60 / 87
史那編
ファーストキス ーside理玖ー 3
しおりを挟む
「荷物も多いし運んでやるよ」
そう言って俺は教材一式を抱えると、史那の部屋へと向かった。
史那は素直に俺の後に続いた。
史那の部屋に入ると、空調が効いていないから蒸し風呂状態だ。
十七時とはいえまだまだ明るいし、ここは最上階で周囲に遮る物はなにもない。
太陽の光がまともに照り付ける。
窓ガラスは紫外線カットで耐熱性のあるものが使われているとはいえ、熱いものは熱い。
教材一式を史那の机の上に置いた。史那もリュックを机の横にあるフックへ引っ掛けて部屋を後にしようとするので、俺は思わず呼び止める。
「史那」
呼び止めると同時に、振り返った史那の右腕を掴んだから、史那の身体はつんのめってしまう。
それを俺は正面から抱き留めた。現在史那は俺の腕の中にいる。
「……理玖?」
現状が理解できなくて相変わらず固まったままの史那の背中に俺は腕を回して抱きしめた。
「……先週、史那が倒れた時に抱き上げて思ったけど、こんなに細かったんだな」
俺の言葉に、史那が一瞬身体を強張らせた。
部屋の暑さとはまた別で、お互いが変な汗を掻いているのが分かる。
身体が強張ったままの史那の身体を、優しくそっと抱き締め直す。
史那はただじっと立ち尽くしているだけだ。
その時、リビングから母の声がドアを開け放った部屋に届いた。
「理玖くーん、晩ご飯食べて帰りなさいね」
その声のおかげで正気に戻った俺は、史那の身体に回していた腕を解くと踵を返して部屋を後にした。
……先週から、俺は一体なにをしているんだろう。不審に思われても仕方ない行動ばかりだ。
みんなの前でそんなことを悟られるわけにはいかない。できるだけいつも通りに振る舞った。
その後、家庭教師のある金曜日に二人だけになることはなかった。
いつもと変わらない態度で、史那もいつもと変わらない。
家庭教師の時間帯は、果穂も大人しくリビングでお絵かきをしたり折り紙で遊んだりして史那の邪魔をすることもなかった。
こっちは前回同様ダイニングテーブルを使い、毎週金曜日は十三時半から休憩を含めて十七時まで勉強した。
そこから叔母さんが夕飯の支度をして、俺もみんなと一緒に食卓を囲む。
五歳児である果穂の腹持ちが悪いせいもあり、夕食の時間帯はうちと比べて早い時間帯だ。
だから俺は、用意された夕食を綺麗に食べると帰宅する。
これが金曜日のルーティンになっていた。
夏休み中、一緒にどこかに出掛けるわけでもない。ただ金曜日の午後から夕方にかけて家庭教師として史那の家で過ごし、夕飯を食べて帰るだけ。
家庭教師と言っても、史那は積極的に質問をしてくるタイプではない。質問だって本当に必要最低限のことしか聞いてこない。本当にそれで理解できているのか確認したいが、踏み込んで聞けるだけの勇気はなった。
だからこそ、質問された内容は、史那がきちんと納得するまで根気よく教えた。
その後、成績について雅人叔父さんから報告を受けることがなかったので、ずっと気になっていた。
でも、俺が聞いたところで雅人叔父さんがすんなりと教えてくれるとは思えず、もやもやした気持ちを抱えていた。
九月の最終土曜と日曜に行われる文化祭と体育祭に、母が史那を誘ったのは、九月に入ってからのことだった。
「史那ちゃんも来年入学予定だし、理玖もいるから高等部に行きやすいでしょう?
