きみの隣まで、あと何歩。

なつか

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五歩目.一緒にご飯を食べようよ。

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 翌日、待ち合わせは十時に大型スーパーの正面入り口。
 少し早めに来たつもりだったけど、高槻はもうそこにいた。

 やっぱり高槻は立っているだけで絵になる。
 白のTシャツに、細身の黒のパンツっていうシンプルな服装なのに、スタイルと顔の良さが加わって、雑誌から飛び出てきたみたいだ。

 もしかしたら、“好きな人”フィルターがかかってるのかもと思ったけど、近くに立っている女子も、横を通り過ぎていく女子もチラチラと高槻のことを見ているから、おそらく誰から見ても本当にかっこいいんだろう。
 そこのイケメンは今から俺とデートなんだぞ!って言って歩きたくなる。
 そんな妄想をしていたら、高槻も俺に気が付いて手を振ってくれた。

「待たせた?」
「いえ、ついクセで早く来ちゃっただけです」
「運動部は朝早いもんなぁ」
 どのくらい待ってたの? なんて聞くのは野暮かな。
 ニマニマしそうになる顔を何とか抑えながら、二人で店の中を並んで歩く。
 まずは調理用品から買い物を始めるらしい。
 俺はなにを買ったらいいのかなんてさっぱりだから、全部高槻に任せることにした。
「さすがに箸はありますよね?」
「割りばしならあると思うけど」
「……瀬良さん、一人暮らし初めてどのくらいなんですか」
「んー、高校入ってからだから、二年目?」

 何かおかしいことを言ったらしく、高槻は絶句していた。
 正直、生活能力が低いことは認める。
 そもそも“実家を出ること”が目的だったから、何の準備もせず一人暮らしを始めてしまった。

「最初はさ、ゲームとモニターだけあればそれで十分だと思ってたんだけど、床で寝ると体痛くて、ベッドは必要だなって思って買って、夏になったら今度はさすがに冷蔵庫もいるなってなって、床に座ってるのもお尻痛くなるからゲーム用の机と椅子買って。それからご飯もそこで食べてたんだけど、水こぼして機器壊しかけたから、ソファとテーブルも買って、んで、今度はコンビニも出前も飽きてきたから、そろそろ手料理が食べたいなーって状態」

 自分でも結構やばいやつだなとは思うけど、一人暮らしを始めた頃の俺の精神状態ではそれが限界だった。
 一人になって、自由になって、ようやく“生きていくために必要なこと”が考えられるようになった。
 今もまだその途中なんだと思う。

「なら、箸も買いましょうか」
 そう言った高槻は、優しい笑顔なのに少し寂しそうに見えた。
 ついこんな話しちゃったけど、引かれてたらどうしよう…。
 今、俺にとって高槻は精神安定剤みたいになってる。

 隣にいたい。隣にいてほしい。欲張りになる気持ちが抑えられない。

 高槻は手際よく買い物を進め、カゴには調理器具と、一人分の箸に茶碗が入っていた。
 それを見て、俺は一人だって言われてるみたいで悲しくなった。

「なんで一個? 高槻の分は? 一緒に食べてくんじゃないの?」
「えっ、俺の分はいらないですよ」
「でも使うだろ? 金は出すから買えばいいよ」
 自分でもめちゃくちゃなこと言ってるってわかってる。
 でも、隣にいるんだって証拠が欲しい。
 高槻を俺のところに引き留めたい。
 
 二人分の食器に、調理器具と食器類を買い込むと、食材を買いに行く前にすでに大荷物になってしまった。それはロッカーに預けて食材の買い出しに向かうらしい。
 本来なら一人暮らしを始る時に買うものなんだろうなって今更になって思う。
 でも、初めから準備していたら今のこの時間はないわけで。
 だから、これでよかったのかもしれない。

「あれ、持って帰れるかなー」
「大丈夫です、俺持ちますから」
「ははっ、頼もしっ」
 食材も買って、両手いっぱいに荷物を抱えてマンションに返ってきたときには、もう十二時を回っていた。

