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side結衣

消せない想い

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 あの当時、病院でイナビルはまだ出回っておらず、私はタミフルを処方された。
 予防接種と薬の効果のおかげもあり、発熱以外の症状は殆どなく、土日を挟んだせいもあり登校は一週間後となった。
 学校へ行くと、みんなが私を腫れ物扱いだ。
 高校受験直前に、インフルエンザに感染した可哀想な子と言う目で見ているのは一目瞭然だった。
 何て声をかけたらいいのか分からないと言ったところだろう。

 学年末考査も二月上旬に終わっているので、後は卒業までの単位取得の為に日数をこなす為の授業があるだけだ。
 県立高校の受験が最後だったので、卒業式の翌日が合格発表日だ。
 県立が本命でまだ進路が決まっていない子達は、ピリピリしている。 

 卒業式まで、あと三日。
 卒業式の準備や下級生の個人懇談で下校時間が早まったあの日、私は思い切って放課後の図書室に坂本を呼び出した。
 坂本は卒業式当日、生徒会長だった事もあり卒業生代表挨拶をする。
式の練習でも、答辞を読む姿はとても様になっていた。
 卒業を前に、彼に告白している女子達もチラホラいると言う噂も耳にした。
 もしかしたら他の子達にも誤解を招く行為かも知れなかったけれど、私はあの日の事をどうしても確認したかったのだ。

 図書室は卒業前と言う事もあり、図書委員会の図書当番も免除されているのか、カウンターにも室内にも誰一人いなかった。
 私は入ってすぐに目につく窓際で外の景色を眺めながら、坂本がやって来るのを待っていた。
 私が図書室に来てどの位の時間が経っただろう。
 廊下から足音が聞こえると、引き戸のドアが開き、坂本が姿を現した。

 いつ見ても、嫌味な位に爽やかを絵に描いたようなイケメンっぷりだ。
 中学三年で既に身長も百七十が近い長身だ。
 バスケ部の中では小柄な方かも知れないけれど、成長期真っ只中の坂本は、まだまだこれからも身長が伸びるに違いない。
 詰襟の学生服も、もう見納めだな。
 図書室に入って来た坂本の表情は、いつもの笑顔はなく、緊張しているのが私でも分かる。
 きっと、これから私が口にする話の内容も分かっている筈だ。
 これが告白ではない事に。

 坂本を呼び出したものの、いざ、本人を目の前にして何と言えばいいのだろう。
 私は頭の中が真っ白になる。
 私は深呼吸をして、自分の気持ちを落ち着かせる。
 そして、思い切って坂本に向かって声を発した。

「ねえ、私、知らないうちに坂本に嫌われるような事、何かしたかな?」

 この一言で、私が何を言いたいかが分かるだろう。
 途端、坂本の表情が変わった。
 坂本は入り口近くのカウンター側で固まったまま動かない。
 私も窓際のこの場所から動かず、坂本との距離は約三メートル。
 坂本はしばらく黙ったままだったけど、溜め息を一つ吐いてから、口を開いた。

「……確かにあれは嫌がらせって思うよな。
 受験の事、先生から聞いた。本当に、ごめん」

 坂本は、震える声で私に謝罪する。
でも、私はそんな坂本が許せなかった。

「……どうして?
 前もお弁当の連絡網の時だって、坂本は連絡網回してくれなかったよね?
 電話が繋がらなかったって、どうしてそんな見え透いた嘘吐くの?
 お弁当の時は、お母さんがたまたまママ友から聞いて知っていたから何とかなったけど、この前のはいくら何でも酷いよ。
 私の将来、これで変わっちゃったよ。
 私立の高校なんて、学費以外にも余計な出費が沢山あるよ。
 お父さん達に金銭面で余計な負担掛けちゃうじゃない!
 どうしてくれるの?
 通学だって、県立に受かったら近所だから朝もゆっくり出来る予定だったのに、今よりも早起きしなきゃダメなんだよ」

 思い付くままに、悪態をついた。
 坂本は、私の罵声を黙って聞いている。
 ただ、ごめんと言うだけで、理由を告げてくれない。

「確かに謝って欲しい気持ちはあったけど、何でそんな事したのか教えてよ。
 それとも、それを口にするのも嫌な位、私の事が嫌いなの?」

 私の言葉に、坂本は悲しそうな表情で私を見つめている。
 しばらくの間、お互いに沈黙したけれど、坂本からは何も返事がない。

「……わかった。
 卒業したらもう会う事はないだろうし、卒業式の日まではお互い我慢しよう。
 嫌な思いさせてたみたいでごめんね」

 私はそれだけ言い捨てると、図書室を後にした。

 もう、あんな奴の事なんて知らない。
 金輪際、坂本の事は忘れるんだ。
 卒業したら、学校だって違うからもう会う事はない。
 登校は学校が遠い分私の方が時間は早いし、帰宅時間も多分合わないだろう。
 友達の殆どが私の自宅近所の県立高校を受験していたけれど、高校が違えば交流だって無くなる筈だ。
 卒業後の成人式だって、何かしら理由を付けて欠席すればいいし、仮に同窓会があっても行かなければいい。
 そうやって接点をなくしていけば、みんなの記憶の中から私が消えて行く。
 みんなが私を忘れてくれたら、高校受験の事も忘れられる。
 今日、この日の嫌な思い出も……。
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