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第二章
第1話 何のために
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「はァ……はァ……」
平原を一人で疾走する。
夕焼けに染まる辺りには、人工物は無く、生き物の姿もない。
闘技場から出ると、そこは孤島だった。
魔族の存在が公になれば、大陸は震撼する。そのことを危惧した皇女が孤島に実験施設を建て、魔族を隔離したのだろう。
アルシェさんの力で海を渡り、南西部沿岸に着いたのは正午前。それから今に至るまで、休むことなく走り続けている。
一分一秒でも早く、ホリィの元へ辿り着く。
(早く、もっと早く……)
逸る気持ちが、足を前へ前へと送り込む。
“約束を果たす”その思いを原動力にし、道なき道を駆ける。だが――、
『キルト、今日はここまでだ』
頭の中に、ラルフさんの声が響いた。
『まだ走れます。仮に暗くなっても、オレなら走れますよ』
『ダメだ』
低く、響くようなラルフさんの声。
「…………」
無視という言葉が脳裏を巡る。しかし、ラルフさんはこちらの行動を読んでいたのか、さらに言葉を続けた。
『肩を見てみろ』
ラルフさんに指摘され、視線を肩に向ける。肩の上にはエノディアさんが座っているのだが、彼女はぐったりとしながら虚空を見つめていた。
その姿を見て、脚の回転が遅くなる。
「――……ッ! キルト、どうしたの?」
こちらの視線に気付いたエノディアさんが声を上げる。だが、その声には力がなかった。
完全に足を止めた。
「……今日はここまでにしましょう」
エノディアさんにそう言って、一晩過ごすための場所を探すことにした。
◇◇◇◇◇
湿った土の匂いと、青々しい草木の匂いは日本と同じ。しかし、夜天には大小二つの月に、まるで宝石を散りばめたように色とりどりの星々が煌めいている。
レオガルドの夜は、地球とはまったく異なっていた。
「ぷは~、生き返る!」
エノディアさんが、専用のグラスに注いだ水を飲み干して声を上げた。
「お、いい飲みっぷりだなぁ、エノ。オレも酒が飲みてぇな」
「何言ってるの、鎧が飲めるわけないでしょ~」
「だよなァ。クソ、この鎧にまさかこんな欠点があるとは思ってもみなかったぜ。あぁ、酒飲みてぇ~」
エノディアさん、ラルフさん、アルシェさん、自分の四人で焚火を囲み、集めて来た石や倒木に腰かける。
「そういえばさ、ラルのおっちゃん。なんで、キルトの髪型を変えたの? 走ってる時にさ、ちょくちょく当たるんだよね。この髪型じゃなきゃダメな理由でもあんの?」
エノディアさんの言うように、ラルフさんの指示で髪型を変えさせられた。しかもそれは、皇国の者たちやラルフさんもしていた襟足だけを長く伸ばし、束ねる髪型だった。
「あぁ、エノは知らねぇか。この髪型はな、かつて勇者が広めた、ちょんまげっつうんだ」
「ぶッ」
ラルフさんの言葉を聞き、口含んでいた水を吹き出す。
「ちょっとー、汚いよ、キルト」
「ゲホ……、す、すいません……話を続けてください」
口回りを拭いながら、話を止めてしまったことを詫びる。
(これって、ちょんまげだったのか。……全然違くねぇ? けど、皇国の人は全員してたし、わざわざこの髪型にさせられたってことは、レオガルドじゃあ一般的なのか? 服装も、着物っぽい上着にズボンって、皇国と同じだし……)
さすがに、簡易着のままで移動することはできない。そのため、今は実験施設にあった人間衣服を着ていた。それだけでなく、役立ちそうなものはすべて持ち出している。
(もっと色々知らないと……)
レオガルドの知識が、あまりにも乏しすぎる。日本人であるということは隠しているのだ。ぼろを出さないように気を付けながら、二人の会話が途切れたタイミングで知識を増やすために口を開く。
「それにしても、ずいぶん静かですね?」
生き物がいないわけではない。気配を探ると、遠方に小さな青い火が点々としている。ただ、そのどれもがこちらに気付いた途端に脱兎の如く逃げていく。
闘技場の時もそうだった。
しかし、気になったのは魔物ではなく、それ以外の生物である。特に気になったのは虫。手つかずの自然の中にいるのに、虫の鳴き声一つ聞こえないのだ。
「そりゃあ、キルトがいるからだろ。魔物どもがビビッて近づいてきやしねぇ。警守《ガード》やってた時なんか、夜は交代で見張りをしなきゃならねぇから碌に寝れやしねぇんだ。キルトがいると便利でいいな! ガッハッハッ――」
ラルフさんが、豪快に笑う。
(……ラルフさんの感じ、虫がいないのはこの世界だと普通なのか?)
