悪服す時、義を掲ぐ

羽田トモ

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第一章

第3話 天賜

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 “降臨の間”。

 研磨された石材で造られた降臨の間は、格式高く、自然と背筋が伸びるような場所だった。ひと際目に付くのは、床に敷かれた赤い絨毯。三つある扉、その真ん中の扉から玉座まで真っ直ぐに敷かれた絨毯は、夜明けを表しているのだという。 

(何から何まで、ホントすげぇな……) 

 注意されないように気を付けながら、降臨の間を眺める。

 パトリシア様からの申し出を受け入れた後、「皆様のことを皇王陛下に奏上したところ、是非、直接挨拶なさりたいとのことです。ご足労おかけしますが、降臨の間にお越しいただけますでしょうか?」 と言われた。

(ん? あの壁……) 

 玉座が置かれている壁を眺めていると、とある箇所が目に留まった。それは、壁に施された太陽の彫刻。 

 降臨の間は、全てが左右対称で造られている。だが、なぜか玉座が置かれている右側の壁の彫刻だけが異なっていた。 

(あの扉のせいで左右対称にできなかったのか? でも、扉が付くなんて最初から分かってるだろうし……なんでだ?) 

 壁の左右非対称について考え込んでいると、臣下の纏う空気が変わった。 

「サンランデッド皇国第十四代皇王ルイ・ライツ・クック・サンランデッド様、御来光」 

 眺めていた扉が開かれ、皇王様が姿を見せる。 

 体格は大きくない。だが、堂々とした佇まい、威風を纏った姿が見た目以上に体を大きく見せていた。パトリシア様と同じ赤を基調とした衣服を着ており、その上に煌びやかな青い装飾品の数々を身に付け、王者としての風格を示していた。 

「面を上げよ」 

 玉座に腰掛けた皇王様は、静寂を破る。 

「朝の子らよ。此度は異世界の面倒ごとに巻き込んでしまい、済まぬ」 
「いえ、話は聞きました。皇国の方々に非はないと思います。それに、何も分からない僕たちを丁寧な対応で助けていただきました。こちらこそ、ありがとうございます」

 生徒代表として、成世が答える。
 
「陛下」 

 成世が答え終えると、パトリシア様が口を開いた。 

「こちらの御方は、代表の成世太陽様です。お名前の太陽は、神がおられる太陽と同じだそうです」 

 パトリシア様が、称えるように成世の名前を告げる。 

「それは誠かッ!? ……そうか、神はまだ人を見守っているのか……」 

 皇王様は天を見上げ、目を瞑る。暫しの間黙った皇王様は、おもむろに成世へ顔を向けた。 

「勇者がこの地を救い、平和が訪れてから千年の時が流れた。千年。そのような節目の年に太陽の名を持つ朝の子が降り立ったのは神の意志があり、定めやもしれぬな」 

 皇王様の声は低く、大きな声も出してはいない。それでも、よく通る穏やかな声だった。 
 
「成世殿。そして、朝の子らよ。巻き込んだ詫びとして、国を挙げて世話をすることを余の名において誓おう。慣れぬこともあるとは思うが、この宮殿を我が家と思い、ゆるりと羽を伸ばされよ。今宵は歓迎の晩餐も用意しておる」 
「ありがとうございます」 

 成世との会話を終えると、皇王様は大臣である老人《フィリーダス》に声をかけた。 

「して、フィリーダスよ。朝の子らの天賜《てんし》どうであった?」 
「いえ、陛下。まだ天賜《てんし》は調べてはおりません」 
「む、なぜだ?」 

 (てんし……? 何の話だ?) 

