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16.危険な新生活
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――あれから、一ヶ月。
「あ、その荷物は奥の右側の部屋にお願いします」
俺たち一家は、新しく住む2LDKで引越し作業をしていた。全て荷物を降ろしたところで、引越し業者は帰っていた。
「ごめんなさいね、誠二くん。受験前の大切な時期に秀一と同じ部屋なんて……」
「全然。気にしないで下さい」
「そうそう、誠二さんが勉強中はオレ、リビングに来るし」
結局、人気の3DKは別の家庭の入居が決まってしまい、次に利便性の良かった賃貸に俺たちは入居が決まった。最後まで秀子さんは悩んでくれていたが、気にしない、という俺の言葉に遠慮がちながら引越しを決めた。
この一ヶ月で、色々と家庭内のルールが定められた。
まず、入籍しても夫婦は別姓であること。これは秀一のクラスメイトたちの混乱を防ぐためだ。何より『学校内で兄弟と認識されるのを避けたい』と始めに言った俺の言葉を秀一が気にしてことが大きい。
それから、夫婦は各々、自分の仕事は続けること。秀子さんはスナックのママだけあって、雇用している女の子の生活を保障してあげなくちゃいけない。すぐに店を閉めるというわけにはいかず、今までどおり健全にスナック経営を続けることになった。親父も、楽しみにしてくれるお客さんのいるお店を畳ませるつもりは始めから無かったらしい。
そして、それぞれの呼び方。若々しい女性を「母さん」呼ばわりするのも気が引けたので、俺は「秀子さん」と呼び、秀一は親父のことを「剛さん」と呼ぶようになった。
――そして、俺たち兄弟間での呼び方。俺は高城のことを家庭内では「秀一」と、高城は俺のことを「誠二さん」と呼ぶようルールを定めた。
秀一は最後まで「お兄さん」と呼ぶと言い張ったが……キスなんてしてしまった手前、そんなイメクラじみた呼び方は恥ずかしいのでやめてもらった。
(そう、キス……したんだよなあ……)
場の雰囲気に流されたわけでもないのに、俺は唇を秀一に許した。
(……惹かれてない、っていったら嘘になるよな……)
去年――俺と兄弟になる前からずっと好きだったと言われて、心が揺らがないわけは無い。これまで学園生活は、堅気の仕事に就くまでの経過点に過ぎないと思っていた俺にとって、そんな風に自分の事を大切な存在として見てくれていた人がいたことは、軽い衝撃だった。
「誠二さーん」
「おわっ! 重い重い、秀一!」
段ボールを前にぼうっとしていた俺の背中に、秀一がもたれかかってくる。
「何度も呼んだのに、考え事ですか?」
「ああ、まあ……ちょっと」
「ふうん。それより、今晩、何か食べたい物ありますか?」
「え? 今晩は引越し記念に外食じゃなかったか?」
「それが、剛さんが急に会社に呼び出されたから外食は今度だそうです。オレ、簡単なものなら作れるから用意しますよ」
「うーん、じゃあ……肉」
「確かに疲れたし肉、いいですね」
そう言うと秀一はポストに入っていたチラシを広げて、一番近いスーパーを探している。
「買出しなら俺が行ってくるよ。こういうのは分担しようぜ」
「それなら、一緒に行ってもらっていいですか? 今日特売らしくて、何日分か食材買いだめしたいです」
「……ぷっ」
「え? オレなんか変なこと言いました?」
「いやー……。まさかインスタ何万フォロワーのイケメンが特売チラシとにらめっこしてるなんて思いもよらないだろうなーって。そんなの見られるなんて、兄貴になった特権だな」
俺はおかしくて密かな笑いが止まらなかったが、不意にライトの光が陰って視線を上げた。見れば、微笑みながら俺を見下ろしていた。
「もっと、もっとオレのこと見てて下さい。そのうち、誠二さんにしか見せない顔も見せますから。……っ……」
「……!」
軽く額にキスされて、体温が一気に上がる。
(くそ、やられた……!)