「ふ~ん、それなら魔物を気にせずガンガン進めるね」
「あ? 景色が見たいって肩に座って、クタクタになってたヤツが言うセリフじゃねぇな」
「むー、しょうがないでしょー! キルトの足すっごく速いし、休憩もなかったんだからー!」
「あ、えっと、すいません……」
この会話の流れも、既に一連となっていた。
エノディアさんとラルフさんが言い合い、それに自分が巻き込まれ、アルシェさんが微笑みながら眺める。
「ガッハッハッ――……あぁ、ただ、気にせずガンガンってぇのは止めた方が良いな」
和気あいあいとした雰囲気の中、ラルフさんが呟く。その声は、穏やかだが、強い意志が込められていた。
「どうして? キルトより強い魔物はいないんでしょ?」
エノディアさんが小首を傾げ、ラルフさんに疑問を投げかける。
「いねぇな。けど、それは魔物にはって話だ」
「ん? それって、人ならキルトを倒せるってこと? ウソでしょ?」
確かに、正直信じられなかった。そのため、ラルフさんを見つめてしまう。すると、視線に気付いたのかラルフさんがそのわけを話し出す。
「確かに、キルトに勝てるヤツは俺の知る限りではいねぇ。いねぇけど、それはあくまで一騎打ちで、だ」
「えー、何人いても変わんないと思うけど?」
「もちろん、そこいらのパーティーじゃあ話にならねぇ。そうだな……最強の警守≪桃姫≫のパーティーに、帝国軍、それと≪金光鳴≫を筆頭にした処刑衆ども、あとは、教国の東方聖十二騎士団。ここらの連中なら五分だろうな」
ラルフさんが指を折りながら、つらつらと名を挙げた。
「でも……う~ん、やっぱり無理だと思うけど?」
どうしても納得できないエノディアさんに対し、ラルフさんは顎先を撫でながら考え込み出した。
暫くして、ラルフさんは考えが纏まったのか口を開く。
「なぁ? 武には何が必要だと思う?」
「武に必要なもの……?」
唐突な問いかけだが、言われるがままに考えてみる。
「そんなのカッコ良さに決まってるでしょ!」
一切間を置かず、エノディアさんは声を上げながら拳を突き出すようなポーズを取った。
「ガッハッハッ――、確かにそれも大事だな」
(いや、関係なくね……)
二人のやり取りに、思わず心の中で本音を零す。
「キルトはどうだ?」
「……我慢強さとか、忍耐ですかね?」
武と聞いて、最初に浮かんだのは修行。長きに渡る厳しい修行を経て、武を極める。そんなイメージがあった。
「え~地味~」
エノディアさんが口を尖らせ、つまらなそうに呟く。
「普通、そんな感じじゃないですか……。アルシェさんはどう思いますか?」
会話に混ざらずに黙っているアルシェさんへ話を振ってみた。
「私は……申し訳ございません。何も思い浮かびません」
微笑みを浮かべていたアルシェさんは、話を振られた途端に笑みを消し、僅かに目を伏せた。
「お嬢には、畑違いの話だろうな」
(ッ、お嬢……)
明らかに、何かを知っているような発言。目だけをアルシェさんに向けてみるが、彼女の表情からは何も読めない。
(変に追及したら怪しまれるか……)
ラルフさんの発言は気になったが、不用意な発言は控えるべきだと判断した。
「さっきの質問は、どういう意味なんですか?」
代わりに先ほどの問いかけについて尋ねると、ラルフさんはおもむろに薪を焚火の中へ放り込んだ。
「知ってるとは思うがよ、昔の人間は魔獣にすら太刀打ちできねぇほど弱かった。けどな、それを良しとしねぇ人たちが、勇者に教えを乞うたんだ。いいか、武っていうのはな、強ぇヤツと戦うために人が得たモンだ」
パチパチと音を鳴らしながら燃える薪とラルフさんの声が、物静かな夜の闇に沁み込む。
