俺の友人は。

なつか

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孝太郎の場合 1.

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俺の友人は……いや、友人っていうほど気はあわないし、別に仲良くもない。
一緒に暮らしているけど、家族でもないし、兄弟ってほど絆があるわけじゃない。
でも、つらい時を一緒に過ごして、支え合って暮らしてきた。
だから、あえて言うなら”同士”かな。
俺にとって須藤 明希はそんな存在。

初めて会ったのは小学校低学年の時。
母さんが出て行って、もともと住んでいたところの家賃が払えなくって、父さんと一緒に引っ越したボロアパート。
白い塗装が剥げた薄い鉄板の階段を上った二階の奥から二番目の部屋が俺たちの新居で。左隣に住んでいたのが明希ちゃんたち親子だった。
子どもの頃の明希ちゃんは今よりもっと人見知りが強くて、挨拶に行った時もお父さんの足にくっついて隠れてたっけ。
初めは睨まれているのかと思って一瞬ビビっちゃったけど、キツく吊り上がった三白眼が不安げに揺れていることに気が付いて、緊張はすぐに溶けた。
互いに父子家庭で、俺たちが同い年だということもあって、親同士はすぐに仲良くなってたな。それがまぁ恋人同士になるとはさすがに予想もしてなかったけど……。

そんなこんなで、お互い協力しましょうねってことになったんだけど、まずは明希ちゃんのお父さん、俊希さんの帰りが遅い日は、明希ちゃんをうちで預かることになった。
うちの父さんは在宅仕事だけど、明希ちゃんのお父さん、俊希さんは頻繁に残業がある仕事で、帰りが遅かったからね。
その代わりに、明希ちゃんを預かるときはうちの分の晩御飯も用意してもらうってことになったの。

母さんは『家事は女の仕事』、なんていう古い考えの人だったから、俺にも父さんにも家事は一切やらせなかった。だから俺のスキルはゼロだし、病弱で寝込みがちの父さんも言わずもがな。
離婚する直前の母さんはよく、「全部私に押し付けて」なんてヒステリックに叫んでたけど、自分がそうしたかったんじゃないの? と思ってしまった俺は冷たいかな。

そんな俺と父さんだったから、二人暮らしを始めたはいいけれど、まずは引っ越しの時に持ってきた荷物が片付けられなくて。片付けができないっていうか、どこに何をどう配置したらいいのかわからなかったんだよね。
だからとりあえずいるものを段ボールから出して、適当においておく、なんていうことをしてたらあっという間に部屋はものだらけ。
もちろん料理なんてできるはずもないから、俊希さんが用意してくれる晩御飯以外は全部出来合いのものだけ。そういうものってゴミがいっぱい出るでしょ? でも、”収集日にごみを捨てに行く”なんて習慣がないもんだから、出し忘れることなんてしょっちゅうで。せっかく出しても、分別が違うとかで回収してもらえないこともしばしば。
当然、俺たちの部屋はあっという間にごみ屋敷と化した。

そんな俺たちとは逆に、俊希さんは家事が得意で、明希ちゃんも小さいときから一緒に色々やってたんだって。明希ちゃん自身も家事に向いていたこともあって、小学校低学年の時点である程度のことは一人でできるようになってたみたい。
でも、それのせいもあってお母さんは『家に帰ってくる必要性』を感じなくなっちゃったのかも、って明希ちゃんは言ってた。

何にもできなくてもダメ、何でもできてもダメ。
俺たちはどうしたらよかったんだろうね。



うちに預けられるようになった明希ちゃんは、しばらくの間は人見知りを発揮して、ほとんどしゃべることなく静かにしてたんだけど、来るたびに荒れていくうちを見て、さすがにやばいと思ったみたい。
「片付け……していい?」
なんていう遠慮がちなセリフが今となっては懐かしい。
今もやっぱり散らかしがちだけど、明希ちゃんのスパルタ教育のおかげで最低限、いや、多分それ以上に家事はできるようになったと思う。

