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史那編

中学二年、卒業前日 1

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理玖りくくん、だーいすき。
 あのね、大きくなったら、史那ふみな、理玖くんのお嫁さんになるの」
「本当? 約束だよ? 僕も、史那ちゃんが大好きだよ」

 あの頃はただ純粋に、理玖のことが大好きだった。
 幼い頃に交わしたそんなかわいい約束を、理玖は今でも覚えているだろうか……

   * * *

 明け方に、とても懐かしい夢を見た。
 昨夜、本棚の隅に立て掛けていた幼少期のアルバムを久しぶりに見つけ、それをベッドで見ていたからだろう。
 私のアルバムに収められた写真には、大抵いつも隣に理玖がいる。

 私が三歳の夏、両親は結婚式を挙げた。
 私の両親はちょっと特殊で、それまで二人は一緒に暮らしていなかった。
 私にその頃の記憶が残っていないのは、余りにも幼なすぎたからだろう。
 物心ついた頃には、既に普通の何ら変わらない家族として暮らしていたから。

 特殊と言ったものの、今はごく普通の家族だ。
 私が産まれた時の写真に父は写っていないけれど、一緒に暮らし始めてからは、いつだって一緒だし大切にしてくれている。

 それに、私は父と顔がよく似ている。
 私がこんなことを言うのも何だけど、結構美形なのだ。
 父はいわゆるイケメンって奴で、母は今でも父の顔を見つめては顔を赤らめている。
 そんな母のことが大好きで堪らない父は、家にいる時はいつも母の側にいる。
 しかも、『片時も離れたくない』と、娘である私の前で堂々と惚気てくれる。

 小さい頃はそれが当たり前だと思っていたけれど、どうやらそれを子供の前で見せつけているのはごく稀なことらしい。
 でも、そんなラブラブな両親が私は大好きだし、幼馴染の愛由美あゆみちゃんのお家もそうだと知った時は、ホッとした。

 愛由美ちゃんは、私の母と愛由美ちゃんのお母さんが仲良しで、お互いが赤ちゃんの頃から一緒に育ってきたと言っても過言ではない。

 愛由美ちゃんとは学年こそ違うけど、同い年だ。
 私が一月生まれで、愛由美ちゃんは四月生まれ。時期がずれていたら、私達は同級生になる。
 愛由美ちゃんのご両親も、私の両親に負けず劣らずラブラブだ。
 だからこそ、学年が違ってもこんなに仲良しで居られるのだろう。
 私達は、ずっと親友だ。

「史那ー、そろそろ起きなさい。遅刻しても知らないよ」

 廊下から母が私を呼ぶ声が聞こえる。
 時刻は七時十分を回ったところだ。あと十分遅かったら完全に遅刻してしまう。

「今行くーっ」

 私は急いで制服に着替えると、昨夜のうちに準備を済ませていた鞄や他の荷物を持って部屋を出た。

 私の部屋の前にパウダールームがある。
 速攻で顔を洗い、色々と身支度を整えてリビングへと駆け込むと、ダイニングテーブルには既に朝食が用意されていた。

「早く食べなさい、そろそろ下にお迎え来るんでしょう?」
「うん、理玖はいつも時間ピッタリに来るから急がなきゃ」

 同じ中学校に通っている従兄の理玖が、いつも送り迎えをしてくれているのだ。
 でも、これも今週……今日が最後だ。
 なぜなら明日は、中学校の卒業式。
 学年が一つ上の理玖は、私より一足先に中学校を卒業する。

 私達は大学までエスカレーター方式の私立の学校に通っているので、同じ学校になるけれど、高等部は中等部から校舎がかなり離れている。
 大学は学部によってキャンパスの場所が違うので、きっと大学になると進む学部によって、離れ離れになってしまう。

 理玖はめちゃくちゃカッコよくて、勉強も出来て、スポーツも万能だから、同級生だけでなく下級生にもモテるのだ。
 これは高宮家の血筋だろう。
 理玖のお父さんも、父に負けず劣らずかなりのイケメンさんだ。
 対する理玖のお母さんは、おっとりとした良家の温室育ちのお嬢様がそのまま大人になった感じで、理玖の弟である蒼良そらがその血を色濃く受け継いでいる。

 私には隠しているけれど、理玖はよく女の子から告白されている。
 現場だって度々目撃するし、理玖に振られた女の子たちからは、いつも睨まれる有りさまだ。
 でも、私たちは『従兄妹』の関係から抜け出せていない。
 いつまで経っても私の一方的な片想いだ。

 小さい頃は理玖だって、『史那ちゃん大好き』と言ってくれていたけれど、それが今では何も言ってくれない。
 それどころか、私を他の女の子避けとしか扱っていないように見える。
 下手すれば私は邪険に扱われることだってある。

 従妹だから、私が一人だと危ないという理由で、お互いの両親から言われて朝は仕方なく一緒に学校へ行ってくれるけど、最近は会話すらない。
 私が理玖のことを好きだと告白したら、理玖は一体どう思うだろう。

 明日は卒業式だから、理玖は遥佳伯母さんと一緒に学校へ行く。
 きちんと告白するチャンスは今日しかない。
 もし理玖に振られたらと思うと、怖くて勇気が出ない。けれど、四月からのことを考えると、これが最後だ。
 私は母が用意してくれていた朝食を食べ、ダッシュで家を飛び出した。

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