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二十五、
しおりを挟む「姉は・・元気にしていた」
咄嗟に答えた声に、冷静を装いながら。
脳裏に江戸の家が、映るのをみた。
あの家だけは変わらないまま、
昔、斎藤が家に持ち込んだ災殃が消えることなくそこに蔓延り続けていた。
過って旗本を斬ったその過去が、家に居れば斎藤にこびりつく様に纏わり。
焦がれた懐かしい姉の姿を目に焼き付けながらも。どうしても長居することができずに、すぐに発った。
だが開口一番に尋ねてきた沖田へ、そうして本当は道場回りのついでにちょっと顔を見せただけで逃げるように帰ったとは言えずに。
「元気に、していた」
ただそれだけを。繰り返すように、斎藤は答えていた。
「そうか」
沖田はそれ以上はなにも聞いて来ず。
「土方さんを、有難うな」
ただ次に囁かれた言葉に、斎藤は顔を上げた。
「・・ああ」
「さっき聞いたら、おまえのことを大層評価していた・・よかった」
「え」
「有難う」
(・・・”よかった”?)
「沖、」
どういう意味・・・
不意に、
沖田の手が伸ばされ。斎藤は驚いて一瞬に問おうとした声を飲み込み、その手を見やった、
(っ・・)
斎藤の、肩を。
その刹那、
沖田の手が深く包み。
「おまえが、」
がっしりと、その大きな手で力強く斎藤の肩を掴んだまま、
沖田は、そのわりに小さく囁くように呟いた。
「帰ってきたら、言おうと思っていたことがある・・」
斎藤の目を。深く何かを込めた眼で見下ろし。
「・・・何を」
「・・・・」
「・・・沖田?」
だが、それ以上の言葉が沖田から出ては来なかった。
(何故・・・黙ってる)
言おうとして躊躇している、そんな気配だと。
斎藤が薄々気がついた時、
視界の端に土方の姿が映った。
「・・総司、」
近づいてきた土方の声に一抹の棘を感じたのは、斎藤の想い過ごしではないだろう。
沖田がごく自然に、斎藤の肩から手を離し。
土方はちらりと斎藤を横目に見て、そして沖田を見上げた。
「これから俺の部屋へ来い」
囁いて、
眼にしなるような艶を伴わせ。目立たぬようにそっと、手で沖田の着物を引き。
(・・・・)
こんな二人を。もう何度も見てきた。
・・・今更、
(どうということも、ない)
斎藤は遠慮したかの様子をみせて二人の前から歩み去るべく背を向けた、
「斎藤、」
その背に、沖田の声が追った。
「悪い、先に部屋に帰っててくれ」
(・・・先、に?)
意味が取れなかった斎藤が、振り返った時。
すでに沖田と土方は屯所の向こうへと歩み始めていた。
屯所の離れに向かう廊下を斎藤は歩んでゆく。
沈み始めた夕日が、誰もいない廊下を燃えるような紅で照らし。
そのなかを踏みしめるように歩みながら、斎藤は今しがたの沖田の手を未だ肩に強く感じていた。
(何を言おうとしていた)
斎藤の肩を掴んだ手の力強さとは対に、躊躇して言い出そうとしなかった沖田の様子に。どこか引っかかるものを感じる。
「・・・?」
ふと、
部屋の前まで辿りついた斎藤は、妙な具合をおぼえて首をかしげた。
からり、と障子を開け。その妙な感覚の訳に気がついた。
人の居た気配が、無いのだ。
在る筈の沖田の行李は見当たらず、襖を開けてみれば布団も無かった。
先に帰っていてくれ
沖田がそう意味した言葉を理解した。
つまりは斎藤が帰ってきたら、沖田もこの部屋に帰ってくる気でいたのだ。
(そういえば沖田は、賑やかが好きな男だったな。)
離れの誰も居ない場所はつまらなかったのか。
(まさか寂しかったなんてわけはあるまいが)
しかし斎藤の居ない間、沖田はどこに住まわっていたのだろう。元のあの埃くさい部屋だろうか。
(そうだとしたら、問題だ)
斎藤はこみ上げる笑みと同時にまた溜息もついて。
とりあえず”先に帰ってきた部屋”へと斎藤は荷物を降ろすと、障子を開け放った。
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