上 下
46 / 87
史那編

初恋はベールの向こう側 ーside理玖ー 1

しおりを挟む
 あれは俺が五歳になって少し経った六月のある日曜日のことだった。
 その日、俺は朝からテンションが異様に高かった。

 両親と祖父母に連れられて向かった先は、祖父が会長を務め、父が社長を務める会社のホテルだった。
 そこは翌週が開業で、まだ宿泊客もいないオープン前の施設で全ての設備が真新しい。
 新築特有の匂いに、新調された備品や調度品に囲まれている。
 そんな真新しいものを目の当たりにして、俺はいつになくワクワクして館内を走り回りたい衝動を抑えきれずにいた。

 父は仕事柄スーツを着用するのは当たり前だけど、その日のスーツはいつもの仕事用ではなく、格式高い物であるのは幼い俺にも一目見て分かった。
 母も、この日はお気に入りのスーツを着込んでいる。
 そして俺も、なぜか父と同じように、この日人生で初めてネクタイを締められた。
 
 七五三の記念撮影は三歳の時に袴姿で撮影したけれど、三歳児特有のイヤイヤ期の真っ最中であったため、この撮影だけで両親や写真撮影スタッフも一日がかりでぐったりだった。
 そんな調子で和装は経験済みだったけれど、きちんとした洋装は初めてのことだった。
 みんながおめかしをしているので、俺もテンションが高くなって、ホテルに到着するまでの道中もずっと車の中で両親と祖父母に話しかけていた。

 ホテルの最上階にあるチャペルへ到着すると、今日の主役である父の弟、俺の叔父に当たる雅人さんが緊張の面持ちでチャペルの控室にいた。
 この時初めて俺は雅人叔父さんが結婚することを知った。

 雅人叔父さんのお相手の人は新婦の控室にいると聞いて、早速顔を見に行きたくて部屋から飛び出したところ、父に捕獲されあえなく断念することとなった。
 その頃丁度、母は蒼良を出産して数か月たった頃だったけど、退院後も体調が思わしくなく、蒼良の世話もお手伝いさんに任せて臥せっていた。
 父も、そんな母の気分転換を兼ねてのお祝いで参列を促したのだという。
 身内だけの挙式だから気が楽だったのか、雅人叔父さんの門出をお祝いしたくて、しんどくても母は参列する気満々だった。
 産後の肥立ちもよくなかったのに、マタニティードレスを選ばずに無理してお気に入りのスーツに袖を通したせいで、余計に体調が悪化して挙式が終わるころには顔色も酷くなっていた。

 雅人叔父さんのお嫁さんになる文香叔母さんには、小さな女の子がそばにいた。
 俺よりも歳が下なのは一目見て分かった。
 でもその子に、俺は一目で釘付けになった。

 文香叔母さんのウエディングドレスの裾にまとわりつくようにくっついて離れない。
 ドレスのベールで見え隠れするその子の笑顔に、一目でかわいいと好意を抱いた。

 聞けば、雅人叔父さんと文香叔母さんは結婚する前に子どもが生まれていたのだという。
 それが史那、あの女の子だ。

 文香叔母さんの連れ子である史那は、訳あってしばらくの間私生児として育っていたけれど、晴れてこうして結婚したことで高宮の親戚の仲間入りを果たした。

 雅人叔父さんは、病気の後遺症で子供ができにくい体質になってしまったことを後に知ったけれど、当時大人の都合で別れを選んだ文香叔母さんは、一人で彼女を産む決意をして雅人叔父さんに内緒で出産していたのだ。
 もし仮に、文香叔母さんが出産をしない選択をしていたらと思うと、今の俺たちはいないだろう。

 母方の親戚には従兄妹も何人かいたけれど、父方の方は、史那が初めての従兄妹だ。
 同族経営の会社なので、当時子どもの俺でも雅人叔父さんとも顔を合わせる機会は多かった。

 俺の母は産後も体調が戻らない。
 歳の近い従兄妹の存在。
 必然的に俺達は一緒に過ごす時間も多くなり、いつしか兄妹のように扱われていた。

 ただ、女の子はおませさんが多いと言うが、史那も例に漏れず、小さい頃から俺にべったりだった。
 そしてその好意を素直に真っ直ぐ俺に注いでくれた。

 蒼良が生まれてくるまでは、俺も自分の気持ちに素直に表していた。
 史那が口癖のように言ってくれる『理玖くん大好き』の言葉に、きちんと返事をしていたのは、母の体調が戻り、蒼良にかかりっきりになる前までだ。

 体調がよくなってから母は蒼良につきっきりの日が続き、俺の相手をする時間がなくなった。
 と言うのも、蒼良は出産予定日より二ヶ月も早く生まれてきたのだ。
 しかも緊急帝王切開での出産で、母も通常の出産と違い入院期間も長かった。
 詳しい経緯は聞いていないけれど、どうやら母体である母の方に何かトラブルがあったらしい。
 蒼良は出生時の体重が、なんとか二千グラム以上あったため、NICU(新生児特定集中治療室)に入ることなく退院できた。

 でもしばらくの間、母も体調を崩し、俺は高宮の祖父母で一時期お世話になっていた。
 祖父母宅とは同じ屋根の下の二世帯同居なので、母も安心して療養と蒼良の世話ができる環境だった。

 そんな時、よく史那が一緒に遊んでくれた。
 高宮の実家に泊りで遊びに来てくれたり、俺が雅人叔父さんのマンションに預けられて文香叔母さんに色々とお世話になった。

 この頃の俺たちは、両親からも史那の両親からも、本当の兄妹のように育てられた。
 母のいない淋しさを、史那が癒してくれた。
 この居心地のいい関係が、この先もずっと続くものだと思っていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。