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黒猫ツバキの知らない、お嬢様とメイドのナニ問答

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 ここはボロノナーレ王国の端っこにある村……の外れにある小さな家。

「ご主人様。何をしているのにゃ?」
「ああ、ツバキか」
 魔女コンデッサへ、彼女の使い魔である黒猫ツバキが語りかける。

「さっきから、ご主人様、変にゃモノを熱心に読んでるのニャ。ニャに? コレ。オカしな絵がいっぱい描いてあるけど、文字みたいなニョもあるニャ」
「王都の考古学研究所より、古代のオーパーツが送られてきたんだよ。『謎めいた書物の内容を、《翻訳魔法》を用いて調査してもらいたい』との依頼なんだ」

 魔女コンデッサは、20代の若さで田舎に引っ込んでいるにもかかわらず、とっても有能な魔法使いとして多くの人に頼りにされているのだ!

「まったく、王都の学者連中もダメダメですわね。才能がお姉様に及びもつかないのは当然だとしても、少しは自分たちでも努力しなければ。他力本願たりきほんがんにすぎますわ」

 伯爵令嬢のチリーナが憤慨する。
 現在魔女高等学校2年生の彼女は、コンデッサの元教え子。ヒマを見付けては、コンデッサの自宅へ遊びにくるのである。今日も、朝よりコンデッサにまとわりついて離れない。

「お姉様の負担となってることに、気付かないのかしら?」
「ご主人様に魔法の勝負をしょっちゅう吹っかけて負担を掛けまくってるチリーニャさんが、それを言うのニャ?」
「万能の天才魔女であるお姉様の人生は、一瞬一秒が貴重ですのに」
「ご主人様は、用事を強引にでも押し付けなきゃ、ただゴロゴロしているだけニャ。朝は朝寝、昼は昼寝、夕方は早寝をしてしまうのにゃ」

 ツバキの懸命なツッコミは、コンデッサにもチリーナにも無視される。

「それで、お姉様が読み解いている書物はどのような代物しろものなのですの?」
「古代の旧世界で《マンガ》と呼称されていた本さ。イラストと文字を組み合わせて、物語を展開させる構成のようだな。最初は取っつきにくいと思っていたが、慣れるとなかなか面白いぞ」
「物語……ですか。この《マンガ》とやらでは、如何なるストーリーが?」
「アタシも、聞きたいにゃ」

 ツバキとチリーナへ、手元にあるマンガの筋を紹介してやるコンデッサ。

「メイドが、主人を接待する物語なんだ」
「メイドが主人を接待? 不思議な話ですわね。メイドとは、あるじに仕えるものでは?」
「イラストのメイドさん、服装が奇怪にゃ。スカートのすそが、スッゴイ短いニャ。下から中がのぞけそうニャン」
「ハレンチな猫ですわね!」
「アタシは、メスにゃ! ハレンチなのは、この絵のメイドさんにゃ!」
「まぁ、確かに伯爵家うちのメイドがこんな格好で現れたら、即刻クビですけどね」

「お前等、ケンカするな。で、このメイドが喋っているセリフはだな……『お帰りなさいませ、ご主人様』『メニューは何になさいますか? ご主人様』『ゆっくりおくつろぎくださいませ、ご主人様』『お会計はコチラになります、ご主人様』」
「最後のセリフ、聞き捨てなりませんわ! 何故、メイドがあるじに料金を請求していますの!?」
「そう言われても、私はこのマンガの内容を説明しているだけなんだが」
「古代世界のメイドさんは、 たくましいにゃ。ギブ&テイクだにゃ。下克上だにゃ。《叛逆のメイド》だにゃ」

 チリーナはマンガに描かれているメイドのイラストを眺めつつ、ブツブツと文句を述べる。
「それに、このメイド、『ご主人様、ご主人様』と連呼しすぎですわ。まるで、エコーのよう。我が家のメイド達も、揃いも揃って『お嬢様、お嬢様』と騒がしいし……。メイドなんて、どこも同じようなものなのかもしれませんわね」
「いや、それはチリーナの家のメイド達が特殊なだけだぞ」