 初めて聞く言葉に、疑問を抱く。 

「陛下」 
「どうした、パトリシアよ」 
「はい。皆様は突然の異世界に当然ではございますが、混乱なさっておいででした。そのため、まだ天賜の説明も確認もしておりません。説明や確認を行うのは、こちらでの生活に慣れていただいた後に行った方がよいと思われます」 

 老人《フィリーダス》に代わり、パトリシア様が皇王様の問いに答えた。 

「そうだな、少々気が急いてしまったようだ。だが、パトリシアよ。朝の子の力は強大。知らぬままでは、不測の事態が起こるやもしれん。もし怪我人でも出そうものなら、先代たちに立つ瀬が立たぬ。晩餐まで時間があるゆえ、確認と説明は済ませよ。よいな?」 
「かしこまりました」 
「では朝の子らよ、すまぬが、余はこれで失礼する。晩餐の席でまた会おう」 

 皇王様は立ち上がると、臣下を連れて降臨の間から退室した。 

「皆様、お疲れさまでした」 
「あの、てんしというのは一体何なんですか?」 

 成世がパトリシア様に問い質す。その声は真剣なものであり、真っ直ぐに見つめていた。それは成世だけでなく、この場にいる全員がそうだった。 

「もちろんご説明させていただきます。ですが、まず謝罪をさせてください。私が説明を怠ったことで、皆様にご不安な思いを抱かせてしまいました。本当に申し訳ございませんでした」 
「パトリシア様を攻めてるわけではありません。ただ知りたいだけです。お願いします。教えてください」 
「ありがとうございます。もちろん天賜のご説明をさせていただきます」 

 パトリシア様は、天賜の説明を始めた。 

「先ほどご説明させていただいた穴。その穴には、特別な力が満たされているのです」 




◇◇◇◇◇





「天賜をご確認するための道具を、先ほどの広間に準備しております」とパトリシア様に言われ、広間へと戻ると、青く輝く水晶のような物が置かれていた。 
  
「皆様、こちらが天賜をご確認するための道具でございます。この水晶に手を置くと、天賜の名が浮かび上がります。それでは順番にお名前をお呼びいたしますので、呼ばれた方は前へ出てきてください。痛みはございませんのでご安心を。ですが、一点だけご忠告がございます。天賜が判明されましても、この場でのご使用はおやめください」 

 こうして、天賜の確認が始まった。 

「ワクワクするな」 
「ああ、どんな天賜なんだろうな」 

 秋人と笑みを浮かべ合い、期待に胸を膨らませる。特別な力、天賜。話によれば、超能力や特殊能力のようなものだということが分かった。それが自分にも授かっているというのだ。興奮しないわけがない。 
  
「ちょっと、二人とも落ち着きなって」 

 春見が呆れながら声をかけてくるが、右の耳から左の耳だった。 

 一人、また一人と、確認は進む。確認するのに時間はかからないのか、次々と名前が呼ばれていった。 

(早く順番来ないかな……。背の高い順だったら三番目だったのに……)

 秋人と会話しつつも、頭の中では自分の順番まであと何人かを数える。 

(――あと三人、――あと二人、――次だ!) 

 ついに自分の順番となり、臣下に名前を呼ばれる。 
  
「じゃあ、行ってくる」 
「おう」 
「本当に痛くないか、教えてね」 

 前へ出て、パトリシア様と対面する。 

(うわぁ……) 

 間近で見たパトリシア様は、人形と見間違うほどに整った顔立ちをしていた。さらに、香水をつけているのか、花のような甘い香りがする。 

(すげぇ美人……) 

 パトリシア様が花笑む。それを見て、思わず顔が熱くなる。 

「土雲切様。お名前にお間違いはございませんでしょうか?」 
「はい、大丈夫です」 

 見惚れていたことを誤魔化すように返事を返すと、パトリシア様は手で水晶を示す。 

「では、お手をお乗せください。そのまましばらくお待ちいただくと、水晶が光ります。光をご確認できましたら、お手を離していただいて結構です」 

 説明を聞き、水晶に目をやる。 

 そして、手を乗せた。自身に優れた天賜が授かるよう期待を込めて……。 

  

  

