上 下
9 / 34
side結衣

坂本先生……?

しおりを挟む
 中学校の正門から体育館裏の通用口までは、少し距離がある。
 中学校の敷地を隔てるブロック塀沿いは吹き溜まりになるのか、路面よりも積雪の量も多い。
 そして日陰になる場所だから雪も融けにくい上に、踏み固められる雪がアイスバーン状態になり、非常に滑りやすくなる。
 私は足元に気を付けながら、ゆっくりと坂本の後ろに続いた。

 広くて逞しい坂本の背中は、もう中学生の頃の面影を感じさせない大人の男性のものだ。
 まるで、見知らぬ男の人みたいだ……。
 そんな大人になった坂本の後ろ姿に、何故私の胸はこんなにもドキドキするのだろう。
 坂本は、私がきちんと着いて来ているか、途中何度も振り返りながら前に進む。
 私が途中で帰るとでも思っているのだろうか。
 そんなに私は信用がないのだろうか。
 振り返って前に私の存在を確認する坂本と視線が合うと、思わず顔が赤くなる。

 マフラーを巻いていて良かった。
 少しでも顔を隠す事が出来るから。
 恥ずかしさのあまり、視線を足元に落として坂本を視界に入れない様に俯いて、坂本の後を追った。
 坂本は私の歩幅を考えてか、単に足元が悪いからか、ゆっくり歩いているので見失ったりする事はない。
 それに十年前まで三年間通学していた場所なのだ、校内の配置は何となく覚えている。

 古い鉄格子の門扉を開けて、私を中に誘導する坂本に、ふと疑問が湧いた。
 この鉄格子、確か施錠は南京錠だった筈。
 鍵はどうしたのだろう。
 いくら同窓会とは言え、鍵がないと勝手に中学校の内部になんて入れない。
 港北中に、当時の担任だった山田先生がまだ赴任中なのだろうか。
 それに校舎の中だって、警備保障会社のセキュリティを解除しなければ、不法侵入で通報されるのではないのだろうか。
 私の疑問は、すぐに解消された。
 坂本の意外な発言で。

「俺さ、教員採用試験に受かって、大学を卒業してすぐに新卒でここに赴任になったんだ。
 明日が仕事始めになるんだけどこの雪だろ、勘弁して欲しいよな?  この調子だと、朝一から雪掻きしなきゃ」

 ……坂本が、先生?
 思ってもみなかった発言に、私の足は止まった。
 そして、まじまじと坂本を見つめた。
 坂本は私の反応をきっとある程度予測していたのだろう、驚いた様子など見せずに私の手を取ると、職員通用口へと誘導する。
 私は坂本に腕を取られているので、後ろをついて行くのみだ。
 軒下を通って行くので、当然の事ながらそこに雪などは積もっておらず、足跡なんて一つも見当たらない。
 だから当時のクラスメイトの誰が来ているかなんて、この時点では知る由もなかった。

「もう、みんな集合してるの?」

 私の質問に坂本は何も応えない。
 黙々と歩いて行く。
 一体何処へ向かっているのだろう。
 それに、みんなが集まっているのなら、こうやって手を引かれている所を見られるのは非常に恥ずかしい。

「ねえ、何処へ行くの?」

「んー、ちょっとね。
 ……それはそうと、西田は確か卒業式の日、結局教室に上がって来ないでそのまま早退したんだよな」

 急に話題が十年前の事になり、私は身構える。

「……うん、確かあの日、卒業式の途中で気持ち悪くなって保健室で休んでたら熱が出て。
 お母さんも式に来てたし、あのまま病院に行った」

 慎重に言葉を選びながら、坂本の問いに応える。
 先程の私の問いに、まだ坂本は応えてくれていない。
 そっか、と坂本は呟くと、私の手をぎゅっと握りしめ、歩みを進めて行く。
 確かこの先には……。

『体育館裏の手前から三本目の支柱』

 ふとあの日保健室のベッドの中で握りしめていたメモを思い出した。
 私の考えが間違っていなければ、きっと坂本はそこに向かっている。
 あのメモの字は、私の記憶が間違っていなければ坂本の字だったと思う。
 一体何のつもりで私にあんな意味のわからないメモを握らせていたのだろう。
 坂本の後ろに黙ってついて行くと、やはり連れて来られたのは体育館裏だ。

 三本目の支柱に、何かメモが貼られている。
 私は、支柱からそのメモを剥がし手に取った。

『一年二組、教室の水槽』

 またまた意味不明な内容だ。
 不審者を見つめる様な警戒した私の眼差しに気付いた坂本は、苦笑いをしながらやっと口を開いた。

「あの日、一緒にこうやって校内散策したかったんだよ、西田と二人で。
 十年前のリベンジ、付き合ってよ」

 坂本の言葉は意味がわからない。
 十年前のあの日って、あの大雪の日の事?
 それとも卒業式の日の事?