 かつて、チリーナの家庭教師を務めた経験があるコンデッサは知っている。
 伯爵家のメイド達は皆、チリーナが可愛くて仕方がないのだ。チリーナはツンケンしているのに甘ったれで、学業は優秀なのに日常生活ではポンコツなのである。メイド達が構いたくなるのも、無理はない。

わたくしはもう17歳なのに、外出しようとすると『お嬢様、どちらにお出掛けですか?』『何時頃、お戻りですか?』『また、コンデッサ様のところですか?』と盛んにメイド達が尋ねてくるのですわ。おかげで、気楽に遠出とおでも出来やしない」
「メイド達は、それだけお前の身を案じているのだ。理解してやれ、チリーナ」
「それにしても、限度がありますわ。メイド達に気付かれずに外出する方法はないかしら?」

 チリーナは考え込む。やがて、〝ピコーン!〟とひらめき顔になった。

「そうですわ! 《エコー魔法》を活用しますわ」
「《エコー魔法》って、なんニャ?」

 ツバキの疑問に、コンデッサが答える。

「《エコー魔法》とは、人形などにおのれの声を吹き込んで、質問者へ向かって自動返答させる魔法だ。しかし、あれは質問者が用いた単語をオウム返しにするだけの発音魔法だぞ。多少、語尾に変化を加えることは可能だが。ドアを隔てての会話でも、すぐにメイドに悟られてしまうのではないか?」
「大丈夫ですわ」
 自信満々に言い切るチリーナ。もちろん、根拠など無い。

「不安にゃ」「不安だ」
 魔女と使い魔、主従の心は一致した。



 翌週。

「チリーニャさん、また来たのにゃ。あんまり頻繁にお屋敷を抜け出すと、メイドさん達に怒られるのニャ」
「心配無用ですわ。自室には、《エコー魔法》を施した人形を置いてあります。ドアの外からメイドが話しかけてきてもキチンと返事しますので、私が外出してることはバレませんわ」
「《エコー魔法》は、そんなに頼りにならないと思うが」
 コンデッサが呟く。



 その頃の伯爵家では、1人のメイド(22歳)がドア越しにチリーナの在宅を確かめていた。

「お嬢様、お部屋に居られますか?」
『居られますわ』
「良かったです。また、コッソリ抜け出したかと」
『抜け出しませんわ』

「ところでお嬢様、いま何をなさっていらっしゃるんですか?」
『ナニをなさっていらっしゃいますわ』
「……は?」
『ナニですわ』

「え? あの? 真っ昼間から、お嬢様はお1人でナニをしている……と?」
『真っ昼間から、1人でナニをしていますわ』
「か、確認させていただきますが、ナニとはナニで、チョメチョメですわよね?」
『チョメチョメですわ』
「そ……そうですか。それでは、ドアを開けるわけには参りませんね」
『参りませんわ』

「チョメチョメ……お嬢様もいつの間にか、そのようなお年頃に」
『お年頃ですわ』
「喜べば良いのか、叱れば良いのか、祝えば良いのか、自重を促すべきか、分かりません……」
『よ……し……い……じ……ピーピーガーガー』
「……あの、お嬢様?」

《エコー魔法》を仕込まれた人形が故障しかけ、緊急回避モードへ切り替わった。あらかじめ録音しておいたチリーナのセリフが垂れ流される。

『心配いりませんわ』
「お嬢様」
わたくし、アナタたちの真心にはいつも感謝しておりますのよ』
「……お嬢様」

 メイドの目に涙が浮かぶ。チリーナとしては(取りあえず、メイド達におべんちゃら・・・・・・を述べれば、その場を誤魔化せますわ!)と録音時に考えたのだ。

『これからも、私の側に居てくださいね』
「有り難いお言葉です、お嬢様」
『今後、更なる奉仕を期待しますわ』
「さ、更なる奉仕……」

 メイドの喉がゴクリと鳴る。

「奉仕とは、その……ナニでしょうか?」
『ナニですわ』
「了解しました。私も、お嬢様づきのメイド。覚悟を決めます」
『キメますわ』



 その日の晩、伯爵家ではお嬢様の悲鳴が響き渡り、メイドとの関係が百合が咲き乱れるマンガのようになったとか、ならなかったとか。
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