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side結衣

あの日の恋をもう一度

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 少しずつ室内の温度も上昇し、ガッツリと着込んでいたアウターを脱いでカウンセリング室に置かれているパイプ椅子に座った。
 先程まで着ていたダッフルコートを膝の上に乗せていると、両手にマグカップを持った坂本がこちらに近づいて来た。

「ハンガーそこにあるから使っていいよ。
 カフェオレでいい?」

 坂本はこの部屋に入った時に、ダウンジャケットを脱いでハンガーを使っている。

「あ、うん。ありがとう。ハンガーも。使わせて貰うね」

 私は立ち上がり、カウンセリング室の隅に置いてあった簡易的なハンガーラックに掛かっていたハンガーの一つを手に取り、ダッフルコートをかけた。
 マフラーは、一先ずバッグの中へとしまい込む。
 テーブルの上に、シンプルなデザインのマグカップが二つ並べて置かれた。
 別に普通にコーヒーでも良かったのに、わざわざカフェオレを淹れてくれた坂本の優しさに胸がキュンと鳴る。

「俺、恥ずかしながらコーヒーって、実はこの位牛乳を入れなきゃ飲めなくてさ。
 コーヒーの香りは好きなんだけど、どうも味が苦手で……」

 照れ笑いしながら話す坂本が、何だか可愛く見えてしまう。

「何か、言いたい事はわかるよ。
 コーヒーの香り、私も好きだよ」

 私の言葉に、坂本も嬉しそうに頷いている。

「西田って、甘い物とか大丈夫なら、今度の休みにでもケーキバイキング行かないか?」

 とても魅力的なお誘いだ。
 甘い物は大好きだけど、年末の帰省で日頃の食生活では有り付けない食べ物を沢山食べている。
 確実にカロリーオーバーしている。

「ここのケーキバイキング、食べやすいサイズだから色んな種類食べられるってうちの妹が言ってた」

 そう言って坂本はポケットから一枚のチラシを取り出した。
 そこは二年近く前にオープンしたお店で、ローカル局でもよくテレビで放送されるちょっと名の知れたお店だった。
 確かテレビでも坂本が言う通りに小さくカットされたケーキが映し出されていたのを見た事がある。

「来月のバレンタインに向けて、新作のケーキもあるって言ってたし、もし都合が合えば……」

 坂本も精一杯の好意を伝えようとしてくれている。
 坂本の事を知りたい。
 私は十年前の坂本しか知らない。
 今の坂本の事、何も知らない。

「うん、今度一緒に行こうか。
 私も月末は忙しいから、そこを外したら大丈夫かな。
 ところで坂本ってクラス担任とかは持ってるの?
 年度末だから忙しいんじゃないの?」
 自然に返事をしていた。

「うん、今は一年生のクラスの担任をしてるんだ。さっきの一年二組が俺の担当。
 西田があの教室にいたんだと思うと感慨深いよ。
 時々さ、誰もいない放課後の教室で西田はもう卒業していないって分かってるのに、探してしまうんだ……。
 あの頃の西田の面影を。
 勝手に黄昏れて気持ち悪いよな」

 最後の言葉は心の中の本音だろうか。
 もし、坂本の本音なら、もう過去の呪縛から解放してあげなきゃ、坂本も私もお互い前に進めない。

「気持ち悪くなんてないよ!」

 思わず力一杯に声を上げてしまい、坂本も私も驚いている。

「気持ち悪くなんてない。
 さっき、一緒に回った教室は、全て坂本との思い出がある場所だった。
 同じクラスになる前に、会話をした場所だよね。
 それを思い出させてくれる為に、わざわざ教室にメモを置いてくれていたんだよね。
 あの頃は私もまだ幼くて自分の気持ちに気付けなかった。
 今だって、恋愛経験がないから坂本に対する気持ちが、恋なのかどうなのかよく分からない。
 でもっ、あの時の事、坂本の気持ちを聞いた今は、許せないって気持ちはもうないの。
 こんな事言って何こいつって思われるかも知れないけど……、嬉しかった」

 私の告白に、坂本は瞠目する。
 手にしていたマグカップをテーブルの上に置くと、坂本は席を立って私に近づいて来た。
 私もカフェオレが溢れない様にテーブルの中央寄りにマグカップを寄せて置くと、パイプ椅子から立ち上がった。

「西田結衣さん。
 俺ともう一度、一緒に恋を始めよう。
 あの日には戻れないけど、西田の事、大事にするから。
 もう傷付けないから。ゆっくりでいい。俺の事、ずっと好きでいて」

 坂本の渾身の告白に、私は頷いて応える。

「あの時みたいに泣かせないでよ?」

 坂本は私を抱き締めた。
 そして耳元で囁いた。

「もちろん。その代わり、ずっと俺の傍にいて」

 今日この場からやり直そう。
 あの日の恋をもう一度……。


ー終ー

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