 だが、いつまで経っても水晶は光らなかった。 

「……こ、こんなに時間がかかるんですか?」 
「い、いえ、そのようなことは……。もう一度お試しください」 
「は、はい」 

 言われた通りに一度手を離し、改めて手を乗せる。だが、水晶は光らない。先ほどまでの興奮が嘘のように、血の気が引いていく。 

「な、なんで……」 

 信じられず、何度も手を乗せるが、結果は同じ。光を発することはなかった。 

「道具が壊れたとかはありませんか……?」 

 結果を受け入れられず、思いついた原因を口にする。 

「その可能性もございます。道具が壊れていないか確認するため、土雲様の順番を後回しにさせていただいてもよろしいでしょうか?」 

 このまま手を置き続けても答えは出ない。パトリシア様の提案を聞き入れ、場所を空ける。パトリシア様は次の生徒を呼び、説明を聞き終えた生徒が水晶の上に手を置く。 


 ――水晶は、幻想的で美しい青い光を放った。 


「土雲様。大変申し上げにくいのですが、土雲様には天賜が授かっていないようです」 
「そう……みたいですね……」 
「過去に来られた方々の中に、同じ事例があったか記録を調べてみます。原因が分かり次第ご報告しますので、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」 
「はい、よろしくお願いします。それと、何かすいません。面倒をかけてしまって……」 
「ご面倒など、そのようなことはございません。お気になさらないでください」 
  
 重い足取りで、秋人と春見の元に戻る。二人は、心配そうな顔を向けてきた。 

「……なんか俺、天賜を授かってないらしい……。あ、春見、痛みはなかったから心配しなくて大丈夫だぞ」 

 隠していても仕方がない。力のない声で、ありのままに結果を伝えた。 

「セツ」 
「……ん? ああ、大丈夫、大丈夫。ま、ショックだったけど、しょうがないって。パトリシア様も調べてくれるって言ってたし。そんなことより、秋人の天賜が何だったか教えてくれよな」 

 口早に言い切ると、笑みを浮かべる。 

 二人ともそれ以上、声をかけてこなかった。 

「…………」 

 ぼんやりとみんなを眺める。 

 みんな、互いに天賜の名を口にし、笑い合っている。 

(なんで、俺だけ……) 

 自分は、加わることが出来ない。 

「セツ……」 

 秋人が戻って来た。顔を向けると、秋人は消え入りそうな声で「授かってた」と呟いた。頭を掻きながら、気を取り直そうとする。 

(あぁ、クソッ! いつまでも引きずってたってしかたないだろが!) 

 どうにか気持ちを切り替えようと考え始めた時、前方が騒がしくなる。 

「成世?」 

 前を見ると、成世が水晶の前に立っていた。気になって意識を向けていると、徐々に大きくなる喧騒の中からが聞こえてきた。 


 ――光らない、と。 


「馬鹿な!? 成世様が天賜を授かっていないだと!?」 
「在り得ない!」 

 ざわついていた臣下たちが、遂には大声を上げた。 

「水晶の故障したのではないかッ?!」 
「し、しかし、今まで問題なく――」 
「今まさに壊れたという可能性もあるではないかッ!」 

 臣下たちの言い合いに、生徒たちが一斉に目を向ける。 

「口を閉じなさい」 

 怒気を含んだ、冷たい鈴の音のような声音が鳴り響く。声を発したのは、パトリシア様だった。 

「お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございません」 

 臣下を咎めたパトリシア様は、生徒たちに謝罪をした。その後、困惑している成世を真っ直ぐに見つめながら事実を告げる。 

「成世様には天賜が授かっておりません。何か分かり次第ご報告させていただきますので、諸々、ご納得できないとは思われますが、この場はご容赦いただけないでしょうか?」 
「……はい、それで大丈夫です」 

 パトリシア様の対応を聞いた成世は頭を下げ、生徒の輪の中に戻る。 

「ありがとうございます。ご確認を止めてしまい申し訳ございませんでした」 

 パトリシア様が笑顔に戻ると、次の生徒を呼び、確認を再開させる。だが、周囲にいる生徒たちは信じられないといった様子で成世を眺めていた。 

  

  

 ――なんで成世は授からなかったんだ…… 

  

  

 ――成世が授からないなんて…… 

  

  

