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二十八、
しおりを挟む「っ・・なぜ療養しないなどと・・」
口走った斎藤の瞳を見返し、
沖田が答える様子もみせず黙ったまま、まるで。
何かを諦めたように笑んだ。その眼が。
斎藤の、
「・・・とにかく医者へ」
胸裏に。警告のように響いた。
「・・医者へ。行こう、今すぐ」
この男に療養を諦めさせる理由、が何なのか
いや、
誰なのか、を。
気づくことに、斎藤は
瞬時に恐れた。
「沖田、」
促すように立ち上がった斎藤の背に、
障子越し西日が深く、差し込み。
眩しげに見上げ沖田が、唯、
困ったように。首を振った。
「医者は必要ない。それにおまえにうつしかねないほど悪くなったら、出て行く」
だから心配するなと。斎藤が求めてもいないそんな台詞を今一度繰り返して言う沖田に、斎藤は立ちあがったまま、立ちつくした。
そこにある何か、沖田の向こうを、透かすように・・睨みつけていた。
(もはや沖田は決めてしまっている)
この乱世の前線から離れ療養におちることを、選ばぬと。
「・・・それほど悪くなるまでは”普段どおり”生活する・・つもりか」
「そうだ」
―――何故。
声にならなかった。
ただ斎藤の唇が、音無く紡いだのを沖田の目は捉え。
「護る者がいる。一生援け護ると誓った」
まっすぐ斎藤を見返した沖田の眼に、斎藤は再び、あの光を見ていた。
その沖田の闇の眼に。
一瞬の強い光を放つものが常に、その命を燃やす覚悟であったのだと、
斎藤は、気がついて。
斎藤の胸奥に淀む哀しみが光へ向かい手を伸ばしたように。
「沖・・」
目を。逸らせくなった。
「俺が、」
光が揺れる。
「布団の中で療養している間に、・・例えば俺やおまえのような使い手が現れ近藤先生を、・・土方さんを、俺が傍にいなかったが為に失うかもしれぬと思うと、療養に踏み切る気には到底なれない」
―――世の混乱が治まるまでは、
「療養はできない。少なくてもあと数年は。病が俺を喰い尽くすのが先か、乱世の治まるが先か」
もし先に
零された言葉へ重なり闇に、遷り変わった眼が痛ましく穏やかに。
斎藤を呑みこんだ。
「もし先に、俺が剣を握れなくなった時は。
おまえに全てを託させてくれ」
(・・ッ)
「あんたはっ、やはり」
斎藤の手が無意識にこぶしを握りこんだ、
食い込んだ爪が悲鳴をあげ。
(やはりそうだった、)
あの夜の言葉はやはり空耳ではなく、真の言葉、
「だがそれではっ・・」
(沖田、)
いったい
あと何年生きられるんだ
―――握りこまれた斎藤の手を沖田が見やった。
「・・・おまえが嫌だと言うならばそれを尊重する。今まで伝えた事、見聞きした事は無かったことにしてくれればいい。・・まだ白紙に戻せる」
おきた、
斎藤の唇が僅かに揺れたのを、沖田は視線をずらし見た。
「俺はそんな事は、もう」
斎藤の続いた言葉に、
沖田は、斎藤の瞳を見返し。
斎藤の瞳は緩く。震えた。
もし斎藤の背に落ちた夕色が、影をつくってさえいなければ
沖田は、しずくに薄く覆われたその瞳の色に気づいただろう。
「俺はそんなことを、気にしてるんじゃない」
―――巻き込まれる覚悟など。とうに出来ている。
斎藤の、影になった表情が一瞬の曇りを消した。
「あんたが望むなら。喜んで、託されてやる」
斎藤は己の背をすり抜けて降り注ぐ夕光が、息を呑むようにして見返してきた沖田の眼を赤く照らすのを見つめていた。
「沖田・・・」
病が、あんたを喰い尽すのが先ならば。
「あと何年、・・生きられるんだ」
「・・・」
沖田が不意に立ち上がり斎藤は、はっと目線を上げた。
近寄ってきた沖田の、手が伸ばされ、
「三年、かな・・」
斎藤の肩に重く、その手が置かれた。
去り。
「・・っ」
すれ違いさま振り返った斎藤の先で、
沖田が開け放った障子の向こうに。
土方の姿が、在った。
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