仮面夫婦のはずが、エリート専務に子どもごと溺愛されています

史那編

中学三年、二学期 １

　学校に自分の意思を伝えると、何だか胸の中のつっかえが取れて吹っ切れた。
　これからは、残された中等部での生活を謳歌するだけだ。

　高等部の文化祭と体育祭は九月に開催され、中等部の文化祭と体育祭は十一月だ。

　十月は中等部と同じく高等部も修学旅行がある。

　高等部の文化祭には中等部の人間も出入りが出来る。
　これは内部進級制度があるからだ。
　だから中等部の内部進級希望者は、挙こぞって高等部の文化祭へ足を運ぶ。

　中等部の文化祭も同様で、高等部の人間も自由に出入りが出来るけれど、それは中等部に弟や妹のいる人がほとんどで、中等部卒業の先輩方がこちらの文化祭に顔を出してくれることは滅多にない。

　きっと理玖も今回は中等部の文化祭にこないだろう。

　私も本当は高等部の文化祭へ行くつもりはなかった。
　これ以上悪目立ちして理玖に迷惑をかけたくなかったし、なによりこの時すでに外部進学を決めていたからだ。
　でもそれを阻んだのは、なにも知らない遥佳伯母さんと理玖の弟、蒼良だった。

「史那ちゃんも来年入学予定だし、理玖もいるから高等部に行きやすいでしょう？　私たちと一緒に文化祭、行きましょうね。で、十一月の中等部の文化祭は来年蒼良が中等部受験するから、下見を兼ねて案内してくれると助かるわ」

　そんなふうに言われると、断るに断れない。
　高等部の文化祭……。
　できることならば、行きたくない。

　文化祭は九月の最終週の土曜日。
　それが終われば、一、二年生は十月に中間テストが行われる。
　なので理玖は十月に中間テストを受けるのだ。ちなみに高等部では修学旅行は二年生で行くらしい。
　中等部も高等部同様に十月に修学旅行があるため、中間テストは九月の中旬に行われるのでテスト勉強をしたいという理由は使えないのだ。

　修学旅行の準備を理由に断ろうかとも思ったけれど、ほとんど準備するものなんてない。
　最悪の場合、体調不良を訴えるか……
　でもそんなことをすると伯母さんが悲しむだろう。
　それに蒼良だって……

　蒼良は幼少期の理玖がそのまま大きくなったと言ってもいいくらいに性格が穏やかで癒し系だ。
　顔立ちはよく似ている。同じ兄弟のはずなのに、どうしてここまで性格が違うのか。
　
　理玖には理玖なりに色々あったのだろうけど、もう少し私に対しての人当たりが良くならないものか。
　小さい頃、蒼良が生まれてから理玖の性格が変わってしまい、理玖によく泣かされていた時に私を慰めてくれていたのが蒼良だった。

　私にとって、蒼良はかわいい従弟であり弟のような存在だった。
　そんな蒼良を悲しませる訳にはいかないよな……

　私は遥佳伯母さんと蒼良と一緒に高等部の文化祭を一緒に回った。

　遥佳伯母さんと蒼良が一緒にいてくれたおかげもあり、一応は親戚枠との認識で陰口を叩かれることはなかったと思う。少なくとも私の耳には嫌味や悪口は入ってこなかった。

　翌月の修学旅行は、中等部は京阪神コースだ。
　京都、奈良、大阪の三都市を回る旅は、修学旅行の定番だろう。
　京都市内の観光は、各班でタクシーを貸し切って自分達で行きたい場所を事前に調べて行かせてくれると言う生徒たちの自主性を試されている。

　私たちの班は、たまたま京都に親戚のいる友達がいて、彼女が計画を練ってくれてそれに便乗した。

　遥佳伯母さんがお気に入りの竜安寺もコースに組み込まれており、本物の石庭を見て感嘆の溜息を洩らした。
　本物を目の当たりにして、初めて遥佳伯母さんがあそこまで惚れ込む理由がなんとなくわかった。

　奈良でも古都巡りがメインで、歴史の授業で習った場所にこうやって足を運ぶと、改めてここに昔日本の都があったんだと思い知らされる。
　古き良きものと現代との融合、これは日本独特の風景だ。

　日本より歴史の古いヨーロッパは古い街並みが今も尚、庶民の生活にそのまま活かされている。
　建築物の構造があちらとは違うとはいえ、千年以上も前に建てられた日本の建築物も、補修を加えながら現代へと受け継がれている。実に素晴らしい。

　大阪はそれまでの古都巡りで、ノスタルジックな気分から一気に現実に引き戻してくれる活気溢れる都市だ。
　大阪城を観光し、海遊館での自由時間に聞こえてくる関西弁に元気を貰う。
　ほんの数日前までに聞いていた京都や奈良の穏やかな方言とはまた一味違う。
　テレビでよく見る『大阪のおばちゃん』を生で見た時は、本当に感動した。
　あれはメディアが作り出したものではなく、本当に実在するものなんだとその感動をしみじみとかみしめた。

　そして無事に修学旅行を終えて理玖の家にお土産を届けに行った。
　お茶請けにお菓子と、理玖には去年清水寺の近くの露店で買ったというお守りを貰っていたのでそのお返しに、京都にある晴明神社でお守りを買った。
　かつて京都に都があった頃に実在したという陰陽師おんみょうじ、安倍晴明あべのせいめいに所縁のある神社である。
　蒼良にも同じお守りを買った。

　理玖は珍しく文句も言わず受け取ってくれた。
　蒼良は勿論喜んで受け取ってくれた。