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第三章 休みくらい好きにさせて

第18話 白梟 6

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 レアがリリアンと別れたあと、領内の端のほうに向かっていた。リリアンが無意識に向かっていた場所とは正反対のほうだ。
 その道中で、背後から視線を感じる。

(レアが狙いなんかな~?)

 その視線の主は、リリアンと一緒にいたときに感じた視線の主と同じだろうということは容易に想像ができた。
 一般人と比べたら、気配を消すのがうまいだろうが、レアからしてみれば、素人がちょっとは使える新人になったくらいだ。大して違いはない。
 むしろ、気になるのは、自分が狙いだったことだ。自分が狙いなのかもしれないとは思っていたが、どちらかといえば、ご主人であるリリアンのほうだと思っていた。
 魔魂の主であるということ、今まで数々の『青の月』の計画を潰したことからも、狙われるには十分すぎるくらいの理由が揃っている。もしかしたら、リリアンのほうにも向かっているのかもしれないが、こちらも見張られているのは間違いない。

(……撒くのは簡単だけど、変に思われるかなぁ……)

 部下たちに散々なことを言われてはいるが、これでも白梟というエリート部隊の隊長だ。追っ手を撒くことは造作もないこと。だが、それは持ち前の身体能力をフルに使っての話だ。それも使わないでとなると、体格の関係上、逃げ切れるとは言い難かった。

(まぁ、どうでもいいや)

 変に思われたらそれでかまわないと、レアは追っ手を撒くことに決めた。
 30分後、ジグザグに曲がりながら走り、時には精神魔法の応用で姿をごまかして、なんとか振り切った。
 レアは、改めて目的の場所に向かう。

「誰も見てない……と」

 辺りを見回して、見られていないのを確認したあと、レアは裏手に回る。
 路地裏に入っていき、レアがお店の壁に触れて、魔力を通すと、壁は消え失せ、地下へと続く階段が現れる。レアがその階段を下り始めると、何もなかったかのように、レアの後ろに壁が出現する。
 先ほどまで明かりがついていなかったので、一瞬だけ暗闇が広がったが、壁が出現すると同時に、両壁に掛けてある明かりが灯る。階段をずっと下っていくと、目の前に扉が現れた。レアはそれを開けて、中に入る。
 そこには、すでに何人かの人物が集まっていた。

「おっまたせー!!」

 レアが元気よく声をかけると、全員がこちらのほうを向く。まるで、今気づきましたというような視線だが、扉が開く前に気づかれていたことは、レアもわかっている。

「遅かったな。何かあったか?」

 その中の一人の男……ルクトが話しかけてきた。

「おいかけっこしてたら遅くなっちゃって。みんないる~?」
「後はお前だけだったからな。お前が遅すぎて寝てた奴もいたが……」

 そう言葉を濁しながら、ルクトはある一点を見つめる。レアもそちらのほうを見てみると、すでにボロボロな姿の男がいる。見た目は、女に見えるような華奢な風貌をしているが、中身も立派な男だ。名前はアグニス。第二部隊副長だ。
 ボロボロな姿なのは、その隣にいる、まだ不機嫌そうなサリアのせいだろう。

「アギー。居眠りはよくないよ~?」

 空いていた椅子に座りながら、アグニスに声をかける。アグニスは、レアのほうをチラッと見て、あくびしながら言った。

「常習犯の君に言われたくないんだけど」
「なっ!レアがいつも居眠りしてるみたいに……!そんなことはないでしょ!?」

 レアが周りに同意を求めるような視線を向けるが、返事は返ってこず、視線をそらされた。それだけで、レアに肯定する存在はいないことが証明された。

「みんなしてなにさ!まるでレアが不真面目みたいに……」
「あんたが真面目だったころなんてないだろ」
「それは認めるけど……」
「あっ、認めるんですね」

 レアが無意識に呟いた言葉に、アイリスが反応する。
 心を読んでしまえば、いちいち発言を聞かなくても問題はないのだが、アイリスからすれば、危険な思考の持ち主の心など読みたくはない。以前に、それでお叱りを受けたからというのもあるが。

