仮面夫婦のはずが、エリート専務に子どもごと溺愛されています

小田恒子

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史那編

入学祝い 2

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 紙袋はブランドショップのロゴが描かれたもので、私でも知っているブランドだった。
 箱の大きさや重さからしてさすがにジュエリーの類ではないだろう。このブランドのアクセサリーは、最低でも価格帯が万以上だ。そんな高額な品物だとしたら、受け取るわけにはいかないし、金銭感覚がおかしいと伯母さんたちにも報告しなければと思う。

「開けてみてもいい?」

 私は袋を受け取ると理玖に尋ねた。理玖は耳を赤らめたままで私から視線を外し、小さく頷いた。
 袋の中から包装紙に包まれた品物を取り出した。アクセサリーにしてはやはり重さがある。中身は一体なんだろう。
 ドキドキしながら包装紙を破らないように気を付けてシールを剥す。
 緊張の余り指先が少し震えている。包装紙を剥し外箱が見えてホッとした。
 それは私がずっと憧れていた香水だった。
 でもそれは、理玖に言ったことはない。なぜ理玖は私が欲しい物を知っていたのだろう。
 驚喜の声をあげたいけれど、自分の素の部分を曝け出すことがなんだか気恥ずかしい。

「それ、ずっと欲しかったんだろう? 文香叔母さんから聞いて、合格祝いと入学祝いを兼ねてプレゼントしようとずっと前から考えてたんだ」

 突然のサプライズに、理玖の言葉に返事ができないでいる。
 まさか、こんな素敵なプレゼントを貰えるなんて思ってもみなかった。小さめのボトルだから、きっと理玖のお小遣いの範囲内だろう。

「ありがとう……これ、ずっと欲しかったの。凄く嬉しい」

 私の言葉に、理玖が安堵の表情を見せた。

「これ、試しにつけてみてもいい?」

 私は箱の中から香水の入っているボトルを取り出した。理玖は頷いてくれる。
 ボトルの蓋を外し、リビングのテーブル下に置かれてあるティッシュを折りたたみ、そこに吹きつけた。
 母が愛用していた思い出の香りが部屋の中に漂うと、私は幼少期を思い出し幸せな気持ちになる。

 香水にも色々と種類があり、理玖がプレゼントしてくれたのは、私のような香水初心者でも比較的安心して使えるオードトワレだった。
 私が小さい頃、母が特別な日につけていた香水がとても印象に残っていて、理玖からプレゼントされたのはその時母が愛用していた物だった。
 母は普段香水をつけない人なので、香水を使用する際はコロンやトワレの様に香りが短時間だけ楽しめるものを好んでいた。

 オーデパルファムやパルファムのように長時間香りが持続する物は、自分一人が楽しむにはいいけれど香りが苦手な人だっている。妊婦さんや香りに敏感な人には苦痛を与えてしまう懸念すらある。
 だからこそ、自分の特別な日や特別な時に、大好きな香りに包まれたいと言う憧れをずっと抱いていた。

 ただ私には紫外線アレルギーがあるので、香水をつけて外に出た時は、肌に悪影響を及ぼす可能性もある。
 直接肌に吹きつけると、肌に何らかの悪影響が出るかも知れない。
 しかも今日は藤岡先生の病院は休診日だ、そんな時に肌トラブルで違う病院にはお世話になりたくない。
 なので母からは香水類は直接肌につけるのではなくてハンカチ等に吹きつけて間接的な香りを楽しむように教わっていた。

 古くは平安時代の貴族達も、お香を焚いてその香りを着物に移らせることをしていたそうだ。ほんのりと移り香を楽しめばいい。

 大好きな懐かしいこの香りは、理玖の記憶にだって残っているはずだ。
 理玖の表情も先ほどから比べて和らいでいる。もしかしたら理玖もこの香りを懐かしんでくれているだろうか。

「これ、文香叔母さんの使っていた香水だったんだな」

 きっと香水の名前を言われても理玖は全然分かっていなかったのだろう。こうして実際に香りを確認することなく名前をお店で伝えて購入したに違いない。

「うん。小さい頃から大好きな香りだったの。お母さんと同じ香り。そのうち他にも好みの香りを探せたらいいなとは思うけど、多分これって決めたらそればかり使うかも」

 私の言葉に、理玖も頷く。

「そうだな。この匂い、史那っぽい。合ってるよ」

 対面に座る理玖と改めて視線が合う。いつの間にか先ほどの赤ら顔は鳴りを潜め通常に戻っている。
 でも……なんだろう。理玖の表情がいつもより優しい。

「さてと……これで用事も済んだし、俺、もう帰るわ。しっかり戸締りしろよ?」

 理玖はソファーから立ち上がり、両手を頭上に組み伸びをすると視線を私に向けて一言そう言った。

「うん。わざわざ持って来てくれてありがとう。これ、大切に使うから」

 私も釣られて立ち上がる。貰った香水は落とさないようにテーブルの中央に置くと、理玖に続いて玄関へと向かった。香水のおかげで昔を思い出してしまったからか、理玖が帰ってしまうのがなんだか淋しい。この感情を素直に口にするときっと呆れられるだろう。『お前は幾つだ』と突っ込まれるに違いない。数日後には私も高校生なのに……

「昔は俺が家に帰る時、史那はいつも泣きながら引き留めてくれていたよな。『理玖くん帰っちゃやだ』って」

 三和土で靴を履きながら、理玖がポツリと呟いた。

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