二人静

幻夜

文字の大きさ
上 下
17 / 60

十五、

しおりを挟む



晴れ渡った空の下で。

見送りに居並ぶ隊士たちのなかに、斎藤は沖田の姿を探していた。

「斎藤殿、」

先程から伊東が堪りかねた様子で声をかけてくる。

「土方殿は、いつになったら来られるのかね」

「さあ・・」

そんなこと斎藤に判るはずがない。

先程までは確かにこの場に旅装で来ていたはずの土方を、斎藤はぼんやりと思い浮かべた。

沖田の姿を求めていたのは斎藤だけではない。

最後に一目、と土方は沖田を探しに行ったのだろうか。

(だとしたら、副長もご執心だな)

斎藤は胸中、嘆息した。

(まったく・・)

沖田は何処に、居るのか。

(あんたが来ないと、旅立てないだろうが)



昨日の夕刻、あれから土方の部屋へ行った沖田は、何故か朝、部屋に戻っていた。

てっきり土方の部屋で朝まで過ごすものだと思っていた斎藤は、深夜、音無く戻っていたらしい沖田に気がつかなかった。気がついたのは、朝になってからである。

ふたり他愛も無い会話を交わし、朝餉をとった。そして斎藤が厠に立ち、その後戻ってみると、沖田は部屋から居なくなっていた。

なんとなく己の気持ちを代弁したかのように寂寥な部屋で、斎藤は最後の旅支度をして、ここ待ち合わせ場所の門前にやってきた。

驚いたのは、ここへ来てみたらすでに土方が居たことだ。

また沖田は土方と一緒に居るのだろうと思っていたところを、土方ひとりが門に来ていたのだから、斎藤が驚いたのも無理は無い。

(そういえば)

ひとり斎藤が来るのを見た土方のほうも、驚いたような様子だった。

(副長は副長で、俺が沖田と一緒に居ると思っていたのかもしれない)

あの時、土方は何か聞きたげな様子で斎藤を一瞥し、だが押し留まったかのようにふいと顔を背けた。

伊東と決め合わせた定刻が来るまで、それから二人は言葉無く佇んでいた。

もともと斎藤も無駄口をきくほうではないし、土方もむっつりと何か考えている様子だった。

ぼちぼちと見送りに隊士たちが集まり始めたが、その中に沖田の姿を見ることはなく。

土方が不意に去ったのは、あと少しで定刻といった頃だった。

土方と入れ違いで定刻ぴったりにやってきた伊東と挨拶を交わしながら、斎藤は沖田の不在を妙に思い始めた。



(どうしたんだ、一体)

沖田が自分たちの見送りに来ないなどということはあり得ない。

「あいつらに何かあったのか」

斎藤の傍らで井上が、土方と沖田を案じ呟いた。

いつまで経っても現れない土方に、隊士たちのなかから懸念する声が漏れ始めている。

「おいおい、土方さんも沖田も何してるんだ」

原田が、欠伸をしながら嘆いた。

「斎藤殿。土方殿の居そうな場所をご存知ありませんかね」

伊東がなおも繰り返すのへ、斎藤が煩げに見やった時、

「あ」

突然、近藤が玄関のほうを指差して声を上げた。

「・・来られたか」

近藤の指差す先、漸く現れた土方に、伊東が大きく溜息をつくのを耳にしながら。

斎藤は、さっと己の体が強張るのを感じた。

(沖田・・)

土方の隣に付き添う沖田の顔色は、遠くで見て判るほどに酷く。

「・・なんだ?沖田はどうしたんだ?」

原田が首を傾げた横を、斎藤はすり抜けて、やってくる二人のほうへと駆け出していた。


「沖田、どうした・・!」

沖田の前へ走り寄った斎藤は、彼の肩に手を置き、影になった沖田の眼を見上げ。

「総司なら何でも無えよ」

そんな斎藤へ、沖田の隣で土方が吐くように代返した。

「何でもって・・」

「ただの腹下しさ。ったく、心配して探し回った俺が馬鹿を見たよ」

「は、」

(腹下し??)