「ねえ、ちょっと意味がわかんないんだけど……。
 今日は同窓会なんでしょう?  他のみんなは何処にいるの?
 何で私と坂本と二人しか居ないの?」

 肝心な私の知りたい事についてはスルーする。
 坂本は、私の手にしたメモを覗き込み、行くぞと声をかけると再び私の手を取って、本館の職員用通用口へと向かった。
 校舎内は土足厳禁だから、そこで靴を脱ぐのだろう。
 後を追いながら、私の手を引く坂本の手を見つめていた。
 通用口には、坂本が使っていると思われる上履き用の靴と、どうみても学校側が来客用に用意している中学校の名前の入った安っぽいスリッパでなく、足の冷えを緩和させるフワフワもこもこの可愛らしいスリッパが用意されていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

再会は魔法のような時を刻む~イケメンドクターの溺愛診察~

けいこ
恋愛
ある日、私は幼なじみの瑞と再会した。 誰……? 思わずそう言いたくなるくらいに、数年ぶりに出会った瑞は、見違える程の「超絶イケメン」になっていた。 しかも、私のマンションのすぐ近くに住んでいるみたいで…… 風邪を引いた私は、偶然、瑞が医師として勤める病院で診察してもらうことになり、胸に当てられた聴診器で、激しく打つ心音を聞かれてしまった。 この気持ちは何? 恋……? それとも……また別の感情? 自分の気持ちがわからなくて戸惑っているのに、瑞からのアプローチは止まらなくて…… 「お前は、そんなやつには似合わない。俺が忘れさせてやる」 彼氏にフラれた私に優しい言葉をかけてくれる瑞。その囁きにどうしようもなく心が動き、甘い一夜を過ごした2人。 でも、私は…… あなたとは釣り合わない、花が好きなただの地味な女。 それに、やっぱり…… 瑞は私の幼なじみ。 「一緒に住もう。お前の体調は、俺が毎日管理してやる」 瑞は、そうやって、私の不安な心をどんどん溶かしていく…… 大病院の跡取りであるあなたと、花屋に勤める恋愛下手な私。 私達を取り囲む、周りの人達の言動にも惑わされながら…… 何の変哲もない毎日が、まるで魔法にかけられたように、急激に動き出す…… 小川総合病院 内科医 菅原 瑞 28歳 × 「ラ・フルール」花屋店員 斉藤 愛莉 24歳

初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる

ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。 だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。 あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは…… 幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!? これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。 ※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。 「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。

10のベッドシーン【R18】

日下奈緒
恋愛
男女の数だけベッドシーンがある。 この短編集は、ベッドシーンだけ切り取ったラブストーリーです。

誤算だらけのケイカク結婚 非情な上司はスパダリ!?

奏井れゆな
恋愛
夜ごと熱く誠実に愛されて…… 出産も昇進も諦めたくない営業課の期待の新人、碓井深津紀は、非情と噂されている上司、城藤隆州が「結婚は面倒だが子供は欲しい」と同僚と話している場面に偶然出くわし、契約結婚を持ちかける。 すると、夫となった隆州は、辛辣な口調こそ変わらないものの、深津紀が何気なく口にした願いを叶えてくれたり、無意識の悩みに 誰より先に気づいて相談の時間を作ってくれたり、まるで恋愛結婚かのように誠実に愛してくれる。その上、「深津紀は抱き甲斐がある」とほぼ毎晩熱烈に求めてきて、隆州の豹変に戸惑うばかり。 そんな予想外の愛され生活の中で子作りに不安のある深津紀だったけど…

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

性欲の強すぎるヤクザに捕まった話

古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。 どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。 「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」 「たまには惣菜パンも悪くねぇ」 ……嘘でしょ。 2019/11/4 33話+2話で本編完結 2021/1/15 書籍出版されました 2021/1/22 続き頑張ります 半分くらいR18な話なので予告はしません。 強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。 誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。 当然の事ながら、この話はフィクションです。

冷徹上司の、甘い秘密。

青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。 「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」 「別に誰も気にしませんよ?」 「いや俺が気にする」 ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。 ※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。

俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる

春宮ともみ
恋愛
旧題:愛と快楽に溺れて ◆第14回恋愛小説大賞【奨励賞】受賞いたしました  応援頂き本当にありがとうございました*_ _) --- 私たちの始まりは傷の舐めあいだった。 結婚直前の彼女にフラれた男と、プロポーズ直前の彼氏に裏切られた女。 どちらからとなく惹かれあい、傷を舐めあうように時間を共にした。 …………はずだったのに、いつの間にか搦めとられて身動きが出来なくなっていた。 肉食ワイルド系ドS男子に身も心も溶かされてじりじりと溺愛されていく、濃厚な執着愛のお話。 --- 元婚約者に全てを砕かれた男と 元彼氏に"不感症"と言われ捨てられた女が紡ぐ、 トラウマ持ちふたりの時々シリアスじれじれ溺愛ストーリー。 --- *印=R18 ※印=流血表現含む暴力的・残酷描写があります。苦手な方はご注意ください。 ◎タイトル番号の横にサブタイトルがあるものは他キャラ目線のお話です。 ◎恋愛や人間関係に傷ついた登場人物ばかりでシリアスで重たいシーン多め。腹黒や悪役もいますが全ての登場人物が物語を経て成長していきます。 ◎(微量)ざまぁ&スカッと・(一部のみ)下品な表現・(一部のみ)無理矢理の描写あり。稀に予告無く入ります。苦手な方は気をつけて読み進めて頂けたら幸いです。 ◎作中に出てくる企業、情報、登場人物が持つ知識等は創作上のフィクションです。 ◆20/5/15〜(基本)毎日更新にて連載、20/12/26本編完結しました。  処女作でしたが長い間お付き合い頂きありがとうございました。 ▼ 作中に登場するとあるキャラクターが紡ぐ恋物語の顛末  →12/27完結済 https://www.alphapolis.co.jp/novel/641789619/770393183 (本編中盤の『挿話 Our if story.』まで読まれてから、こちらを読み進めていただけると理解が深まるかと思います)

処理中です...