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史那編
初恋はベールの向こう側 ーside理玖ー 2
しおりを挟むあれはいつだっただろう。
蒼良が緊急帝王切開で生まれて来たのは年の瀬も迫った十二月二十日の日中だった。
それから半年以上経った夏のある日だった。
その日は朝からとても陽射しが強く、水遊びでもやらなきゃやってられないくらいの暑さだった。
汗はじっとしていても流れ落ち、子どもの身体はまだ小さいから汗腺も密集した状態だ。
俺は基本的にいつも動き回っているタイプの子どもで、じっとしている事ことが苦手だった。
だから汗っかきで夏場はよく汗疹ができていた。
史那も動き回ることが好きなタイプだったみたいで、小さい頃は二人でよく高宮の実家の中を駆け回っていた。
祖父母も俺一人を相手にするよりも、年の近い史那が一緒にいると自分たちの疲労度が格段に違うことを自覚したのか、母から俺の子守を頼まれる時は史那もワンセットとして預かるようになった。
文香叔母さんも快く史那を高宮の家に連れてきてくれた。
その逆もあり、高宮の祖父母の都合の悪い時は文香叔母さんが俺たちの世話をしてくれた。
文香叔母さんは俺にとって第二の母的存在だ。
きっと文香叔母さんも、俺のことは甥以上の存在として認識していると自負している。
この日も朝から、史那がうちへ遊びに来て、日陰でビニールプールを出して水遊びを楽しんだ。
水道水は地熱で熱くなっており、全然冷たくない。
日陰にいても熱風が吹き、水遊びをしていても汗はかく。
プールに入って水遊びをしながらリビングに入って涼を取り、また庭に出て水遊びをして再び室内に入ってと、繰り返して無駄に体力を消耗し昼食をとった後、昼からは二人揃って昼寝をするのが恒例だった。
昼寝が終わると再び水遊びをして、夕方にビニールプールの中に溜めた水を庭先の植物に撒いて、水資源を無駄にすることなく有効活用させていた。
史那は日焼けをすると、可哀想になるくらい肌がすぐに真っ赤になり炎症を起こすので、極力紫外線に当たらないように日陰で遊ぶことが多かった。
だから文香叔母さんもうちの母も、史那が小さい頃は極力日焼けをさせないように気をつけていた。
現在は本人も自覚しているのか季節を問わず、日焼け止めクリームを肌身離さず常備しているみたいだ。
日焼けさえしなければ、特に肌トラブルはなさそうだ。
不健康に見えるくらいに史那の肌が白いけれど、それは健康な子供の中にいるととても目立つ。
そのせいで史那が必要以上に皆から注目を浴びるのは、なんだか嫌な気持ちになる。
史那は決してアルピノのような遺伝子の突然変異があるわけではない。ただ単に紫外線に弱いだけだ。
それでも、雅人叔父さんに似てとても整った顔立ちに天真爛漫でかわいい性格、プラス肌の白さも手伝って周りからかわいいともてはやされる。
小さい頃は、そんなお人形さんみたいな史那がいつも傍にいてくれることが凄く嬉しかったし、戯言でも俺のお嫁さんになると言ってくれたことは忘れられない。
あれはいつものように水遊びをした後、昼食をとり、一緒にお昼寝をしようと祖母が庭先に面した和室へ布団を敷いてくれ、そこで一緒にごろ寝をしていた時だった。
「理玖くん、だーいすき。あのね、大きくなったら、史那、理玖くんのお嫁さんになるの」
唐突に史那が口にした。
大好きだとはそれまでにもよく言ってくれていたけれど、お嫁さん発言は、この時だけだった。
俺は、とても嬉しくて、この時は自分の気持ちを素直に口にすることが出来た。
「本当? 約束だよ? 僕も、史那ちゃんが大好きだよ」
この言葉に嘘はない。
純粋に、史那のことが好きだった。
子供の頃に交わしたありふれた口約束。
史那はこの時のことを覚えているだろうか。
あの頃はお互いが幼すぎて、もう忘れてしまっただろうか。
それとも、俺が史那に対して酷い態度を取ってしまっていたこの数年で、この記憶を抹消してしまっただろうか。
この約束を交わしてすぐに、史那は満足したのか遊び疲れてすぐに寝落ちしてしまった。
けれど俺は嬉しくて、眠る史那の手を繋いだまま、そんな史那の寝顔を見つめていた。
この頃に、戻れるものなら戻りたい。
この後、蒼良の存在が俺の中で兄貴風を吹かせて、史那や蒼良にも偉そうで横柄な態度を取ってしまったことを後悔しても遅いけれど、今ならまだ間に合うだろうか。
あの頃のように、史那を大切に想って、大切に扱うことを。
もし許されるのなら……
史那を自分の物にできるのならば……
小学校は、地元の公立小学校に入学した。
小学校から勉強浸けになって頭でっかちな大人にならないようにと、小さいうちは色んな環境の子どもたちと触れ合い、交流を深めることをうちの両親は考えていた。
中学校の進学について、両親は特に受験等勧めることもなかったけれど、どうせ三年後の高校受験の事を考えたら、しんどい思いを先にして後はのんびりできればいいと言う安直な考えで中学受験を考えた。
小学六年に進級してからではきっと間に合わないと思った俺は、五年になった時から色々と資料を集め、進学先を吟味していた。
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