「のんびりマイペースがレアのモットーだからね~」

 ふにゃふにゃになりながら、レアはその場に顔を伏せる。
 それを、サリアは呆れた目で見ている。

「寝たいなら全部終わってからにしろ」
「えー……」
「えーじゃない!」
「はーい……」

 嫌々ながらも、サリアさんの言葉に従ったレアを見て、アイリスは一瞬だけ目を見開く。
 いつものレアなら、「勝手にやってて~」とでも言って、自分ファーストのところがあったのに、渋々とはいえ、サリアさんに従っていた。
 確実に、このロリデビルは変わってきている。それをやっているのは、おそらくはあのリリアンとかいうベルテルクのお嬢様。
 自分の中での主は、今でもあのお方だけだが、公爵からの命で、新たな主となった存在。
 貴族のお嬢様らしからない行動を取るかと思えば、とたんにその片鱗も覗かせる。
 すぐに面倒くさがる性格だが、かなりのお人好し。なんだかんだ理由をつけて助けてあげたりとか、協力してあげたりしている。しかも、それを本人はあまり自覚していないのが恐ろしいところだ。押しに弱い自覚はあるみたいだが。
 そして、そんなお嬢様は、すぐに周りをたらしこんでいる。あの婚約者のお坊っちゃんは、最初からあのお嬢様のことを異性として見ていたような感じだが、今はそれが少しではあるが、現れてきている。一番ひどいのが、友人のモニカとかいう女子生徒。あんなにも猛烈にアピールしているのに、本人はまったく自覚していない。
 冗談抜きで、あのお嬢様に恋愛的な意味の好意を向けていないのは、家族とあのロリデビル以外の白梟を除いたらソフィアとかいう娘だけじゃないだろうか。

「……うん?アイちゃん、どうしたん?」

 ずっと見ていたからか、あのロリデビルが自分のほうを向く。
 アイリスは、レアに優しげな笑みを向けて言った。

「いいえ。子どもらしくなられたなと思いまして」
「……喧嘩売ってる?アイちゃんはレアの本当の年齢を知ってるよね?」
「ええ。確か、ごひゃくーー」

 アイリスがレアの年齢を思い浮かべて、話そうとすると、すぐ横を何かが掠めていく。
 それがナイフだというのには、すぐに気がついた。アイリスがおそるおそるレアのほうに視線を向けると、殺気の籠った目でアイリスを見ているレアがいる。

「言えとは言ってないよ、アイちゃん。次は当てるからね?」
「す、すみません……」

 口調は普段と変わっていないが、声はかなり低くなっている。それを聞いて少し焦ったアイリスは、冷や汗を浮かべながらも、謝罪の言葉を口にした。
 これで改めて話し合いが行われるかと思ったが……

「へー。レアさんって、結構年増なんですね。サリアさんとアイリスだけかと思ってました」

 メイアが、さらに爆弾を投下する。それに反応したのは、レアではなく、サリアだった。

「お前は私をそんな風に思ってたのか」
「えっ……あっ!いや、違うんですよ!今のは言葉の綾というか、そういう意味で言ったんじゃないというか……」

 サリアの反応で、やっと自分が口を滑らしたということに気づいたメイアは、慌てて弁明をするが、時すでに遅しだった。

「私とメイアは席を外すから、会議が終わったら、概要を教えてくれ」
「はーい。いってらっしゃーい。レアはアイちゃんとお話しすることがあるから、教えてあげられないかもしんないけど……」

 サリアに手を振るレアに、アイリスが驚愕の表情を浮かべる。

「ちょ、ちょっと!?聞いてませんよ?」
「あー、だいじょーぶだいじょーぶ!会議が終わってからだから」
「それは何も大丈夫ではありません!」
「安心しろ、アイリス。墓石なら買ってやるから」
「いや、止めてくださいよアグニス!」

 サリアとメイアが立ち去り、残ったメンバーはよくわからない言い争いを繰り広げている。

(なんでこいつらが白梟になれたんだ?)

 そう思いながら、ルクトは冷めた視線で同僚達を見ていた。
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