 ――あの成世が…… 

 何処からとも無く聞こえてくる囁き声。 

「成世」 

 みんなが遠巻きに眺めている中、成世に近寄り、声をかける。 

「どうした? 土雲?」 

 笑みを浮かべた成世の顔に、陰りが見えた。  

「いや、天賜を授からなかったんだろ? 実はさ、俺もそうだったんだよ」 
「ッ!? そうなのか? 心当たりなんてないよな?」 

 成世が、目を見開きながら尋ねてくる。 

「悪い。俺も分かんない。成世と同じように調べてもらって、分かり次第報告してくれるって……」 
「そうか……」 
「あぁ……その、こう言っちゃあアレだけどさ、授からなかったのが俺一人だけじゃなくてホッとした。さすがに一人は辛いって……」 
「ん? ……はは、確かに。この空気の中、一人だけ授からなかったら辛いな。うん、一人じゃなくてよかった……」 

 二人で、苦笑いを浮かべる。 

  

  

 ◇◇◇◇◇ 

  

  

「ふぁああ」 

 欠伸をしながら、体を仰け反る。 

「セツも眠そうだな」 

 声をかけられ、椅子に座ったまま上体だけ振り返る。すると、ゆっくりとした足取りで秋人が近づいて来る。 

「めちゃくちゃ眠い、やけ食いのせいかな?」 
「すごい食ってたもんな、成世も巻き込んでたし」 
「まぁ、飯が旨かったってのもあるけどな。ホント、過去に来た日本人には感謝だよ……ふぁああ、寝ぇみぃ、春見は?」 
「舞も体が怠いって言って、部屋に行ったよ」 
「今日一日驚きっぱなしだったもんな。どうする? 起きたら全部夢でした、だったら?」 
「あはは、夢だって言われても納得しそうだけどな」 
「だよなぁ……」 

 天賜の確認を終えた後は、歓迎の晩餐会が開かれた。煌びやかなホール、テーブルを埋め尽くす料理の品々、楽団による演奏など、生徒たちは心ゆくまで晩餐会を楽しんだ。 

 晩餐会を終えると、居住となる居館に案内された。 

 場所は見晴らしのいい上階、その一部を生徒専用の区画として設けられていた。個室が用意されており、バルコニー付きの広い談話室まである。 

 さらに階下には、身の回りの世話をしてくれる侍従の人たちが常に待機しており、何か入用があった場合はすぐに対応してくれるとのこと。 

「ダメだ、眠い、もう眠るわ。秋人は?」 
「俺も寝るかな」 

 それぞれの部屋に向かう。 

「じゃ、明日」 
「おう、明日」 

 秋人と挨拶を交わし、自分の部屋に入る。 

「この豪華さも、いつか見慣れんのかな……」 

 一頻り部屋を眺めてから、置かれていた寝間着に着替え、ベッドの上に寝転ぶ。 

(ホントに信じられないよなぁ、異世界なんて。日本に帰って誰かに言っても信じてもらえないだろうな……) 

 夢見心地の状態で物思いに耽る。それがいけなかった。 

「……天賜、か」 

 広間でのみんなの笑顔や笑い声が蘇る。思考を止め、瞼を閉じて眠りに付こうとした。一晩経てば気持ちも落ち着き、諦めもつくと自分に言い聞かして。だが――、 

「土雲様」 

 部屋の扉を叩く音と共に、名前を呼ばれた。 

(誰だ? こんな時間に……) 

 やや不機嫌になりながら扉を見つめていると、廊下から声をかけられる。 

「夜分遅くに申し訳ございません。まだ、起きていらっしゃいますでしょうか?」 

 声は、聴き覚えのないものだった。 

「――……はい、起きてます。何でしょうか?」 

 言葉遣いから、皇国の人だということは分かった。そのため、狸寝入りもできず、返事を返して扉を開ける。 

「夜分の訪問お許しください。私は、皇太子紀殿下の側近を務めておりますレフ・プティパ・ビュワーと申します。皇太子紀殿下の命を受け、お迎えに上がりました」 
「……え、お迎えって? こんな時間にですか?」 