あっ、明希ちゃんたちの部屋とは反対側の右隣に住んでるのんちゃんを紹介してくれたのも明希ちゃんだったな。
「本好きなの? じゃあ……」って、のんちゃんのところに連れてってくれたっけ。
俺たちが引っ越してくるまでは一人で俊希さんの帰りを待っていた明希ちゃんをのんちゃんが気にかけてくれてたんだって。たまに部屋で本を読ませてもらっていたらしい。
そこで、俊希さんとのんちゃんの間にLOVEが芽生えなかったのは、やっぱり元奥さんのトラウマのせいかな。
まぁのんちゃんも腐界を生きてる人だからな。うん、芽生えないわ。

話がそれちゃったけど、とにかく俺は小さいころから本が大好きだったのね。
なんでかっていうと、それ以外に”楽しいこと”が何もなかったから。

まだ母さんと住んでた頃、母さんの教育方針とかで、俺は小さいころからひたすらに幼児教育的なドリルをやらされまくっていた。
一応、叩かれたことはなかったけど、間違えれば大声で怒鳴られたし、夜中になろうがなんだろうが、出来るまで、というか母さんが満足するまでひたすらドリルをやらされた。
今思えば教育虐待ってやつだよね。
父さんは俺を助けてくれようとしたけど、そんなことしたら火に油を注ぐだけだったし、体の弱い父さんがそのせいで体調を崩すなんてこともしょっちゅうで。
だから、結局は俺が母さんに従うのが一番いいって、俺はどんどん心を閉じ込めていくしかなかった。
もちろん、当然のようにテレビやゲーム、漫画なんてものは禁止。母さんはそれらをまるで悪魔のように嫌悪してた。

そんな生活をしていれば当然同級生たちと共通の話題なんてものも乏しくなる。それに、ドリルをやる時間を確保するために、学校の後に友達と遊ぶなんてこともできなくて。
だから、気の合う友達なんてものも作れなかった。

そんな環境で俺を支えてくれたのは学校の図書館にある本たちだった。
初めはボッチ時間をつぶすために行っていただけの図書館だったけど、そこで出会った偉人たちの伝記漫画や、子供向けの冒険小説は、俺の心を色んなところへ連れて行ってくれた。
読めるのは学校の休憩時間だけだったけど、俺はあの時間のおかげで生きていられたって大げさじゃなく思う。

だから、のんちゃんが”漫画家さん”で、家には漫画とかラノベがたくさんあるって知ったときは大興奮だったよ。
読みたいってお願いしたらのんちゃんは嫌な顔一つせず貸してくれた。
最初は王道の少年漫画から薦められて、次は流行りの少女漫画。そこから、ライトなBLがちょっとずつ紛れ込むようになった。なかなかの策士だよね。

一番初めにはまったのは、幼馴染もののBL。家が隣同士で、生まれたときから一緒にいる幼馴染への甘酸っぱい初恋の話。
しかもその受けが、複雑な家庭環境のせいでちょっとぐれちゃうヤンキーくんで。普段は強がっているのに、攻めに甘々に溶かされちゃう姿にめちゃくちゃ興奮した。完全に扉が開いちゃったよね。
だから、のんちゃんに「その受けの子、明希くんに似てるよね」なんてニマニマしながら言われた時、つい思い浮かべてしまった。

漫画の中の攻めのように、明希ちゃんをかっこよく助けて、甘やかして、どろどろに溶かす。そんな妄想を。

――そして、「好きだ」とささやいて、ハッピーエンド……?

そこまで考えた瞬間、俺の妄想は真っ暗闇へ霧散した。
それは『ない』なって。

俺にとって愛だの恋だのは一番信じられない代物で。それがハッピーエンドになるのは物語の中だけの話だ。

だから、俺はそんなもの、いらない。

それは、きっと明希ちゃんも同じだろうなって思ってた。
自分の内側へは誰にも踏み込ませない、そんな姿を見ていたから。

明希ちゃんに一番近いのは俺で、俺に一番近いのは明希ちゃん。
それはずっと変わらないと思っていた。

あいつが、現れるまでは。
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