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side結衣

懐かしさと戸惑いと

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 引き戸に手をかけて、そっと教室の扉を開ける。
 カラカラと乾いた音を立てながら視界に入ったのは、懐かしい教室だ。
 入学して、確かドキドキしながらこの教室に入ったんだった。
 あの頃の記憶が蘇る。
 そして、坂本の書いたメモの水槽は、あの頃とは設置場所が変わり、教室の一番後ろのロッカー横に置かれていた。
 あの頃は、誰かが熱帯魚を持って来て飼育していたけれど、今は何が飼育されているのだろう。

「……入ってもいいの?」

「入らないとメモは取れないだろう?」

 当たり前の様に応えてくれる。
 何かあったとしても、教職員が一緒にいるのだから問題ないのだろう。
 私は小さな声でお邪魔しますと言って、教室の中に一歩踏み入れた。
 教室は相変わらず板張りの床で、歩くと少し軋む音がする。
 キョロキョロと教室内を眺めながら、目的である水槽に辿り着くと、水槽の中に魚はおらず、メモがあった。

『音楽室、グランドピアノ』

 今度は特別教棟だ。
 メモ紙を回収してそれを坂本に見せると、彼は頷いて教室を後にした。
 私も急いで坂本の後を追う。
 学生の頃は上履き用の靴で、教室内を駆け回る事が当たり前だったけれど、今はスリッパだ。
 しかも学校のではなく、明らかに坂本が持ち込んだであろう、この場に似つかわしくない可愛いモコモコのスリッパ。

 パステルピンクの可愛いこれを、わざわざ用意してくれたのは、プライベートでこれを履く人がいるからだろうな。
 そう思うと、何故か胸が苦しくなった。
 そんな自分の気持ちを見て見ぬ振りをしながら教室の引き戸を閉めて、坂本の後を追って特別教棟へと向かった。

 特別教棟には専門教科の教室が集結しており、音楽室、美術室、理科室、家庭科室、技術室、パソコン室、視聴覚室、図書室がある。
 坂本が一体どれだけのメモを各教室に仕込んでいるかわからないけど、まさか本館と特別教棟を行ったり来たりとかはないだろうか。
 大概この様な勘は当たるもので、音楽室のグランドピアノの上にあったメモにはこう書かれていた。

『二年三組、教卓の上』

 メモを見た途端にガックリと肩を落とす私を、声を殺して笑う坂本。
 そんな彼を睨みつけながら、メモ紙を回収して再び本館へと戻る私の後ろで、坂本は音楽室のドアの施錠をする。
 特別教棟の各教室は、それぞれ担当の先生が私物を置いている事もありもしもの事があった時に大変だからと言うけれど、それならば特別教棟にはメモを置かなければいいのにと思ったけど、卒業するとなかなか足を踏み入れる機会もない。
 ある意味坂本の優しさなのだろう。
 こうやって足を踏み入れる教室に、それぞれの思い出がある。

 そういえばこの音楽室で合唱コンクールの練習をしていた時に、指揮担当だった坂本が放課後残って指揮棒タクトを振る練習をしていたよな。
 私は当時、二ヶ月だけ吹奏楽部の助っ人をする事になり、音楽会に参加する為にトロンボーンを吹いていたのだ。
 小学校の時に鼓笛隊でトロンボーンの担当だった私は、腕を骨折して音楽会に出場出来なくなった後輩の代理で、先生に頼まれて無理矢理参加させられた。
 トロンボーンの特訓中に、坂本が指揮の練習をしたいからと言って、私が演奏する曲に合わせてタクトを振って練習していた。

 坂本とは三年の時だけ同じクラスだった筈だけど、意外と共通の思い出があった事を教室に入って思い出す。
 次に向かう二年三組の教室にも、坂本との思い出があった。
 ここは私が二年の時の教室で、確か坂本は二組だったと思う。

 夏休みに入る前、期末テストが終わってすぐの頃、珍しく坂本が英語の教科書を忘れたと言って同じバスケ部の子に教科書を借りに来た事があった。
 その子も教科書を忘れて来ており、隣の席に座る私に坂本が教科書を貸してくれと直談判して来たのだ。
 教科書を貸して戻って来た時に、ありがとうの言葉と一緒に飴玉を渡された。
 甘酸っぱいレモン味の飴玉を、当時は何も考えずに食べた記憶がある。

 今思えば、甘酸っぱい青春の思い出ばかりだ。
 二年三組の教室に入り、一番前にある教卓の上を見ると見覚えのあるメモ用紙が目に見えた。

「ねえ、今度は何処なの?」

 いい加減、うろついているのがそとから見えたら不審者で通報されたりしないだろうか。

「まあまあ、ちゃんと見つけてやって」

 坂本は言葉を濁す。
 あくまで全てのメモを回収させる気満々だ。
 これ以上何を言っても無駄なのだろう、私は溜息を吐いて教卓の上にあるメモを回収した。

『図書室カウンター』

 また特別教棟か……。
ガックリと肩を落としながらも教室を後 にして、再び特別教棟へと逆戻りだ。
 私は廊下を歩きながら、ふと廊下の窓ガラスに映る自分達の影を見た。
 身長もいつの間にか頭一つ分位の差がある。
 体格だって、私はあの頃より少し丸味を帯びているけれど、坂本は身長が伸びて今も身体を鍛えているのかガッシリとしている。
 男女の体格の差をまざまざと感じる。

 私のガラス越しの視線に気付かない坂本は、呑気に外の吹雪を見ながら明日の雪掻きの心配をしている。
 図書室は私が三年の時に図書委員をしており、大好きだった場所だ。
 坂本が鍵を開けて中に入った瞬間、沢山 の本の独特の匂いに包まれてあの頃を再び思い出す。
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