相談しているのだろう。
 騎士団は人数も多いから、食材の消費は多い。
 特にこの厨房では、以前にチーズの誤発注事件があってから、食材の管理にはかなり気をつけている。数が間違っていないかダブルチェックもしているらしいし、食材は必要最低限しかない。
 使わない食材を買ったところで腐らせるだけだし、あまり多くの食材を購入すれば横領を疑われかねないから、あまりメリットもないしね。

「では、アナスタシアさまの考案されたサンドイッチはどうでしょう?」
「なら、野菜よりもお肉や卵を中心にしてくれる?」

 騎士団は訓練で常に体を動かしているから、食べ物はエネルギッシュなほうがいいだろう。
 特に、今はお兄さまたちが直接訓練しているらしいから、死にかけている人がいてもおかしくないし。

「かしこまりました。翌日、アナスタシアさまの部屋まで届けさせます」
「ありがとう。お願いね」

 私は軽く手を振って厨房を後にする。


「後は……使用人か」

 騎士団全員に差し入れとなると数が多くなりそうだから、連れていく使用人の数は増やしたほうがいいだろう。
 でも、ザーラがいなくなってからは、私の専属侍女はヒマリとフウレイしかいない。さすがに二人で運びきれるとは思えないから、もう三人くらい追加したほうがよさそう。

「ヒマリ、明日連れていける使用人って誰がいるかな?」
「そうですね……アナスタシアさまと交流の多い者でしたら、ロジー、グレース、ラフィニアは手が空いているかと」

 ロジーはよく私の部屋を掃除している使用人。グレースは私にお菓子を差し入れしてくれる使用人。ラフィニアは私にいろいろとお話を聞かせてくれる使用人である。
 シュリルカお母さまの使用人総入れ換え以前からこの離宮に勤めている古参の使用人であり、身分の問題で私の侍女にはなれていないけど、それさえなければ私の侍女にしても問題ない人柄と技術を持っている。

「じゃあ、その人たちとフウレイに声かけておいて。一緒に騎士団まで来てもらうから」
「かしこまりました」

 これで荷物持ちゲット! さすがに五人もいれば人手は充分だろう。
 後は、当日の服装を決めなければ。さすがにいつものシンプルなドレスは王女としての威光はないだろう。
 だからといって、豪華すぎても動きにくい。さすがに騎士団のところまでは馬車で移動するだろうけど、あまりに動きにくいと余計な疲れが出そうだ。ただでさえ疲れしかない学園生活の後に行くわけだし。
 豪華なドレスは着なれていないので、裾を引っかけるなんてこともありそう。

「ヒマリ、何を着ていけばいいかな」

 ポンコツ頭脳で考えても答えは出ないので、優秀な侍女に助けを借りることにした。
 ヒマリなら会話の流れで騎士団に行くときの服装を聞いていることはわかってくれるだろう。

「そうですね……では、衣装室のほうに行ってみますか?」
「うん」

 衣装室は最近私の離宮にできた新しい部屋である。
 以前は、資金の横領などから充分な服を買い揃えることができず、クローゼットに数着しかなかったけど、自由に資金を利用できるようになり、王女として充分な数のドレスを揃えることができるようになってからは、一部屋をまるまる衣装室にして収納しているのである。

 衣装室に入った私は入口付近で待機し、ヒマリは部屋の中に進んでドレスを観察している。

 衣装室は私の私室の隣に位置しているので、おそらく隣では、ライがのんびりとくつろいでいるだろう。
 表向きには大人しいペットを演じてくれているから、問題行動を起こすことはないのが安心する。

『お前は俺のことをなんだと思ってるんだ』
「き……」

 声が出そうになったところでヒマリがいたのを思い出して、私は慌てて口を塞ぐ。
 ヒマリのほうを見ると、ドレスを選ぶのに夢中になっているのか、私が声を出したことには気づいていないみたいだ。

 隣の部屋にいても念が届いていたのは驚いたけど……ひとまず、これだけは言っておかないと。

『ちょっと!いきなり話しかけてこないでよ!びっくりするじゃん!』

 私がライに対して抗議をするも、ライから返事は返ってこない。
 その代わりというか、ペンダントのほうから返事が返ってくる。

『どうせ君がまた失礼なこと考えたんだろ』

 私の思考が読み取れるわけではないので推測の域は出ていないみたいだけど、そうに決まってるかのような言い方に、私は少しムッとする。

『そんなことしてないよ』
『いや、お前問題行動がどうとか言ってただろ』

 ライが間髪入れずに私の発言を否定してくる。
 それはすみません。でも、私に対しての日頃の行いを考えたら、そう思うくらいは仕方なくない?