 理解が追い付かず、呆けてしまう。すると、こちらの状況を察した側近《レフ》は、ゆっくりとした口調で理由を説明し始めた。 

「土雲様の天賜のことに関してでございます。至急、お伝えしなければならないことがご判明なされたと皇太子妃殿下は仰っておりました。つきましては、大変恐縮ではございますが、今からご足労いただけませんでしょうか?」 
「天賜のことって……えッ!? パトリシア様はこんな時間まで調べてくれてたんですか?」 
「はい。ですが、皇太子紀殿下より、『ご心配なさらないように』とのお言葉を承っております」 

 調べてくれるとは言っていたが、まさか今日中だとは思ってもみなかった。 

「今準備しますから、ちょっと待っててください!」 

 側近《レフ》からは「外でお待ちしておりますので、ごゆっくりとご準備ください」と言われた。が、早く知りたいという気持ちが勝り、慌ただしく着替えを行う。 

 部屋を出て側近《レフ》に声をかけると、彼はこちらに向き直り、頭を下げながら改めて感謝の言葉を口にしてくる。 

「土雲様。急なお申し出にもかかわらず、お聞き入れくださりありがとうございます。それではご案内しますので、私について来て下さい」 

 側近《レフ》は静かに廊下を進み始め、その後ろをついて行く。 

(この人もだ……。この髪型って、世界《レオガルド》の流行りなのか?)

 後ろを歩いていると、側近《レフ》の髪型が目に付いた。皇国の男性は皆、ウルフカットのように襟足だけを伸ばし、結っているのだ。中には、結っている髪を三つ編みにしている人もいた。

(このそ……レフさんって、パトリシア様の隣にいた人だよな。パトリシア様……夜遅くまで調べてくれて、気を遣わせちゃったかな? そんなに顔に出てたか? まぁ、あん時は、余裕なかったからな) 

 時間が経ったおかげか、あの時のことを冷静に思い返すことができた。 

(パトリシア様に会ったら謝ろう。……あッ) 

 天賜について考えていると、成世のことが頭に浮かんだ。 

「あの、成世にも伝えてるんですか?」 
「はい。成世様の元にも、別の者が伝えに行っております」 
「あ、なら良かったです」 

 こちらの質問に、側近《レフ》は顔を向けず、歩きながら答えた。 

(成世もショック受けてたからな。できれば、二人ともどうにかなればいいけど……) 

 歩き出して十分程が経った頃、側近《レフ》が両開きの扉の前で立ち止まった。 

「土雲様。ご足労いただき、ありがとうございます。こちらの部屋で、皇太子妃殿下がお待ちになられています。どうぞ、中へお入りください」 

 側近《レフ》が扉の片方を開け、手で促す。 

「ありがとうございます。失礼しま――」 

 部屋の中に目を向け瞬間、思わず足を止めてしまった。 

 月明かりが射し込む薄暗い部屋。その中央にはパトリシア様、と思しき人物が佇んでいた。装飾のない青いドレスに身を包み、頭にも青いベールを被っている人物。

 目を見開き、口をつぐむ。 

(パトリシア……様……?) 

 体つきから、辛うじて女性だという事は分かった。しかし、パトリシア様は一言も喋らず、身動ぎ一つしない。ベールのせいで顔は見えないが、体の向きからしてこちらを見ているのは確かなのに。 

 鳥肌が立つ。ただ、ずっとこのままでは埒が明かない。  

「し、失礼します……」 

 意を決し、部屋の中に一歩踏み込んだ。 

  
 ――その瞬間だった。 


 突然、視界が歪む。 

「な、なんだ、これ……!?」 

 歪みは回転をし始め、焦点が定まらなくなっていく。 

 堪らず膝から崩れ落ち、両手を着いて体を支える。 

「あ」 

 けたたましい耳鳴りが響き、体は痙攣し出す。 

「た……たすげ……」 

 叫ぼうとしたが、唾が飛び散るだけ。 

 五感が薄れていく。 

(だ、だ……か――) 

 そのまま、意識を失った。 





 ◇◇◇◇◇◇





「――……はい、今回は二十人です」
『目を離すな』
「かしこまりました」
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