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39話 それぞれの思惑 (クラウス)

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「クラウス様、ありがとうございます。カルロス様に嘘をついて僕に近づかないようにしてくれたんですね。」

兄上の姿が見えなくなったのを確認してから、クリスはにっこり笑って私を見る。

「これくらいしないと、兄上は諦めないだろうからね。でも、まだ油断しちゃだめだよ。」

「はい。」

クリスには兄上に会うのは怖かったかもしれない。
正直、平気そうなふりをしていたので、もう少し大丈夫かと思っていたが、兄上と実際一緒になった時間、クリスは震えていた。
以前の事がトラウマになってしまったようだ。
兄上が強引な事をするから、兄上は自業自得だが、クリスには可哀想なことをしてしまった。

だけど、この場でクリスの事を私の恋人だと思わせられた事は良かった。
兄上の事だから、黒髪になっていてもクリスに気付くかも知れないという気はしていた。
気が付いてくれたらさっきの話をするつもりだった。
これで少しはクリスを守ってやれる。
だけど、兄上は油断ならない。
一旦は引き下がってくれたけど、私のだとわかっていても手を出してくる可能性もある。

クリスには常に私かギルが付いているから問題ないと思うが、油断はしないでおこう。


「クラウス様、そちらのお方をご紹介頂いてもよろしいですか? 」

話しかけて来たのは侯爵家のご令嬢、マリアンヌ嬢と彼女の取り巻きだ。
彼女は私の婚約者に名前が上がっていたのだが、私が断ったのでプライドを傷付けられたようなんだ。
申し訳無いことをしたと思うけど、女らしさを必要以上にアピールしてくる彼女にちょっと引いてしまう。

「マリアンヌ嬢、久しぶりだね、彼女は私の恋人のシアだ。」

「シアです。よろしくお願い致します。」

クリスはにっこり微笑んで彼女達に挨拶をしてくれる。
少し慣れたかな。
クリスをここに無理やり引っ張ってきたもう一つの理由、彼女が女性であることを忘れないで欲しかった。
着飾れば誰もが振り向く美貌を持っている。
正直、ここまで美しくなるとは思わなかったので、しばらく見とれてしまったけど、クリスは女性として十分な魅力を持っている。
ただ・・・クリスの手を取った時、剣で鍛えた彼女の手のひらは、剣ダコで固くなっていた。
そのギャップに、彼女はレティシアではなくクリスなのだと。
今更ながらドレスを着せたのは、彼女の覚悟を鈍らせるものになるのではないか、彼女の覚悟を嘲笑う行為なのではないか? と少し後悔した。

最初は自信なさそうにしていた彼女も、化粧室に行ってから吹っ切れたのか、前を向いてよく笑うようになった。
そんな彼女の笑顔にマリアンヌも少し押されている。

「わ、私は侯爵家・・・のマリアンヌですわ。シア様はどちらのお方かしら? 」

マリアンヌ嬢は妙に家柄を強調して挨拶をする。
家柄は自分が上なのだとアピールしたいのだろう。
だけど、レティシアも侯爵令嬢だ。
彼女の方が母親は隣国の王家の出なので、家柄では負けない。ただ、今は家名を言う訳にはいかない。
クリスもどう答えればいいのか、戸惑っている。

「マリアンヌ嬢、彼女の事は今はオープンにしたくないので、家名は言わないけど、家柄は貴方と同じだよ。」

「訳あり・・・ですの?」

私の言葉に、扇子で口元を隠すと笑いを抑えながらクリスを見る。

見つめられたクリスは少し恥ずかしそうに私の腕に絡めた手に力を入れた。

「そんな事ないけど、彼女を家柄で判断して欲しくないからあえて言わないだけだよ。」

私は出来るだけ波風を立てないように言ったつもりだったけど、彼女の表情は少し引きつっている。
またプライドを傷付けたか?

「そうですか、クラウス様、私達少し彼女とお話をしたいのですけど、しばらくシア様をお借りしても宜しいかしら? 」

なにを企んでいる? クリスに酷いことを言うつもりじゃないだろうな? 
それに、クリスを私の元から離すつもりは無い。

「マリアンヌ嬢、申し訳ないけど、彼女は人見知りでね、私と一緒なら構わないが? 」

「嫌ですわ、女同士のお話に殿方が入ると言うのですか? 」

マリアンヌ嬢はなかなか口がうまいな。

「クラウス様、私、少しなら構いませんよ? 」

私が次の言葉を言う前に、クリスが私の様子を伺いながら話しかけてくる。

一人で彼女たちの中に入ったら、何を言われるか分からない。
それをわかっているんだろうか?
・・・多分分かってないだろうな・・・

「シア、私は君のことが心配なんだ。私が守れる手の中にいて欲しいな。」

そっとクリスの肩を抱き寄せて囁くように伝えると、クリスは少し顔を赤らめながらも私を真っ直ぐに見る。

「クラウス様、私はそんなに弱くありません。」

そう言ったあと、にっこり微笑む。
そしてマリアンヌ嬢に向き直ってマリアンヌ嬢を見る。

「少しご一緒させてください。」

「ええ、あちらに行きましょう。」

そう言うと、クリスは彼女達と離れていく。
私は一定の距離を置いてクリスの姿を確認出来る位置で見守ることにした。




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