「自分より強い相手に挑むのが武……だから、人はキルトに勝てるってこと?」
「ちぃっと違う。一流の武人ってぇのはな、勝つことは二の次で、負けねぇことに徹するんだ。出来る限り立ち回りながら相手の弱点を探して、見つけたら一旦逃げる。で、作戦立てて、適任のヤツを集めて、叩く。これが一流の武人だ」
エノディアさんが、眉を顰める。
「なんかズルくない?」
言葉を濁さずに、エノディアさんが思いを口にした。
「ズルい? あったりめぇだろ。生き物、命あっての物種だ。やれ英雄だ、やれ勇者だっつって命張るヤツは、死にたがりの馬鹿だ。一流の武人ってぇのはな、決死で戦うんじゃねぇ、死なねぇように必死で戦うんだよ」
ラルフさんの口から出た死という言葉を聞き、思わず顔を強張らせてしまう。しかし――、
「キルト。お前気にし過ぎだぞ。あん時は、俺がお前より弱かったってだけだ。あとは……まぁ、こりゃあ今はいいか……。とにかくだ。誰が悪りぃっていうなら、それは弱かった俺だ。いつまでも気にすんな」
「…………」
たとえ本人から言われても、「はい」などとは口が裂けても言えなかった。気の利いた返しも思いつかず、次第にいたたまれなくなって顔を伏せる。
「はァ……ったく、クソ真面目だな。しんどいだろ」
「そこが良いところじゃん」
エノディアさんが、こちらに顔を向けて満面の笑みを浮かべてくれた。
「話が逸れたな。要はだ。キルトに勝てるまで、何度でも挑むんだ。仮にそいつ等が死んだとしても、残った仲間たちが受け継ぐ。そしていつの日か、必ずキルトを倒す」
「ふ~ん。ならさ、キルトも武を習えばいいんじゃない? そうすれば、敵なしになるじゃん」
「…………」
焚火の音だけが静かに響き、火の粉が舞う。
「ダメなの?」
エノディアさんがもう一度声を上げた。すると、ラルフさんは先ほどよりも声を落として喋り出す。
「いや、ダメってわけじゃねぇ。ただ……武には何が必要か、そこが大事になってくる」
「さっき言ってたことだよね? 結局、何なの?」
「心だ。武には『心』がいる」
「心?」
「そうだ。武はな、暴力じゃねぇんだ。何のために、誰のために使うのか。それを心に刻んで、初めて力が武になるんだ」
静かだが、力が込められたラルフさんの声。
「武の道を歩んできた先人たちはな、地道に積み重ねていったんだ。そして、それを次の世代に、後世に受け継いでいった」
ラルフさんの声が徐々に真剣さ帯びていき、自然と姿勢を正した。
「ほとんどの人間はな、越えられねぇ壁にぶつかるんだ。そん時の絶望は、計り知れねぇ……。でもな、それでも武の道を歩み続けるんだ。先人たちから受け継いだものを、途絶えさせねぇために。そうやって連綿と受け継がれていく中で、稀に現れる壁を越えれるヤツが、先人たちの心に触れて、武を更なる高みに引き上げるんだ」
ラルフさんが、ゆっくりとこちらを見つめてくる。
「だからよ、ただ武を習えばいいってわけじゃねぇんだ。もし武を習いてぇなら『何のために』『誰のために』武を使うのか、いっぺん考えてみろ」
「何のために、誰のために……」
「キルト。もうお前には、力がある。とてつもねぇ力がな。だからよ、ちゃんと向き合って答えを出してみろ。武を習うのは、それからだ」
◇◇◇◇◇
朝日が、靄《もや》を薄橙色に染め上げる早朝。
「それじゃあ、行きますか」
「おー!」
一晩寝て、エノディアさんの元気も満タンのようだった。
「ま~た穴の中か。はァ……ランプはあるがよ、暗くて、息が詰まんだよな~」
「どうにかしますから、今はすいませんけど、我慢してください」
そう言いながら、黒い穴を出現させる。
