仮面夫婦のはずが、エリート専務に子どもごと溺愛されています

小田恒子

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史那編

史那の進路 ーside理玖ー 1

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 俺はスマホを片づけると、史那のいる方を仰ぎ見る。
 史那はベンチに腰を掛けて本を読んでいた。
 余り史那を一人にしておくと、変なことを考えているのではないかと不安になる。
 俺は急いで史那の元へと駆け寄った。
 俺の姿を確認すると、史那は目を丸くしている。

「あれ……もう電話終わったの?」

 史那は本から顔をあげた。まだ冒頭部分の黙読だったのだろう。読書に没頭する前で良かった。
 俺は深呼吸をして史那の右隣の空いたスペースに腰を下ろした。史那の左側には史那のリュックが置かれている。リュックを挟んで左側に座ろうとは思わなかった。
 史那はそんなことなど気にするわけもなく文庫本をリュックの中に仕舞い込む。そんな動作を俺は見つめていた。

「ああ。大した用事ではなかったんだけど、気を使わせて悪かったな」
「ううん、うちでも電話の時は席を外すから気にしないで」

 俺たちは、幼少の頃から自宅や携帯の着信音が聞こえるたびに、仕事で大切な話をしているかも知れないから傍にいて邪魔をするなと言い聞かされて育った。あの頃の習慣が今でも続いている。そう、同じ思い出があるのだ。
 でももう、今は違う。
 従兄妹という関係性から一歩踏み出したい。
 もしここで、史那の進路のことを聞いたら、史那は素直に話してくれるだろうか。
 俺は緊張しながら口を開いた。

「……なあ、史那」
「ねえ、そろそろ帰ろうか」

 俺たちの声は重なった。
 俺の一大決心は、史那の一言で脆くも崩れ落ちる。
 とりあえず、進路を聞くのは先送りだ。俺は史那の言葉に従いベンチから立ち上がると、再び史那の手を掴んだ。

「分かった。じゃあ、マンションまで送る」

 史那はすんなり俺の言葉に従った。
 先ほどの母からの電話については話さなかった。
 どうせマンションに到着すればわかるし、余計なことは言わなくていい。
 帰宅する時も俺たちは終始無言だった。
 でも繋いだ手は小さいけれど温かくて安心できる。
 史那は昔から手が温かかったのを思い出した。

『理玖くんのおてて、いつもひんやりしていて寒そうだから、史那がいつも繋いで温めてあげる』

 小さい頃、史那はそう言っていつも俺の手を繋いていた。
 その手はいつも温かくて、夏はお互い手汗で濡れていたけれど冬はとても温かい。蒼良が生まれて、母に甘えられない時の淋しさを史那が埋めてくれていた幼少期を思い出した。

 なぜ今そんなことを思い出したのだろう。
 そんな記憶、今思い出さなくてもいいのに……
 史那への想いが募っていく。
 この繋いだ手から、気持ちが伝わればどんなにいいか……

 バスに揺られ、二人並んで座ったけれど、ここでも会話はない。
 自宅までの距離が長く感じる。この時間が続いてくれればいいのに。
 こうしてなにも会話がなくても、史那と二人だけでこうしている時間が続いてくれれば……

 もし仮に史那が高校を外部受験するのなら、それはそれで史那をあの環境から守れる。
 できることならば、幼馴染の沢井愛由美ちゃんがいる女子高を受験しないだろうか。
 あそこなら女子高だから、今までのようなやっかみで嫌がらせを受けることもないだろう。
 それにあの学校は良家の子女がこぞって受験すると有名なところだ。
 愛由美ちゃんは史那と学年は一つ違いになるけれど、実質同い年だし、昔から二人は仲が良い。
 それに愛由美ちゃんの方が二歳年下の加恋ちゃんがいるだけに、史那よりもお姉ちゃん歴が長い。
 確か加恋ちゃんと蒼良は同級生でお互い面識もあったはずだ。
 蒼良も、もしかしたら加恋ちゃん経由でなにか聞いているだろうか。

 バスは史那の自宅マンション近くの停留所に到着した。
 史那は俺にお礼を告げて降車するも、俺は一緒について降りる。

「次のバスまで時間があるし、一緒に家まで行く」

 俺は当たり前のように発言して、史那の手を取るとマンションへと向かって歩き始めた。
 母もマンションに来ているのだから、きっと帰りは高宮の車だろう。
 俺は余計なことを口にせず、史那と一緒にマンションへと踏み入れた。

 史那の戸惑いは繋いだ手からも感じ取れる。
 そうだよな、思えば今までこんなスキンシップなんて俺から取ったことなんてなかったもんな。
 急にこんな風にされてもとでも思っているだろう。

 俺たちが一緒にエントランスへ入ると、コンシェルジュの百瀬さんが笑顔で出迎えてくれた。

「お帰りなさい、史那さん、理玖さん」

 初めて出会った時から、更に百瀬さんは身体を鍛えているのが分かる。
 きっと百瀬さんはスーツを何度かサイズアップしている。
 仕事柄、護身術の心得があると聞いたことがあったけど、きっと百瀬さんは基本的に身体を鍛えることが好きなのだろう。そうじゃなければここまで屈強な身体はでき上がらない。

「ただいま、百瀬さん」

 俺達は百瀬さんに挨拶をしてエレベーターに乗り込んだ。
 エレベーター内でも、俺は史那の手を離さない。
 ここまで来たら俺も重症だと自分で思う。
 史那への思いが溢れて止められない。
 今まで告白してくれた女の子たちには悪いけど、それまで恋という感情を今一つ理解できていなかったせいもあり、告白されるたびになんでだと冷めた目で見る自分がいた。

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