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15. 領地視察 3

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 数時間後、わたくしは呼びに来た使用人に起こされて目を覚まします。
 三十分程度にするはずが、思ったよりも眠ってしまったようですわね。転移しただけだというのに、気づかないうちに疲れが溜まっていたのでしょうか。

「ドレスが皺だらけになっていますね。昼食の時間ですし、新しいものに着替えましょう」
「あら、替えのドレスがあるの?」

 ルミナーラ公爵には、娘はいません。ある日、わたくしが養子となったことで、突如としてルミナーラ公爵令嬢が誕生しましたが、彼女たちとわたくしは初対面なのです。
 そんななかで、わたくしとサイズの合うドレスがあるのかしら?

「奥さまの指示で用意させていただきました。お嬢さまは、近いうちに領地に来られるとおっしゃったので、急ぎで仕立てさせたものです」

 養母さまは、こうなることを予測していたというのでしょうか?そうだとするならば、先読み能力が優れているどころではなくなるのですが……養母さまは、一体何者でしょう?

 わたくしは、養母さまが用意させたドレスに身を包む。
 そのドレスは、薄い水色のドレスで、ところどころに白く独特な紋様が刺繍されており、背中にはレースのリボンがありました。
 寒い地域だからか、布はわたくしが身につけていたドレスよりも厚めになっております。暖かいので、保温魔法は必要なさそうですわね。

「この紋様は何かしら?」

 わたくしは、ドレスの裾を持ち上げ、いくつか刺繍されているもののうちの一つを指差して尋ねました。

「それは、雪の結晶と呼ばれているものです。雪は、実際にはこれだけ美しい見た目をしていると言われているそうで、ルミニエで作られた衣服には、雪の結晶の刺繍を入れるのが習わしなのです」
「まぁ、そうなのね」

 ただの白い粒だと思っておりましたが、実際にはこのような見た目をしていると考えると、さらに美しく見えますわね。

「では、食堂に向かいましょうか」
「ええ」

 わたくしは、使用人の案内についていきます。公爵邸よりは狭いものの、領主邸もそれなりの広さを誇りますので、案内されないと食堂の場所はわかりません。
 わたくしは、道中で屋敷の内部を観察しているうちに、気になったことを呟きます。

「ずいぶんと、細工物が多いのね」

 壁紙などは無地でシンプルなものですが、先ほどから目に映る家具などは、使われている材料は高価なものではなさそうですが、その装飾は見事なもので、彫り師の腕前が高いのがわかります。
 他にも、わたくしが身につけているイヤリングや、天井から吊るされている照明も、かなりデザインに凝っていて、壁紙がシンプルな分、浮き立って見えます。

「細工物は領地の特産品で、領民が領主に献上したものや、税の代わりに納めたものです。寒い地域ですので、なかなか作物が育ちませんから、このような産業が発展したんですよ」
「そうなのね」

 ハワード侯爵家の領地は、小麦などが主流でしたので、このような産業は目新しく映ります。
 養父さまの許可が得られれば、お父さまにお贈りしたいですわね。なかなか難しいでしょうが……

 数分ほどで、食堂へとたどり着きます。すでに養父さまとルークは着席しているようで、わたくしも空いている席に座りました。

「遅れて申し訳ございません」
「いや、まだ時間ではない。それよりも、可愛らしい格好をしてきたな」
「少し仮眠を取っていて、ドレスに皺ができてしまい、これに着替えました。養母さまが用意なさったものだそうですわ」
「彼女は、常日頃から娘が欲しいとねだっていたからな……。君が可愛くて仕方ないのだろう」

 養母さまに苦労させられたのか、養父さまが軽くため息をついています。

「ふふっ……」

 養父さまの様子が微笑ましくて、つい笑いが込み上げてしまいました。

 お父さまも、お母さまとショッピングに行かれた帰りには、同じようなことになっておりましたわね。
 お母さまは、満足だったのかとても嬉しそうに帰っていましたが、お父さまが消沈しすぎていて、乾いた笑いしかできなかったのを、よく覚えています。

 妻に振り回されるというのは、万国共通なのかもしれませんわね。
 それか、ルミナーラの人間がそのような人間ばかりなのでしょうか?