「魔族に仲間って勘違いされる鎧で、外なんか走れないでしょ~。どうする? 今からでも、普通のに変える?」
「嫌だ!」
ラルフさんが声を張り上げ、勢い良く穴の中に飛び込む。それに続くように、アルシェさんも穴の中へと入っていった。
「それじゃあ、しゅっぱーつ!」
アルシェさんの掛け声のもと、駆け出した。
そして何度か休憩を挟みつつ、太陽が傾きかけるまで走った頃――、
「あれは……?」
遠方に、聳え立つ壁が現れた。
平原を一人で疾走する。
夕焼けに染まる辺りには、人工物は無く、生き物の姿もない。
闘技場から出ると、そこは孤島だった。
魔族の存在が公になれば、大陸は震撼する。そのことを危惧した皇女が孤島に実験施設を建て、魔族を隔離したのだろう。
アルシェさんの力で海を渡り、南西部沿岸に着いたのは正午前。それから今に至るまで、休むことなく走り続けている。
一分一秒でも早く、ホリィの元へ辿り着く。
(早く、もっと早く……)
逸る気持ちが、足を前へ前へと送り込む。
“約束を果たす”その思いを原動力にし、道なき道を駆ける。だが――、
『キルト、今日はここまでだ』
頭の中に、ラルフさんの声が響いた。
『まだ走れます。仮に暗くなっても、オレなら走れますよ』
『ダメだ』
低く、響くようなラルフさんの声。
「…………」
無視という言葉が脳裏を巡る。しかし、ラルフさんはこちらの行動を読んでいたのか、さらに言葉を続けた。
『肩を見てみろ』
ラルフさんに指摘され、視線を肩に向ける。肩の上にはエノディアさんが座っているのだが、彼女はぐったりとしながら虚空を見つめていた。
その姿を見て、脚の回転が遅くなる。
「――……ッ! キルト、どうしたの?」
こちらの視線に気付いたエノディアさんが声を上げる。だが、その声には力がなかった。
完全に足を止めた。
「……今日はここまでにしましょう」
エノディアさんにそう言って、一晩過ごすための場所を探すことにした。
◇◇◇◇◇
湿った土の匂いと、青々しい草木の匂いは日本と同じ。しかし、夜天には大小二つの月に、まるで宝石を散りばめたように色とりどりの星々が煌めいている。
レオガルドの夜は、地球とはまったく異なっていた。
「ぷは~、生き返る!」
エノディアさんが、専用のグラスに注いだ水を飲み干して声を上げた。
「お、いい飲みっぷりだなぁ、エノ。オレも酒が飲みてぇな」
「何言ってるの、鎧が飲めるわけないでしょ~」
「だよなァ。クソ、この鎧にまさかこんな欠点があるとは思ってもみなかったぜ。あぁ、酒飲みてぇ~」
エノディアさん、ラルフさん、アルシェさん、自分の四人で焚火を囲み、集めて来た石や倒木に腰かける。
「そういえばさ、ラルのおっちゃん。なんで、キルトの髪型を変えたの? 走ってる時にさ、ちょくちょく当たるんだよね。この髪型じゃなきゃダメな理由でもあんの?」
エノディアさんの言うように、ラルフさんの指示で髪型を変えさせられた。しかもそれは、皇国の者たちやラルフさんもしていた襟足だけを長く伸ばし、束ねる髪型だった。
「あぁ、エノは知らねぇか。この髪型はな、かつて勇者が広めた、ちょんまげっつうんだ」
「ぶッ」
ラルフさんの言葉を聞き、口含んでいた水を吹き出す。
「ちょっとー、汚いよ、キルト」
「ゲホ……、す、すいません……話を続けてください」
口回りを拭いながら、話を止めてしまったことを詫びる。
(これって、ちょんまげだったのか。……全然違くねぇ? けど、皇国の人は全員してたし、わざわざこの髪型にさせられたってことは、レオガルドじゃあ一般的なのか? 服装も、着物っぽい上着にズボンって、皇国と同じだし……)
