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side結衣

動き出した時間

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 色々な事を言われて、正直頭の中はパニック状態だ。
 つい先ほど自覚した自分の坂本に対する気持ちや、坂本が私に抱いている好意、みんなの気持ち、考えれば考える程、上手く言葉に出す事が出来ない。
 そんな私の事を、優しい眼差しで見つめていてくれる。

「返事は急がないよ。
 俺も思春期の子供達を相手に毎日忙しいし、これから高校入試を迎える奴ら相手に神経使うし」

 坂本はそう言って視線を落とす。
 過去あの時の事を思い出したのだろうか。

「でも連絡先交換したし、これからはグイグイ行くから。
 少しでも俺の事を好きになって貰える様にアピールするから覚悟しといて」

 そう言ってニヤリと悪い表情かおを覗かせる。
 何だかこれは、素直に私の気持ちを伝えたら最後、逃げられないかも知れない。
 私は引きつった笑顔でその場をやり過ごそうとすると、坂本が話題を変えた。

「そう言えば、西田ってSNS何かやってる?」

 咄嗟に聞かれて私は首を横に振る。
 私のスマホに登録されているのは、家族と由美、後は職場と職場の人達とかかりつけの病院だけだ。
 会社の人とは、会社支給のガラホがあるのでそれで事足りる。
 両親や由美とは無料通話アプリを使っているけれど、その存在はすっかりと頭の中から抜け落ちていた。

「マジかー……。
 西田って、SNS本当にやってないんだな。
 ブログ書いたりとかした事ない?」

 坂本が私の顔を覗き込むものだから、私の顔は、きっと一気に赤くなっただろう。
 パソコン室内の空気はとても冷たい筈なのに、私一人、顔が熱い。
 頼むから急激に距離を詰めてくるのはやめてほしい。
 私は勢いよく頷いた。
 坂本はそんな私の顔を見て、クスクス笑った。
 一体何が可笑しいの?

「……ヤバイ、めっちゃ可愛い」

 謎の発言をする坂本に、これ以上見つめられると恥ずかしさで心臓が壊れてしまいそうだ。
 ただでさえ今、かなり心拍数が上がっている。

「さっきのURL、俺のブログのアドレスなんだ。
 俺が承認した人しか見られない様にしてるんだけど、アカウント作ったら教えてくれる?」

 見ると十年前の当時、流行った承認制のSNSのアドレスっぽい。
 このSNSなら、確か高校の時、アカウント作っていた筈だ。

「ここのサイトなら、昔、高校の頃にアカウント作ってたかも。
 ちょっと待って。
 アカウント残ってるかな……」

 私は手に持っているスマホで、坂本のメモに書いてあるサイトのログイン画面を検索した。
 メールアドレスは当時から変えていない。
 パスワードも……。
 恐る恐る入力して、ログインボタンを押した。

「あ、アカウントまだ生きてる」

 私の声に坂本が嬉しそうに顔を綻ばせて、私の手元を覗き込む。

「YUI、で登録してるんだな?  そしたら……」

 坂本はそう言って、自分のスマホでそのサイトにログインしたのだろう。
 検索機能を使って私のアカウントを特定し、友達申請の通知が来た。

「これ、承認してくれる?」

 私は頷いて、坂本が出した友達申請を承認した。

「西田に読まれるのは恥ずかしいけど……。
 俺、実は中学の頃このサイトでブログ書いてたんだ。
 時間がある時でいいんだけど、もし良かったら、その当時のブログ読んでみてくれないかな。
 西田にとって、あの頃の嫌な事を思い出させてしまうかも知れないけど……」

 坂本の精一杯の謝罪と懺悔。
 十年の月日が経ち、私もようやく素直に受け止められる。

「うん、わかった」

 私の顔は、まだ赤いままだろう。
 坂本に返事をすると、坂本は私をそっと抱き寄せた。

「こんな事するのは友達の範疇を超えてるけどごめん。
 今、めっちゃ嬉しくて。
 西田がこうして目の前にいて、俺と普通に会話をしてくれてる。
 夢じゃないんだよなって思ったら……。
 頼むからもう少しだけ、こうさせていて」

 坂本の抱擁の温かさに、私の強張っていた身体の力が抜けて行く。
 今、ようやくあの日から私の中で止まっていた時間が動き出したみたいだ。
 抱擁が解けて坂本は照れ隠しなのか、パソコンからSDカードを抜き取ると電源を落とした。

「この部屋は寒いだろう。
 てか教室全般、広すぎるから暖まるまで時間がかかるんだよな。
 場所変えようか」

 そう言って、坂本は私に退室を促した。
 パソコン室を出て、坂本がドアの施錠をする。
 二人並んで特別教棟を出ると、再び坂本が通路入口の施錠をする。
 本館を通過して、職員室のある教員棟へと向かい、連れて行かれたのはカウンセリング室。
 当時の相談室だった。

「ここ、簡易キッチンもあるから温かい飲み物でも飲もうぜ。
 コーヒー、紅茶、どっちがいい?」

 室内は私の記憶に残る古びた教室とはガラリと変わり、リフォームされていた。

「坂本と同じでいいよ、何でも飲める」

 坂本がファンヒーターのボタンを押して、室内には灯油が燃焼する匂いとコーヒーの匂いが漂い始める。
 ポットのお湯は坂本が予めセットしていたのだろう、コーヒーはすぐに用意された。

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