「おかしいですね。僕の記憶だと、母上よりも父上のほうが乗り気だったような気がしますが……」
「いや、そんなことはないぞ?確かに、エリスが苦労しないようにいろいろと用意はしたが、あくまでもそれは公爵としてだな……」
「言い訳にしか聞こえませんね」

 ルークにバッサリと切り捨てられ、養父さまはがっくりと項垂れます。
 ですが、わたくしも養父さまの言葉は、あまり好きではありません。あくまでも、宝石眼の娘を迎えるための義務感でしかないと言っているようで。

 もちろん、養父さまにそんなつもりがないのは、今までの行動でわかっているのですが。

「ほら、父上が言い訳がましいことを言うせいで、エリスの元気がなくなりましたよ」
「エ、エリス?違うぞ?別にエリスのことが迷惑だとか、そんな風に思っているわけじゃないからな?」
「ですが、あくまでも公爵として用意したのでしょう?わたくしは、宝石眼の娘でしかないのではありませんか?」

 わたくしは、わざとらしく拗ねてみます。
 少しからかうつもりだっただけなのですが、養父さまはかなりショックを受けたような顔をして、わたくしのほうが焦り始めました。

「あの腹黒皇帝と一緒にしないでくれ。エリスが宝石眼だから引き取ったのは確かだが、君が望むのならライル王国に留めておきたかったんだ」
「養父さま……」

 そんなことを真剣な顔で言われてしまうと、こちらのほうが恥ずかしくなってしまいますわ。
 それにしても、いくら本人がいないとはいえ、皇帝を腹黒と吐き捨てるあたり、養父さまと皇帝の関係が目に見えてわかるようです。
 皇女が降嫁しているのもそうですし、ルミナーラと皇室は、だいぶ近い関係にあるようですわね。

「なら、父上が報告しなければ済んだ話なのではないですか?」

 確かに、事の発端は養父さまが皇帝陛下に報告したことにございます。
 わたくしの望むように暮らさせたかったのであるなら、報告しなければ良かったように思いますわ。

「それで済むんならそれでよかったんだが、おそらく皇帝も、エリスの存在には気づいていたように思う。わざわざ私に時間を作らせて、ライル王国に向かう余裕を与えるほどだからな」

 ……疑問に、思わなかったわけではありません。
 いくら公爵が多忙の身とはいえ、転移魔術を使えるのですから、一日ほど休暇を貰えば、お母さまに花を手向けるくらいは可能だったはずですもの。

 それなのに、一年間も来ることができず、一年後に来てから、わたくしの存在を知り、帝国に迎えようとする……劇のシナリオとしてはいいかもしれませんが、あまりにも都合がよすぎて、現実感がありません。

 あのころのわたくしは、絶対に行かないと拒否しましたが、一年後にあの騒動のせいで国に居づらくなり、結局帝国に来ていますし……

 そう思ったところで、うん?と違和感を感じます。

 わたくしがこの国に来たきっかけは、ウィリアムからの婚約破棄騒動です。

 そして、ウィリアムがそのような奇行に走ったのは、わたくしがリリアナさまを虐げているという話を見聞きしたため。
 そのような行動は、複数の人物が見聞きしているのですから、リリアナさまを虐げていた、わたくしに似た存在がいるのは確かです。

 ですが、わたくしはそんな存在と一度も顔を合わせたことがございません。わたくしに罪を着せるために、わたくしに気づかれぬように行動していたとしても、何のためにそのようなことをしたのかわかりません。
 ウィリアムとわたくしの関係が悪化したところで、好都合なのはリリアナさましかいらっしゃいませんし……

 でも、他にもいるとしたら?

 いくら身分が高いとはいえ、わたくしがリリアナさまを虐げていたとなれば、わたくしの悪評は広まります。
 人の口に戸は立てられません。水面下にあったその問題もいずれ浮上し、わたくしの耳に入ったことでしょう。

 もし、そのようなことがあれば、わたくしはお父さまに迷惑をかけないように、遠くに行こうとするかもしれません。
 たとえ一年の間が空いたとしても、養父さまの提案に飛びついたかもしれません。

 それが、狙いだったとするなら?わたくしのライル王国での居場所を失くし、帝国に来るように仕向けていたのならば、そのようなことをするような人物となると。

(……くだらない妄想だわ)

 何の証拠もありません。ただの憶測です。
 仮に、それが事実だとしても、今のわたくしはルミナーラ公爵令嬢ですし、貴重なプラチナの宝石眼の持ち主なので、今すぐどうこうはされないでしょう。

 考えるべきは、これからのこと。帝国に来た以上、ルミナーラ公爵令嬢としての立場を磐石にしておかなければ、皇室の好きにされてしまうやもしれません。
 今回の領地視察は、いい機会となるはずです。
 養父さまのおまけとならぬよう、気を引き締めることとしましょう。
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