さすがに、簡易着のままで移動することはできない。そのため、今は実験施設にあった人間衣服を着ていた。それだけでなく、役立ちそうなものはすべて持ち出している。
(もっと色々知らないと……)
レオガルドの知識が、あまりにも乏しすぎる。日本人であるということは隠しているのだ。ぼろを出さないように気を付けながら、二人の会話が途切れたタイミングで知識を増やすために口を開く。
「それにしても、ずいぶん静かですね?」
生き物がいないわけではない。気配を探ると、遠方に小さな青い火が点々としている。ただ、そのどれもがこちらに気付いた途端に脱兎の如く逃げていく。
闘技場の時もそうだった。
しかし、気になったのは魔物ではなく、それ以外の生物である。特に気になったのは虫。手つかずの自然の中にいるのに、虫の鳴き声一つ聞こえないのだ。
「そりゃあ、キルトがいるからだろ。魔物どもがビビッて近づいてきやしねぇ。警守《ガード》やってた時なんか、夜は交代で見張りをしなきゃならねぇから碌に寝れやしねぇんだ。キルトがいると便利でいいな! ガッハッハッ――」
ラルフさんが、豪快に笑う。
(……ラルフさんの感じ、虫がいないのはこの世界だと普通なのか?)
「ふ~ん、それなら魔物を気にせずガンガン進めるね」
「あ? 景色が見たいって肩に座って、クタクタになってたヤツが言うセリフじゃねぇな」
「むー、しょうがないでしょー! キルトの足すっごく速いし、休憩もなかったんだからー!」
「あ、えっと、すいません……」
この会話の流れも、既に一連となっていた。
エノディアさんとラルフさんが言い合い、それに自分が巻き込まれ、アルシェさんが微笑みながら眺める。
「ガッハッハッ――……あぁ、ただ、気にせずガンガンってぇのは止めた方が良いな」
和気あいあいとした雰囲気の中、ラルフさんが呟く。その声は、穏やかだが、強い意志が込められていた。
「どうして? キルトより強い魔物はいないんでしょ?」
エノディアさんが小首を傾げ、ラルフさんに疑問を投げかける。
「いねぇな。けど、それは魔物にはって話だ」
「ん? それって、人ならキルトを倒せるってこと? ウソでしょ?」
確かに、正直信じられなかった。そのため、ラルフさんを見つめてしまう。すると、視線に気付いたのかラルフさんがそのわけを話し出す。
「確かに、キルトに勝てるヤツは俺の知る限りではいねぇ。いねぇけど、それはあくまで一騎打ちで、だ」
「えー、何人いても変わんないと思うけど?」
「もちろん、そこいらのパーティーじゃあ話にならねぇ。そうだな……最強の警守≪桃姫≫のパーティーに、帝国軍、それと≪金光鳴≫を筆頭にした処刑衆ども、あとは、教国の東方聖十二騎士団。ここらの連中なら五分だろうな」
ラルフさんが指を折りながら、つらつらと名を挙げた。
「でも……う~ん、やっぱり無理だと思うけど?」
どうしても納得できないエノディアさんに対し、ラルフさんは顎先を撫でながら考え込み出した。
暫くして、ラルフさんは考えが纏まったのか口を開く。
「なぁ? 武には何が必要だと思う?」
「武に必要なもの……?」
唐突な問いかけだが、言われるがままに考えてみる。
「そんなのカッコ良さに決まってるでしょ!」
一切間を置かず、エノディアさんは声を上げながら拳を突き出すようなポーズを取った。
「ガッハッハッ――、確かにそれも大事だな」
(いや、関係なくね……)
二人のやり取りに、思わず心の中で本音を零す。
「キルトはどうだ?」
「……我慢強さとか、忍耐ですかね?」
武と聞いて、最初に浮かんだのは修行。長きに渡る厳しい修行を経て、武を極める。そんなイメージがあった。
「え~地味~」
エノディアさんが口を尖らせ、つまらなそうに呟く。
