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マスターの第六感(佳澄視点)

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「はーい、オッケーでーす」
 監督の声と共にカメラや音響がはけていく。佳澄は俯いていた顔を上げて息を吐いた。目の前に対峙していた間宮は何も言わずに前室へ踵を返した。
 そんな間宮の代わりにか、花村役の俳優・犬飼伸之いぬかいのぶゆきが佳澄の肩を叩いた。ヒロには言っていないが劇場版後篇で崖から落ちた花村は生きている。今年の冬には劇場版第三作の公開も予定されていて、今回のスピンオフはその前日譚だ。
「この間より上手くなってんじゃん。オジサンも負けないようにしないと」
「俺なんか。足手まといになってないかって、いつも必死ですよ……」
 料理上手で寝相の悪いうちのヒューマノイドが何度も読み合わせをしてくれたからです……なんて言えるわけもなく。出番を終えた佳澄は犬飼と共に前室へ。
「間宮、何飲んでんの?」
「紅茶だよ。犬飼も飲むか?淹れてあげよう」
「ラッキー。天下の間宮倫太郎の淹れた紅茶なんて飲めるの俺くらいだろうな」
 至近距離で言葉を交わし仲睦まじい雰囲気の二人。佳澄はヒロに持たされたタンブラーを傾けつつ台本を手に取った。「……おっそろしい男だよ。撮影が始まると目がハートになってんのに、プライベートじゃ冷たい。振り回されるコッチの身にもなって欲しいよな」佳澄の隣に座った犬飼は紅茶の入ったカップを手に呟いた。
 間宮と対峙してすぐ、佳澄の脳裏にヒロの演技が浮かんだ。
 声のトーン、発音、所作、雰囲気……。ヒロとの読み合わせと間宮の演技は大まかに一致していた。モノマネと言えばそれまでだがヒロの演技には光るものがある。
 佳澄はヒロの演技を見て確信した。ヒロはヒューマノイドじゃない。こんな演技をするヤツが、ヒューマノイドのはずがない。
 声の抑揚や仕種など間宮そのものだった。表情に浮かんだ笑みは快活というよりもほのかな暗さが前に立っていて、シリーズのその先にいる金城を思わせる。
 佳澄はヒロの演技について一つの仮説を立てた。
 間宮倫太郎はヒロの理想。ヒロに歓迎された存在だけが、その頭の中を行ったり来たり出来る。演技が下手なのではなく、その他の存在を頭の中に上手く落とし込めないだけ。……ヒロは感受性が高いがゆえ、多くのものに必要以上のバリアを張っている。
 ヒロがヒューマノイドでも人間でも、どちらでも構わない。どちらに転んだってヒロの演技はおもしろい。役でなく役者を自分に降ろすなんて……。しかもそれは、単純な猿真似なんかじゃない。もしヒロがこの才能を自在にコントロール出来るようになれば、一体どのような演技が生まれるのだろう。佳澄の天秤はヒロへの興味ですでに傾いていた。
「犬飼さん、間宮さんが小劇場に立ってた頃からの付き合いなんですよね?その頃からああなんですか?」
「うん。その頃から上手い。普通はあんなに役を憑依させてたら精神ズタズタになっちゃうのに、あいつにはそれがない。どうしてそんなに強いんだって訊いたら、弱いからこそ他の人間の人生に乗り移らないとやってけない、ってさ。……意味分かんねーよな」
 間宮の過去については可愛がられている佳澄も深くは知らない。歳の離れた妹の為、ウリの仕事をしていた間宮をバーンズプロの社長が見染めたという噂はあるものの、その真意は定かでない……。
「ま、間宮の場合は運が良かったよな。今やあいつ中心で演技を撮ってもらえるまでになった。こっからが楽しみだよ、俺は」
 ふと、佳澄と間宮の視線が絡む。視線は間宮から逸らされ、佳澄も間宮演じる金城の心境を思って台本に視線を落とした。
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