新しい家族、新しい生活――。その中で秀一という義弟は、まだ俺にとって未知の存在だった。
「あ、その荷物は奥の右側の部屋にお願いします」
俺たち一家は、新しく住む2LDKで引越し作業をしていた。全て荷物を降ろしたところで、引越し業者は帰っていた。
「ごめんなさいね、誠二くん。受験前の大切な時期に秀一と同じ部屋なんて……」
「全然。気にしないで下さい」
「そうそう、誠二さんが勉強中はオレ、リビングに来るし」
結局、人気の3DKは別の家庭の入居が決まってしまい、次に利便性の良かった賃貸に俺たちは入居が決まった。最後まで秀子さんは悩んでくれていたが、気にしない、という俺の言葉に遠慮がちながら引越しを決めた。
この一ヶ月で、色々と家庭内のルールが定められた。
まず、入籍しても夫婦は別姓であること。これは秀一のクラスメイトたちの混乱を防ぐためだ。何より『学校内で兄弟と認識されるのを避けたい』と始めに言った俺の言葉を秀一が気にしてことが大きい。
それから、夫婦は各々、自分の仕事は続けること。秀子さんはスナックのママだけあって、雇用している女の子の生活を保障してあげなくちゃいけない。すぐに店を閉めるというわけにはいかず、今までどおり健全にスナック経営を続けることになった。親父も、楽しみにしてくれるお客さんのいるお店を畳ませるつもりは始めから無かったらしい。
そして、それぞれの呼び方。若々しい女性を「母さん」呼ばわりするのも気が引けたので、俺は「秀子さん」と呼び、秀一は親父のことを「剛さん」と呼ぶようになった。
――そして、俺たち兄弟間での呼び方。俺は高城のことを家庭内では「秀一」と、高城は俺のことを「誠二さん」と呼ぶようルールを定めた。
秀一は最後まで「お兄さん」と呼ぶと言い張ったが……キスなんてしてしまった手前、そんなイメクラじみた呼び方は恥ずかしいのでやめてもらった。
(そう、キス……したんだよなあ……)
場の雰囲気に流されたわけでもないのに、俺は唇を秀一に許した。
(……惹かれてない、っていったら嘘になるよな……)
去年――俺と兄弟になる前からずっと好きだったと言われて、心が揺らがないわけは無い。これまで学園生活は、堅気の仕事に就くまでの経過点に過ぎないと思っていた俺にとって、そんな風に自分の事を大切な存在として見てくれていた人がいたことは、軽い衝撃だった。
「誠二さーん」
「おわっ! 重い重い、秀一!」
段ボールを前にぼうっとしていた俺の背中に、秀一がもたれかかってくる。
「何度も呼んだのに、考え事ですか?」
「ああ、まあ……ちょっと」
「ふうん。それより、今晩、何か食べたい物ありますか?」
「え? 今晩は引越し記念に外食じゃなかったか?」
「それが、剛さんが急に会社に呼び出されたから外食は今度だそうです。オレ、簡単なものなら作れるから用意しますよ」
「うーん、じゃあ……肉」
「確かに疲れたし肉、いいですね」
そう言うと秀一はポストに入っていたチラシを広げて、一番近いスーパーを探している。
「買出しなら俺が行ってくるよ。こういうのは分担しようぜ」
「それなら、一緒に行ってもらっていいですか? 今日特売らしくて、何日分か食材買いだめしたいです」
「……ぷっ」
「え? オレなんか変なこと言いました?」
「いやー……。まさかインスタ何万フォロワーのイケメンが特売チラシとにらめっこしてるなんて思いもよらないだろうなーって。そんなの見られるなんて、兄貴になった特権だな」
俺はおかしくて密かな笑いが止まらなかったが、不意にライトの光が陰って視線を上げた。見れば、微笑みながら俺を見下ろしていた。
「もっと、もっとオレのこと見てて下さい。そのうち、誠二さんにしか見せない顔も見せますから。……っ……」
「……!」
軽く額にキスされて、体温が一気に上がる。
(くそ、やられた……!)
新しい家族、新しい生活――。その中で秀一という義弟は、まだ俺にとって未知の存在だった。
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