「普通、そんな感じじゃないですか……。アルシェさんはどう思いますか?」
会話に混ざらずに黙っているアルシェさんへ話を振ってみた。
「私は……申し訳ございません。何も思い浮かびません」
微笑みを浮かべていたアルシェさんは、話を振られた途端に笑みを消し、僅かに目を伏せた。
「お嬢には、畑違いの話だろうな」
(ッ、お嬢……)
明らかに、何かを知っているような発言。目だけをアルシェさんに向けてみるが、彼女の表情からは何も読めない。
(変に追及したら怪しまれるか……)
ラルフさんの発言は気になったが、不用意な発言は控えるべきだと判断した。
「さっきの質問は、どういう意味なんですか?」
代わりに先ほどの問いかけについて尋ねると、ラルフさんはおもむろに薪を焚火の中へ放り込んだ。
「知ってるとは思うがよ、昔の人間は魔獣にすら太刀打ちできねぇほど弱かった。けどな、それを良しとしねぇ人たちが、勇者に教えを乞うたんだ。いいか、武っていうのはな、強ぇヤツと戦うために人が得たモンだ」
パチパチと音を鳴らしながら燃える薪とラルフさんの声が、物静かな夜の闇に沁み込む。
「自分より強い相手に挑むのが武……だから、人はキルトに勝てるってこと?」
「ちぃっと違う。一流の武人ってぇのはな、勝つことは二の次で、負けねぇことに徹するんだ。出来る限り立ち回りながら相手の弱点を探して、見つけたら一旦逃げる。で、作戦立てて、適任のヤツを集めて、叩く。これが一流の武人だ」
エノディアさんが、眉を顰める。
「なんかズルくない?」
言葉を濁さずに、エノディアさんが思いを口にした。
「ズルい? あったりめぇだろ。生き物、命あっての物種だ。やれ英雄だ、やれ勇者だっつって命張るヤツは、死にたがりの馬鹿だ。一流の武人ってぇのはな、決死で戦うんじゃねぇ、死なねぇように必死で戦うんだよ」
ラルフさんの口から出た死という言葉を聞き、思わず顔を強張らせてしまう。しかし――、
「キルト。お前気にし過ぎだぞ。あん時は、俺がお前より弱かったってだけだ。あとは……まぁ、こりゃあ今はいいか……。とにかくだ。誰が悪りぃっていうなら、それは弱かった俺だ。いつまでも気にすんな」
「…………」
たとえ本人から言われても、「はい」などとは口が裂けても言えなかった。気の利いた返しも思いつかず、次第にいたたまれなくなって顔を伏せる。
「はァ……ったく、クソ真面目だな。しんどいだろ」
「そこが良いところじゃん」
エノディアさんが、こちらに顔を向けて満面の笑みを浮かべてくれた。
「話が逸れたな。要はだ。キルトに勝てるまで、何度でも挑むんだ。仮にそいつ等が死んだとしても、残った仲間たちが受け継ぐ。そしていつの日か、必ずキルトを倒す」
「ふ~ん。ならさ、キルトも武を習えばいいんじゃない? そうすれば、敵なしになるじゃん」
「…………」
焚火の音だけが静かに響き、火の粉が舞う。
「ダメなの?」
エノディアさんがもう一度声を上げた。すると、ラルフさんは先ほどよりも声を落として喋り出す。
「いや、ダメってわけじゃねぇ。ただ……武には何が必要か、そこが大事になってくる」
「さっき言ってたことだよね? 結局、何なの?」
「心だ。武には『心』がいる」
「心?」
「そうだ。武はな、暴力じゃねぇんだ。何のために、誰のために使うのか。それを心に刻んで、初めて力が武になるんだ」
静かだが、力が込められたラルフさんの声。
「武の道を歩んできた先人たちはな、地道に積み重ねていったんだ。そして、それを次の世代に、後世に受け継いでいった」
ラルフさんの声が徐々に真剣さ帯びていき、自然と姿勢を正した。