ぎょっとして目を丸くする斎藤の前、沖田が困ったように微笑った。

「ひどいな。腹下しだって立派に心配されていい事だ」

「馬鹿野朗!俺はてっきりおまえが・・・」

何かを言いかけた土方が、はっと斎藤のほうを見やって口を噤んだ。

(・・・何だ?)

土方は明らかに狼狽した様子で、斎藤から目を逸らし。

「とにかくっ。斎藤、おまえにゃ待たせて悪かったな」

行くぞ、

と土方は口走り、そのまま斎藤に目を合わせぬまま伊東たちの待つ門前へと歩き出した。


「・・・・」

(何だ、今の・・)

闊歩してゆく土方の後姿を眺めながら、斎藤が目を瞬いた時、

不意に己の手が、ふわりと包まれた。

びくり、と心の臓が跳ねて、咄嗟に沖田へ向き直った斎藤は、同時に、

自分が沖田の肩に手を置いたままだったことに気がついて、その手を引っ込めようとした。

「斎藤、」

許さず沖田は、斎藤の手を自身の肩に縫い付けるように抑え込んだまま。

「心配かけたなら謝るよ。それと有難う」

「・・・」

斎藤の手が一瞬きつく握り締められ。

次の瞬間、沖田の手は斎藤の手の上から離れていった。

「気をつけて行ってこいよ」

促すように歩き出しながら、沖田が微笑む。

「・・ああ」

(本当に大したことではないのか・・?)

そうは見えないほど顔色が酷く悪いままの沖田を横に見上げながら、
斎藤は戸惑いを胸に隠し、頷いた。


「行ってらっしゃい!」

「道中お気をつけて!」

門を出た斎藤たちへ隊士たちが総出で声をかける。

斎藤は今一度振り返り、門先で隊士たちの前に佇む沖田を見た。

斎藤の隣で土方がほぼ同時に振り返り。

どちらに視線を合わせるでもなく、沖田が手を振るのを。

複雑な想いで斎藤は彼へ手を振り返して、やがてくるりと背を向けた。



元治二年三月下旬、春の澄み渡った青空のもと。

斎藤、土方、伊東の三人は江戸へ向けて、この日旅立った。







   


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

残業リーマンの異世界休暇

はちのす
BL
【完結】 残業疲れが祟り、不慮の事故(ドジともいう)に遭ってしまった幸薄主人公。 彼の細やかな願いが叶い、15歳まで若返り異世界トリップ?! そこは誰もが一度は憧れる魔法の世界。 しかし主人公は魔力0、魔法にも掛からない体質だった。 ◯普通の人間の主人公(鈍感)が、魔法学校で奇人変人個性強めな登場人物を無自覚にたらしこみます。 【attention】 ・Tueee系ではないです ・主人公総攻め(?) ・勘違い要素多分にあり ・R15保険で入れてます。ただ動物をモフッてるだけです。 ★初投稿作品

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

まだ、言えない

怜虎
BL
学生×芸能系、ストーリーメインのソフトBL XXXXXXXXX あらすじ 高校3年、クラスでもグループが固まりつつある梅雨の時期。まだクラスに馴染みきれない人見知りの吉澤蛍(よしざわけい)と、クラスメイトの雨野秋良(あまのあきら)。 “TRAP” というアーティストがきっかけで仲良くなった彼の狙いは別にあった。 吉澤蛍を中心に、恋が、才能が動き出す。 「まだ、言えない」気持ちが交差する。 “全てを打ち明けられるのは、いつになるだろうか” 注1:本作品はBLに分類される作品です。苦手な方はご遠慮くださいm(_ _)m 注2:ソフトな表現、ストーリーメインです。苦手な方は⋯ (省略)

チャラ男会計目指しました

岬ゆづ
BL
編入試験の時に出会った、あの人のタイプの人になれるように………… ――――――それを目指して1年3ヶ月 英華学園に高等部から編入した齋木 葵《サイキ アオイ 》は念願のチャラ男会計になれた 意中の相手に好きになってもらうためにチャラ男会計を目指した素は真面目で素直な主人公が王道学園でがんばる話です。 ※この小説はBL小説です。 苦手な方は見ないようにお願いします。 ※コメントでの誹謗中傷はお控えください。 初執筆初投稿のため、至らない点が多いと思いますが、よろしくお願いします。 他サイトにも掲載しています。

処理中です...