「遅くなっちゃいましたね。すぐ作ります」
 高槻はキッチンに入ると、先ほど買ってきた食器類は備え付けの食洗器に入れ、調理器具は手で洗って、料理を始めた。
 本当に驚くほど効率的に、スムーズに動いている。

「めっちゃ手際いいね。家でもやってんの?」
「食器の片付けとかはしますね。ご飯も親が作ってくれた分だと足らなくって。それで自分で作ってる感じです」
「へーーー偉い」
「ありがとうございます。でも、思ってたんですけど、部屋きれいですよね」
「うん。ハウスダストアレルギーあるから、掃除はしないと死ぬ。あと、洗濯もちゃんとしてる」

 今はきれいにしてるけど、一人暮らしを始めた頃はもちろん掃除も洗濯もしていなかった。
 そしたら、忘れかけていたアレルギーが出てしまった。
 その時は市販薬で乗り切れたけど、病院送りになんてなったら確実に実家に連れ戻されてしまう。
 だから、仕方なくそれだけはきちんとやるようなった。
 実家にいた時は掃除も洗濯もしたことなんてなかったから、きっと母さんが気を付けてくれてたんだろう。
 今は、いなくなって楽になった、って思ってるかもしれない。
 いや、もしかしたらそれがあの人にとっては普通のことだっただけで、別に俺のためにしていたことではなかったのかもしれない。

 そんなことをぼんやりと考えなら料理を作る高槻を見ていたら、あっという間に料理が完成していた。
 何が食べたいかって聞かれたから、和食って答えたら、出てきたのは焼き魚と肉じゃが、ほうれん草のお浸しに、豆腐の味噌汁。
 ご飯は炊飯器がないから鍋で炊いていた。そんなことできるなんて初めて知った。
 
 それを、買ってきたばかりの食器にきれいに盛り付け、ソファの前のローテーブルに並べると、二人分の食事でテーブルの上はいっぱいになった。

「わーーすごーー」
「定番ばっかりですけど……」
「そんなことない! めっちゃうまそうだよ!」
 俺のために作られた料理。もう、年単位で見ていなかったもの。本当に嬉しい。

「いただきます!」
 二人で手を合わせ、早速食事を始めた。
 俺は口いっぱいにご飯を詰め込みながら、夢中で箸を進めた。
「めちゃくちゃうまい!」
「よかった」
 こんなにご飯をおいしいと思ったのも、誰かと一緒にご飯を食べるのも本当に久しぶりで、泣きそうになってしまった。
 でもここで泣いたら、絶対にやばいやつだって思われるから、ぐっとこらえて軽口をたたく。
「イケメン高身長で、料理もできるとか、高槻スペック高すぎでしょ」
 
 見た目だけじゃない。いつも優しくて、かわいいところも、かっこいところもある。
 なんでこんなすごいやつが俺のこと好きなんだろう。
 今更になって疑問に思う。
 普通に考えてめちゃくちゃモテるだろうし、わざわざ男である俺を選ぶ必要はない。
 男がもともと恋愛対象なのかな? それともただの俺の勘違い……。
 自信がなくなってきたから、ちょっと探りを入れることにした。

「なんですか、スペックって……」
「いやいや、本当に。絶対にモテるでしょ。彼女いないの?」
「いませんよ」
 今は、って感じだな。ということは、もともと男が恋愛対象ってことではないのかな。
 そもそも彼女がいるんだったら今のところ“ただの学校の先輩”である俺にご飯を作りに来たりしないだろうけど……。
 自信がなくなってきたせいで、ついジトッと高槻を見つめてしまった。

「でも、好きな人はいますよ」

 急に落とされた爆弾に、俺は硬直する。
 昨日までだったら“それは俺なんだよね”、ってよくわからない自信から思えけど、今のメンタルにはちょっと堪える。
「へえ……そうなんだ」
 何とか絞り出した返事だったけど、部屋の中によくわからない沈黙が流れる。