「ほとんどの人間はな、越えられねぇ壁にぶつかるんだ。そん時の絶望は、計り知れねぇ……。でもな、それでも武の道を歩み続けるんだ。先人たちから受け継いだものを、途絶えさせねぇために。そうやって連綿と受け継がれていく中で、稀に現れる壁を越えれるヤツが、先人たちの心に触れて、武を更なる高みに引き上げるんだ」
ラルフさんが、ゆっくりとこちらを見つめてくる。
「だからよ、ただ武を習えばいいってわけじゃねぇんだ。もし武を習いてぇなら『何のために』『誰のために』武を使うのか、いっぺん考えてみろ」
「何のために、誰のために……」
「キルト。もうお前には、力がある。とてつもねぇ力がな。だからよ、ちゃんと向き合って答えを出してみろ。武を習うのは、それからだ」
◇◇◇◇◇
朝日が、靄《もや》を薄橙色に染め上げる早朝。
「それじゃあ、行きますか」
「おー!」
一晩寝て、エノディアさんの元気も満タンのようだった。
「ま~た穴の中か。はァ……ランプはあるがよ、暗くて、息が詰まんだよな~」
「どうにかしますから、今はすいませんけど、我慢してください」
そう言いながら、黒い穴を出現させる。
「魔族に仲間って勘違いされる鎧で、外なんか走れないでしょ~。どうする? 今からでも、普通のに変える?」
「嫌だ!」
ラルフさんが声を張り上げ、勢い良く穴の中に飛び込む。それに続くように、アルシェさんも穴の中へと入っていった。
「それじゃあ、しゅっぱーつ!」
アルシェさんの掛け声のもと、駆け出した。
そして何度か休憩を挟みつつ、太陽が傾きかけるまで走った頃――、
「あれは……?」
遠方に、聳え立つ壁が現れた。
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二度に渡る大侵略を経て、ロードルシアは大陸に覇を唱える一大帝国となった。
かつて英雄として名を馳せたアルゴノート。その名が持つ価値は、いつしか劣化の一途辿ることになる。
時は、記念すべき帝国歴五十年の佳節。
アルゴノートは、今や荒くれ者の代名詞と成り下がっていた。
『アルゴノート』の少年セスは、ひょんなことから貴族令嬢シルキィの護衛任務を引き受けることに。
典型的な貴族の例に漏れず大のアルゴノート嫌いであるシルキィはセスを邪険に扱うが、そんな彼女をセスは命懸けで守る決意をする。
シルキィのメイド、ティアを伴い帝都を目指す一行は、その道中で国家を巻き込んだ陰謀に巻き込まれてしまう。
セスとシルキィに秘められた過去。
歴史の闇に葬られた亡国の怨恨。
容赦なく襲いかかる戦火。
ーー苦難に立ち向かえ。生きることは、戦いだ。
それぞれの運命が絡み合う本格派ファンタジー開幕。
苦難のなかには生きる人にこそ読んで頂きたい一作。
○表紙イラスト:119 様
※本作は他サイトにも投稿しております。
終焉の謳い手~破壊の騎士と旋律の戦姫~
柚月 ひなた
ファンタジー
理想郷≪アルカディア≫と名付けられた世界。
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原因は呪詛。記憶がない不安と呪詛に苦しむ彼女にルーカスは「この名に懸けて誓おう。君を助け、君の力になると——」と、騎士の誓いを贈り奮い立つ。
かくして、ルーカスとイリアは仲間達と共に様々な問題と陰謀に立ち向かって行くが、やがて逃れ得ぬ宿命を知り、選択を迫られる。
何を救う為、何を犠牲にするのか——。
これは剣と魔法、歌と愛で紡ぐ、終焉と救済の物語。
ダークでスイートなバトルロマンスファンタジー、開幕。
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