『俺がお前をバカ呼ばわりするのは、本当にバカな行いをしたときだけだ。呼ばれたくないならもう少し頭を使え』

 ぐぬぬ……!散々な評価を受けているのに、自覚があるから言い返せない……!
 即断即決の気がある私は、客観的に見たら行き当たりばったりにしか見えないだろうからなぁ……。
 もう学園にも通い始めたし、もう少し考える力を身につけておかないと。

『君がバカかどうかはどうでもいいけど、あまり百面相してたら侍女に警戒されない?』
『一応、表情に出さないようにはしてるよ』

 ペンダントにはそう言うものの、少し不安になった私は、ヒマリの様子を伺う。
 ヒマリはというと、ドレスとにらめっこしていたけど、私の視線に気づいたのかこちらと目を合わせてきた。

「アナスタシアさま。こちらはいかがでしょう?」
「どれ?」

 私はヒマリのほうに駆け寄る。ヒマリが見せてくれたのは、桜色のドレスだった。
 鮮やかな色合いではありながらも、装飾はそこまで多くはないので、落ち着きもある。そして、今の季節は春。季節にも合った色といえる。

 さすがは毎日私の着替えを手伝っている侍女なだけあって、服のセンスは私よりも数段上だ。

「うん。これでいいよ」
「かしこまりました。当日はこちらを準備いたします。アクセサリーはどういたしますか?」
「別にそのままで……」

 そこまで言ったところで、私はハッとなる。ドレスを変えるんなら、アクセサリーも別のものにしないといけないじゃん!
 いつも使っている緑のリボンじゃ、この桜色のドレスには合わない。それなら、リボンの色を変える?探せばこのドレスに合う色合いのリボンはあると思うけど……

『そんなものより、長時間外に出るなら帽子か日傘を用意すべきだろ。王女が日焼けするのはまずいんじゃないのか?』

 ライからの冷静な指摘に、私は再びハッとなる。今まで外に出るときは使ってなかったから完全に抜けてたよ、あはは。

『……なるほど、確かにバカかもしれない』

 ペンダントが冷静に呟く。
 そんな真面目っぽいトーンで言うことではない!そもそも、バカかどうかはどうでもいいんじゃなかったの!?

「……ヒマリ。帽子か日傘を用意しておいてくれれば、アクセサリーはなんでもいいよ」

 失礼な神器にいろいろと言いたいことはあったけど、今はぐっと飲み込んでヒマリに要求する。

「かしこまりました。当日までに必ずご用意させていただきます」

 ご用意ってことは、今はないのか。二日で帽子や日傘って用意できるものなのかなと思うけど、ヒマリはできないことはできないと口にするタイプなので、用意すると言いきっているなら大丈夫だろう。

「それじゃあ、そろそろ部屋に戻るね。ちょっと疲れちゃった」

 ペンダントへの追及とか、ライへの八つ当たりとかいろいろとやらないといけないことがあるからね……!
 疲れてるのは本当だけど。

『おい!俺への八つ当たりってなんだ!』

 私の思考を読み取ったであろうライが抗議をしてくる。
 私は慌てることなく脳内で返事をする。

『大したことないよ。ちょっとモフモフさせてもらうだけだから』
『それはやめろっていつも言ってるだろ!そもそも俺は関係ないだろうが!』
『最初に私をバカ呼ばわりしたのはライでしょ』

 決して、ただ癒されるためにモフモフしたいとかそういうわけではない。これは、生意気発言に対する私なりの抗議なのだ。

『絶対に最初のが本音だろ……!』

 そうボソッと呟くような声が聞こえた気がしたけど、私は意気揚々と私室に戻った。
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