私たちと一緒に文化祭、行きましょう? で、十一月の中等部の文化祭は来年蒼良が中等部受験するから、下見を兼ねて案内してくれると助かるわ」
母からこんな風に言われると、史那だって断るに断れない。
明らかに史那の表情には戸惑いの色が見えた。
やはり史那は高等部に進学をせずに外部進学を考えているのかも知れない。
でも、それをこの場で問い質してもきっと史那は答えを濁すだろう。
ならばここはまだ静観するしかない。
それに俺も生徒会執行部として動くから一緒に行動はしない。史那も俺の家族が一緒なら、変な奴らに嫌がらせを受けることもないだろう。
史那も断り切れず、高等部の文化祭は母と蒼良と三人でやって来た。
俺の読み通り母と蒼良が終始史那から離れないから、俺の同級生で史那ファンの奴からは史那への嫌がらせ行為の報告はなかった。
翌月は、史那の修学旅行があった。中等部は京阪神コースで京都、奈良、大阪の三都市を回る旅は、修学旅行の定番だろう。
そう言えば去年、俺は史那へのお土産に清水寺の近くにある露店で買ったお守りを渡した。
匂い袋のお守りは、厄除けの物だ。史那への嫉妬ややっかみが少しでも治まる様に願いを込めて渡した。
修学旅行から帰って来て、史那がお土産を持って来た。
史那から渡されたお土産は、京都の晴明神社で買ったと言うお守りだった。
かつて京都に都があった頃に実在したと言う陰陽師、安倍晴明に所縁のある神社である。
五芒星を象ったそれは、蒼良と同じ物だった。
どうせお揃いなら、史那とお揃いが良かったけれど、それを口にすることはない。無言で受け取った。
蒼良は勿論喜んで受け取っている。
そう言って俺は教材一式を抱えると、史那の部屋へと向かった。
史那は素直に俺の後に続いた。
史那の部屋に入ると、空調が効いていないから蒸し風呂状態だ。
十七時とはいえまだまだ明るいし、ここは最上階で周囲に遮る物はなにもない。
太陽の光がまともに照り付ける。
窓ガラスは紫外線カットで耐熱性のあるものが使われているとはいえ、熱いものは熱い。
教材一式を史那の机の上に置いた。史那もリュックを机の横にあるフックへ引っ掛けて部屋を後にしようとするので、俺は思わず呼び止める。
「史那」
呼び止めると同時に、振り返った史那の右腕を掴んだから、史那の身体はつんのめってしまう。
それを俺は正面から抱き留めた。現在史那は俺の腕の中にいる。
「……理玖?」
現状が理解できなくて相変わらず固まったままの史那の背中に俺は腕を回して抱きしめた。
「……先週、史那が倒れた時に抱き上げて思ったけど、こんなに細かったんだな」
俺の言葉に、史那が一瞬身体を強張らせた。
部屋の暑さとはまた別で、お互いが変な汗を掻いているのが分かる。
身体が強張ったままの史那の身体を、優しくそっと抱き締め直す。
史那はただじっと立ち尽くしているだけだ。
その時、リビングから母の声がドアを開け放った部屋に届いた。
「理玖くーん、晩ご飯食べて帰りなさいね」
その声のおかげで正気に戻った俺は、史那の身体に回していた腕を解くと踵を返して部屋を後にした。
……先週から、俺は一体なにをしているんだろう。不審に思われても仕方ない行動ばかりだ。
みんなの前でそんなことを悟られるわけにはいかない。できるだけいつも通りに振る舞った。
その後、家庭教師のある金曜日に二人だけになることはなかった。
いつもと変わらない態度で、史那もいつもと変わらない。
家庭教師の時間帯は、果穂も大人しくリビングでお絵かきをしたり折り紙で遊んだりして史那の邪魔をすることもなかった。
こっちは前回同様ダイニングテーブルを使い、毎週金曜日は十三時半から休憩を含めて十七時まで勉強した。
そこから叔母さんが夕飯の支度をして、俺もみんなと一緒に食卓を囲む。
五歳児である果穂の腹持ちが悪いせいもあり、夕食の時間帯はうちと比べて早い時間帯だ。
だから俺は、用意された夕食を綺麗に食べると帰宅する。
これが金曜日のルーティンになっていた。
夏休み中、一緒にどこかに出掛けるわけでもない。ただ金曜日の午後から夕方にかけて家庭教師として史那の家で過ごし、夕飯を食べて帰るだけ。
家庭教師と言っても、史那は積極的に質問をしてくるタイプではない。質問だって本当に必要最低限のことしか聞いてこない。本当にそれで理解できているのか確認したいが、踏み込んで聞けるだけの勇気はなった。
だからこそ、質問された内容は、史那がきちんと納得するまで根気よく教えた。
その後、成績について雅人叔父さんから報告を受けることがなかったので、ずっと気になっていた。
でも、俺が聞いたところで雅人叔父さんがすんなりと教えてくれるとは思えず、もやもやした気持ちを抱えていた。
九月の最終土曜と日曜に行われる文化祭と体育祭に、母が史那を誘ったのは、九月に入ってからのことだった。
「史那ちゃんも来年入学予定だし、理玖もいるから高等部に行きやすいでしょう?
