上 下
33 / 87
史那編

中学三年、ファーストキス 3

しおりを挟む
 母が皮を剥いでくれた梨は、新鮮で瑞々しく、味も甘くてしっかりとしていた。
 口に頬張った梨を咀嚼し終わり飲み込むと、二つ目をどうしようか真剣に悩んだ。
 私にしては珍しく、今日はなぜか本当に食欲がないのだ。
 焼肉の香ばしい匂いを嗅げば、少しは食欲も戻るだろうか……

 母には悪いと思いながらも梨はそのまま残して、一緒に持ってきて貰った薬と水に手を伸ばした。
 薬を飲んだ後にまた食欲が湧けば食べたらいいだろう。

 藤岡先生が用意してくれていた薬は錠剤だった。
 粉薬は口の中で味が広がり飲みにくいと昔から伝えていたのを覚えていてくれたのが嬉しい。

 藤岡先生は父の幼馴染だ。私が生まれてしばらくの間は母の実家の近くにある小児科がかかりつけだったのを、この家に越してきてからずっとなにかあれば藤岡医院でお世話になっている。
 藤岡医院はメインが内科だけど、小児科も診てくれるので、親子共々甘えっぱなしだ。
 今回のように、往診までお願いできるのも、本当にありがたいことだ。

 祖父母の世代の個人病院は往診も主流だったらしいけれど、きっと今時そんなことをしてくれる病院なんて、地方都市の田舎や昔ながらのところくらいしかないだろう。

 薬を飲み終えると、点滴で体内にきちんと水分補給ができているのだろう、尿意を覚えたので布団から起き上がった。
 布団を剥ぐと、やはりスカート部分がよれて太腿を晒すみたいになっていた。

 今日着ていたワンピースは、膝下丈の伸縮性のある生地のもので、シワにはなりにくい物だった。仮に廊下で理玖とバッタリ顔を合わせたとしてもまだ変な格好じゃないだけ幸いだった。

 ……でも、来週から夏休み期間中、毎週金曜日が家庭教師するって言ってたよな。
 格好は、どうしたらいい?
 今日は誰が来るか分からなかったから露出を控えたワンピースにしたけれど、いつもの私らしい格好とは言えない。

 いつもの私は、家の中にいる時はTシャツに短パンなのだ。
 さすがに相手が理玖だからといってそこまで砕けた格好はダメだろう。
 かといって、制服のままでというのも、汗だくで補習から帰宅するのだから汗臭いのも嫌だし。
 夏物の洋服、まともな奴ってなにかあったかな……

 トイレから戻って自分の部屋に戻ると、私はクローゼットを開けた。

 私が高校生になったら、父の会社関係のパーティーに私も同席しなければならないとかで、少しずつではあるけれど、それ用のドレスが用意されている。
 私はまだ未成年だしパートナー同伴という訳にはいかず家族枠での参加になるけれど、最悪の場合理玖が同伴者として帯同してくれることになるらしい。

 理玖も同じく今年からそのような場にデビューしたばかりだと聞いている。
 取引先のお嬢さまたちにも色目を使われたりしているのかも知れないけれど、理玖とは学年が違うし私はまだ中学生、そんな話は耳に入ってこない。
 でもきっと、理玖はそのような場所でも上手くやって行くに違いない。

 パーティードレスを見て溜息を吐いていると、ドアをノックする音が聞こえ、理玖が入って来た。

「もう起きて大丈夫なのか?」

 入口で理玖が私の方を見ながら尋ねる。

「あ、うん。今、トイレに立ったところなの。
 身体が熱いし、倒れてからずっと眠ってたから全然眠くないし……寝汗も酷いから、着替えようかと思って……」

 クローゼットを閉めて、ドレスを隠した。なんとか誤魔化せただろうか。

「……来週までに体調整えろよ。そんなに生っ白い肌してるから、暑さに弱いんだな」

 理玖が私のことをまじまじと見つめている。
 なんだか恥ずかしくて、今日来ていたカーディガンに手が伸びるのを、理玖が部屋に入って来て阻止した。

「……もう、俺以外にそんな白い肌を晒すな」

 理玖はそう言うと、カーディガンを私の肩にかけて露出部分を隠そうとする。
 その腕が私の肩に触れた。

「……不健康に見えてごめんね」

 ヒョロヒョロと背丈だけ伸びて肌色も白いから、あまり丈夫に見えなかったのかも知れない。
 確かにバス路線一区間だけのダッシュでこんなことになってしまったから反論できない。

「昔は一緒に外で水遊びとかしてたのに……いつの間にか変わってしまうんだな」

 理玖がしみじみと呟く。理玖の両手はまだ私の肩に触れたままだ。

『理玖だって変わったよ』と、口に出して言いたいところをグッと我慢する。
 口を挟んでも、理玖は相手にしてくれないだろうから。

 そして……
 いつの間にか理玖の顔が近づいて……
 私の唇に、理玖の唇が触れた。

 お互いなにが起こったのか理解できなくて、私はただ固まって理玖を見つめていた。
 理玖は我に返ると私の肩に触れていた手を離し、飛び出すように部屋を後にすると、母に帰宅の意思を伝えて家を後にした。
 残された私は、今起こった出来事を理解できずに部屋の中で立ち尽くしていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

10 sweet wedding

国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

小さな恋のトライアングル

葉月 まい
恋愛
OL × 課長 × 保育園児 わちゃわちゃ・ラブラブ・バチバチの三角関係 人づき合いが苦手な真美は ある日近所の保育園から 男の子と手を繋いで現れた課長を見かけ 親子だと勘違いする 小さな男の子、岳を中心に 三人のちょっと不思議で ほんわか温かい 恋の三角関係が始まった *✻:::✻*✻:::✻* 登場人物 *✻:::✻*✻:::✻* 望月 真美(25歳)… ITソリューション課 OL 五十嵐 潤(29歳)… ITソリューション課 課長 五十嵐 岳(4歳)… 潤の甥

憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~

けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。 私は密かに先生に「憧れ」ていた。 でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。 そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。 久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。 まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。 しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて… ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆… 様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。 『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』 「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。 気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて… ねえ、この出会いに何か意味はあるの? 本当に…「奇跡」なの? それとも… 晴月グループ LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長 晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳 × LUNA BLUホテル東京ベイ ウエディングプランナー 優木 里桜(ゆうき りお) 25歳 うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛

冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。