「えっと……どんな子?」
 空気に耐えかねて、思わず聞いてしまったけど、どうしよう、『かわいい女の子だ』とか言われたら……聞きたいけど、聞きたくない。

「そうですね、すごくかわいい人です」
 そう言って高槻は俺の頬に手を伸ばし、口元についていた米粒を取って、ぱくりと食べた。
 その目が、手が、あまりにも優しくて、俺は顔が爆発したかと思ったほど熱いし、心臓はバクバクいってる。

 もう、その“かわいい人”って、俺だよね、絶対に。
 そんな顔するのに、違うなんて言われたら、俺は死ねる。
 完全に翻弄されていて、本当に悔しい。

 でも、好きなんだよなぁ。


 食事を終え、慣れない皿洗いを何とか終えて高槻を見ると、ソファにもたれかかり、すやすやと眠っていた。
 俺はその隣に座り、きれいな寝顔を見上げた。
 長い睫毛に、スッと通った鼻筋。そして形の良い薄い唇。芸術品のようにきれいだと思う。

 触れたい。

 男の寝顔を見て、こんな風に思う俺はおかしいんだろうか。
 女の子の寝顔は見たことないけど、男の寝顔という点では、相原の寝顔は何度も見たことある。
 だけど、触れたいだなんて微塵も思ったことなかった。
 あいつだって、世間一般ではイケメンの部類だし、俺のことを好きだと言っていたから、比較対象としては申し分ないはずだ。
 
 性別とか関係なく、高槻が好き。
 だから触れたい。そういうことだ。
 
 自分の中で納得したところで、俺は高槻を起こさないようにそっとその肩に頭を乗せた。
 このくらいはしてもいいよね。
 
 そのまましばらく目を閉じて高槻の体温を感じていると、もたれかかっていた高槻の肩が少し動いた。
 起きたかな、と思って目を開くと、俺を見つめる高槻と視線が交わった。
 その切れ長の目の中に映る俺が見えるくらいの距離で、俺に向けられた高槻の左手が行き場をなくしていた。
 ちょっと目を開くのが早かったな。
 高槻が硬直していたので、俺は何事もなかったようにスッと離れた。

「あっ悪い。俺も寝ちゃった」
「い、いえ。俺こそ寝ちゃってすいません」
 まだ残っている高槻の温もりがジンジンする。
 俺は立ち上がって、部屋に差し込む夕日をカーテンでふさぎ、そこにできた陰に隠れた。 

「ねぇ高槻」
 好きだって言ってしまおうか。

 でも、やっぱり言ってほしい。俺から伝えて、流されたって思いたくないから。
 確実に好かれてる、って信じるためには、不安にならないためには、やっぱり高槻から言ってほしい。

「はい……」
 小さく返事をした高槻の方を向きながら、もう少し駆け引きを続けることを決める。
「思ってたんだけど、『たかつき』って発音しにくくない?」
「えっそうですか?」
 はい、自分でも何言ってるんだって思います。
「だから、名前で呼んでもいい? 柊哉だったよね」
 ちょっと、いや、相当無理があったと思う。
 でも、ずっと名前で呼びたいと思ってたんだ。
 俺のことも名前で呼んでほしけど、それも高槻が自然と呼んでくれるのを待とうと思う。

「あれ? だめだった?」
 俺は窓から離れ、ソファの横にしゃがみこんで、
 なかなか答えずにいる高槻を見上げた。
 失敗したかな……。

「だ、だめじゃないです。あんまり下の名前で呼ばれることないので、ちょっとびっくりしただけで」
「ふーん。友達もみんな苗字呼び?」
「高校ではそうですね。そもそも友達あんまりいないんで」
「ははっ、俺も友達あんまりいない。だから、柊哉と一緒に買い物行ったり、ご飯食べたりするのすごい楽しかった」

 柊哉は友達じゃないけど。心の中だけでそう呟く。

「俺も楽しかったです。ご飯、また作りに来ます」
 その言葉だけでも俺は胸がいっぱいになる。
 “次”の話ができるって、本当に嬉しい。
 できればその“次”がすぐ来てほしい。
 せっかく柊哉の箸と茶碗も買ったんだ。入り浸ってくれたらいいのに。
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