私たちと一緒に文化祭、行きましょう? で、十一月の中等部の文化祭は来年蒼良が中等部受験するから、下見を兼ねて案内してくれると助かるわ」
母からこんな風に言われると、史那だって断るに断れない。
明らかに史那の表情には戸惑いの色が見えた。
やはり史那は高等部に進学をせずに外部進学を考えているのかも知れない。
でも、それをこの場で問い質してもきっと史那は答えを濁すだろう。
ならばここはまだ静観するしかない。
それに俺も生徒会執行部として動くから一緒に行動はしない。史那も俺の家族が一緒なら、変な奴らに嫌がらせを受けることもないだろう。
史那も断り切れず、高等部の文化祭は母と蒼良と三人でやって来た。
俺の読み通り母と蒼良が終始史那から離れないから、俺の同級生で史那ファンの奴からは史那への嫌がらせ行為の報告はなかった。
翌月は、史那の修学旅行があった。中等部は京阪神コースで京都、奈良、大阪の三都市を回る旅は、修学旅行の定番だろう。
そう言えば去年、俺は史那へのお土産に清水寺の近くにある露店で買ったお守りを渡した。
匂い袋のお守りは、厄除けの物だ。史那への嫉妬ややっかみが少しでも治まる様に願いを込めて渡した。
修学旅行から帰って来て、史那がお土産を持って来た。
史那から渡されたお土産は、京都の晴明神社で買ったと言うお守りだった。
かつて京都に都があった頃に実在したと言う陰陽師、安倍晴明に所縁のある神社である。
五芒星を象ったそれは、蒼良と同じ物だった。
どうせお揃いなら、史那とお揃いが良かったけれど、それを口にすることはない。無言で受け取った。
蒼良は勿論喜んで受け取っている。
0
お気に入りに追加
436
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
10 sweet wedding
国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
小さな恋のトライアングル
葉月 まい
恋愛
OL × 課長 × 保育園児
わちゃわちゃ・ラブラブ・バチバチの三角関係
人づき合いが苦手な真美は ある日近所の保育園から 男の子と手を繋いで現れた課長を見かけ 親子だと勘違いする 小さな男の子、岳を中心に 三人のちょっと不思議で ほんわか温かい 恋の三角関係が始まった
*✻:::✻*✻:::✻* 登場人物 *✻:::✻*✻:::✻*
望月 真美(25歳)… ITソリューション課 OL
五十嵐 潤(29歳)… ITソリューション課 課長
五十嵐 岳(4歳)… 潤の甥
憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~
けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。
私は密かに先生に「憧れ」ていた。
でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。
そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。
久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。
まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。
しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて…
ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆…
様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。
『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』
「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。
気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて…
ねえ、この出会いに何か意味はあるの?
本当に…「奇跡」なの?
それとも…
晴月グループ
LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長
晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳
×
LUNA BLUホテル東京ベイ
ウエディングプランナー
優木 里桜(ゆうき りお) 25歳
うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。
隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛
冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!
一夜限りのお相手は
栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている
と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている
と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。